第7話 パンケーキパーティー
三者会議は、滞りなく無事に終わった。だが、カルロスさんの記憶に関する謎は今だ解けていない。児童養護施設の庭で遊ぶ元気な少年少女たちを眺めながら、俺は考えに耽っていた。
俺が覚えているのはあの光景だ。だが、俺は車が襲われているところを見たわけではない。だが、メラルダが見たと言ったのだ。だからこそ俺はその通り解釈している。
第一、近くに他の車はなかった。そもそも、あの山は気候が荒れやすいことで有名な山だ。そして、冬ならなおさら。生身で入るとなると生命の危機につながるかもしれないのだ。
考えられるのは同乗していたか。だが、メラルダは何も言及していない。単純に大事な情報じゃないから省略された?
いや、考えてもどうしようもないか。カルロスさんの記憶が戻るのを待とう。
今となってはあのときのメラルダに聞くことはできないのだから──。
「リヴェノさん!? 何で泣いてるんですか?」
俺は気がつくと、ミレーラが目の前にいた。どこかメラルダを彷彿させる顔だ。
「リヴェノさん!? さらに泣いてませんか? 何があったんですか?」
どうやら俺はメラルダのことを考えるがあまり無意識の内に泣いていたらしい。
「いや、何でもないよ」
俺は袖で涙を拭い、ミレーラを見る。
ミレーラは俺のことを心配そうに見つめていた。
「本当ですか?」
「ああ、ところで、何か用?」
「ええ、みんなで、いや一人いませんがパンケーキパーティーをするのでリヴェノさんも一緒にいかがかなって思いまして」
「わかった、行こう」
一人いないとはソウンダだろうか? それにしても、今俺は児童養護施設の一室にいる。ここで行かないという選択肢はない。
「いいんですか?」
ミレーラが俺に聞いてくる。子ども達は無遠慮に誘うことも多く、強引なことも多い。最終的に最年長のミレーラが意思確認を役割なのだろう。
「ああ、勿論。先日もシュテファン達に一緒にやろうと言われてたんだ」
「へー。そうなんですか」
「じゃ、行こうか」
「はい」
俺たちは庭へ出ると、多くの子ども達が材料を混ぜていたり焼いていた。
俺のパンケーキよりも芳しい匂いが漂っている。
「あ、リヴェノ兄ちゃん。来てくれたんだ」
俺に話しかけてきたのは、シュテファンだった。材料を混ぜながらこちらに笑顔を向ける。授業の時間にもその笑顔をぜひ向けてほしい。
「そりゃ勿論。俺も手伝うよ」
「ああ、それはいいよ。リヴェノ兄ちゃんにはいろいろと世話になってるんだからさ」
せっかく袖を捲くったが、残念ながら断られてしまった。だが、そこまで俺を饗したいのであれば好きなようにさせよう。
そう言って俺は椅子に座った。
「そうは言っても、リヴェノ兄ちゃんのパンケーキを食べたくないだけでしょ」
別の少年がシュテファンに対して耳打ちした。
「しっ。しっだって!」
シュテファンは必死に隠すようにその少年に無理に黙らせた。
だが、残念なことに俺に聞こえている。
そんなに美味しくないのか。俺のパンケーキ。まあ、自分でも美味しいとは思っていないがこれほどとは……。
「こらっ。そんなことを言っちゃだめでしょ」
近くで聞いていたのかミレーラが二人を叱る。シュテファン達は萎んだように反省している。
「ごめんなさい、ミレーラ姉ちゃん」
だがね、そう言われるとまるで俺のパンケーキが不味いのが事実な様に聞こえて余計に悲しくなるんだよ。ミレーラさんやい。
そんなこんなで、パンケーキパーティーは順調に進んだ。
子ども達が作った個性的なパンケーキをパンケーキを食べていく。美味しいのもあるが、俺のと対して変わんないようなものもある。だが、俺は何も言わない。大人だからだ。
そして、何も掛けずに食べた後は、持参した蜂蜜、メープルシロップ、ジャム、マーマレードなどを片っ端からつけて賞味する。
いろいろと食べていると、子ども達が俺の所に寄ってきた。
「リヴェノ兄ちゃん! それつけていい?」
「ああ、いいぞ」
俺が許可を出すと、蜂蜜やらにどんどん群がっている。
疑問に思い、他の子供達のパンケーキを見ると何もつけずに食べている子がほとんどだ。
「すみません。リヴェノさん。児童養護施設ですから、あまりお金もないのでジャムとかはつけないんです……」
なるほど。道理で。でも、たまに位いっぱい食べてもバチは当たらないだろう。
そう思いメープルシロップに手を伸ばす。
……あれ? 空っぽだ。よく見ると、ジャムも蜂蜜も諸々空っぽではないか。
「ああ、すみません。リヴェノさん」
ミレーラは何もつけていないのに、子ども達の責任を代表して謝る羽目になる。なんとも不憫な話だ。
「いやいや、もっと多めに持ってくれば良かったですかね?」
もともと子ども達につけていいと言ったのは俺だ。子ども達を責められまい。
俺は今度からもっといっぱい持ってこようと思い、最後のパンケーキへと手をのばす。
やがて、山程あったパンケーキは無くなってしまった。
そろそろ帰ろうかと思っていると、何かを持ったミレーラがこちらへ近づく。
「あの、リヴェノさん。集合写真を撮りませんか?」
ミレーラはカメラを見せてきた。
「集合写真?」
「ええ、なかなか撮る機会もないので」
「じゃあ、撮りましょう」
三脚を設置し、その上からカメラを置く。
「じゃあ、撮るよー?」
俺が確認の合図をしても、子ども達からの反応は今ひとつだった。
どういうことだろうか。
そう思っていると、シュテファンが何か言いたげだ。
「リヴェノ兄ちゃんもだよ! 仲間だろ?」
「そうです! リヴェノさんもですよ!」
少年に続いてミレーラもだった。俺はどうやらあの中に入ってもいいらしい。
「……わかった!」
俺は声を上げて返事をした。そして、タイマーをセットすると、子ども達の輪の中に入り写真が撮られた。みんな納得の写真が撮れて嬉しそうな子ども達がほとんどだが、ただ一人。浮かない顔がいた。
「どうしたんだ? ミレーラ?」
「実は、ソウンダとも一緒に撮りたかったのですけどね……。彼女、何だかんだで児童養護施設の子には優しいんです」
「俺には散々だがな」
「最近、不良グループともつるんでいるみたいで心配です……」
ミレーラは撮った写真を少し残念な気持ちで見つめていた。
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