第2話

「なにしてるんだ? こんなところで」

 やってきたのはマヒトだった。同い年の、ガキ大将といったところか。

大抵いつもは周りに友達がいるのに、今日は珍しく一人である。

「特に何も。考えごとよ」

 あたしは、今一人になりたいのだオーラを出してみる。しかし本当は、ちょっと話でもしたい気もある。我ながら面倒くさい人間だと思う。

「考え事ねぇ」

 さして興味もなさそうにいいながら、マヒトは隣に腰を降ろした。どうやら暇を持て余しているらしい。

「聞いてやるから言ってみろよ」

 同い年のよしみだ、と言ってくれる。あたしはちらっとマヒトをみた。


 男にしては長い睫。密かに女の子たちに人気があるその横顔は確かに綺麗なものだった。

「マヒトは、将来どうするつもりなの?」

 ぼんやりと投げかけた質問に、彼は、ん? と首を傾げた。

「なんだ、そんなことに悩んでんのか」

「そんなことって……」

 あたしにとっては重大なことなんだ、と言いかけたが、口にできなかった。

 マヒトは、突然興味がなくなったように立ち上がると伸びをした。

「そんなもん、考えるもんじゃないだろ」

 むっつりと黙り込んだあたしに構わずに、彼は行ってしまった。

「こんながんじがらめになってなければ、あたしだって……」

 見上げると、茜色の空の中、鳥たちが飛んでいる。

とても自由に。

「なんにも背負ってなければ、あたしだってそうしたいんだよ」

 抱えた膝に、顔を埋めれば、少しばかり気がまぎれるのだった。



家に帰ると、母が目を吊り上げて待っていた。

「こんな遅くまで、どこにいたの?」

「イヨと話してただけだよ」

 母は、あたしの幼い頃からの友達をあまりよく思っていない。彼女の家が、片親だからだという。

(うちだって落ちぶれてるのに)

 口に出して言えば、話が明後日の方向にいくのが目に見えている。

 むっつりと黙り込んだあたしをよそに、母はぶつぶつ言っていたが、「あ」と声をあげた。

「さっきね、マヒトが来たのよ。あの子、随分男らしくなったじゃない」

「そう?」

 男らしくと言われればそうかもしれないが、兄弟みたいに育ったなかだ。正直あまり、ピンとはこない。

「何しに来たの?」

「うーん、世間話して帰っていったけれど。あれじゃない」

 母の口元が緩んでいる。あたしは嫌な予感がした。

「妻問いの、ぎ・し・き」

 カッと頬に血が上ったのがわかった。

「馬鹿なこと言わないでよ、そういう関係じゃないから」

「あら、いいじゃないマヒト。男っぽいし、家柄は申し分ないし。何より、いい漁師になるわよ」

「そんなこと知らない」

 あたしはそそくさとその場から逃げ去った。


 ただの幼馴染。そういう風に思ったことなど一度もない。そんなに仲がいいわけでもない。マヒトとあたしが、一緒になる……?



結婚ってなんなのよ。

 一族のため。家のため。名誉のため。

 なんとも思ってない人と、一緒になって、子どもを産む。

(あたしって、そのために生まれてきたのかしら)

 母やその上の世代の女たちには言いづらい。あの人たちだって、そういう思いを抱えていないわけではないと思う。

 マヒトは……。

(嫌いでは、ないと思う)

 小さい頃から知ってはいるし、性格もよくわかっている。年も近い。

 だけど、特にこれまで、心が通じ合ったとか、そういった思いをしたことはない、と思う。

(彼と一緒になって、子どもをたくさん産んで。それは家のためにはなるわね)

 そこまで考えて、現時点で特にマヒトから何か言われたわけではなかったことに思い当たった。

「何勝手に想像してるんだろう」

 一人笑いが込み上げてくる。


 丁度いい、のかもしれない。

 アイノ自身、自分は恋だの愛だのを語るには、随分冷めている人種だと思っている。

 慎ましく生きていける。家族も安心する。そこまで思い当たって、胃の辺りがチクッとした。

(でもそれって、誰の人生?)

「なんか、風が強くなってきたわねぇ」

 台所から母の声が聞こえる。

「ちょっとみてくるね!」

 そう叫んで、アイノは表に飛び出した。


 すっかり日は沈んでいて、空は濃紺一色だ。無数の星が瞬いている。

(あの星たちに比べたら、あたしの一生なんて一瞬で)

 我慢はできるだろう。役割をこなせばいいのだ。元よりマヒトなら、悪くなんてないではないか。

 ちくちくする胃の痛みを無視しながら、アイノは思いっきり体を逸らして空をみた。

(“あたし”は一人。この世界に、たった一人)

 空は広い。どこまでも。

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