第2話 ラブリーなメイドさん

「ママ、いったいどういう事!!??」


 夜の8時半。あたしは、予定より少し帰ってきていたママに問い詰めていた。


 ママは仕事から帰ったばかりで、黒のスーツ姿で手にはビジネスバックを持っている。そして、台所にはあたしがこんなに怒ることになった人物がいた。


「ごめん、ごめん。ちゃんとメッセージ入れて伝わったと思ってたから。文章最後までしっかり読んだらよかったのに」


 ママはそう言いながら、苦笑いをしながらポリポリと頬をかいている。そしてあたしはスマホの画面を広げて机に置いていた。


 そこにはママとのやりとりが表示されており、そこにはあたしが読み取った文章の続きが写っている。


「読んだよ。でもなんなのこれ!!?? 遅くなるって後に、『メイドさん雇ったか今日はご飯いらないよ』って」


 そしてぎろりと、台所にいるその『メイドさん』を睨みつけた。


 しかしそんな表情を向けても、その『メイドさん』は少し頬を赤らめてにっこりと微笑んでいた。なんだが気に食わない。


「説明が後になっちゃってごめんね。実は有紗ちゃんにはすぐに話そうと思ったんだけど、急に決まっちゃって。とりあえずご飯しながら話しましょうか」


「う~ん」


 ママはそう言いながら、ビジネススーツのブレザーとカッターシャツを脱ぎ、それを洗濯籠へとたたんで入れる。そしてそのまま机に座った。あたしも疲れてそうなママの事を考えて渋々座り込んだ。


 机には既にメイドさんが作っていたカレーが人数分皿に盛られており、湯気も出していておいしそうだ。


(自分よりもうまくできてる……)


 具も程よく溶けて、ルーもトロトロ。香りもいつもよりほんのり甘い。明らかにあたしが作るカレーよりも出来がいい。そんなカレーを見て心で嫉妬しながらも、すぐにママに視線を合わせた。するとママはそのメイドさんに軽く首を傾けた。


「この娘は。『九条朱音(くじょうあかね)』ちゃんっていうの」


 そうママが言うとメイドさんはぺこりとお辞儀した。しかしあたしは当然ながらあまり良い印象が持てない。


「さっきその人から聞いた」


 そして少し不満げな感情を出しながら言葉を返してしまう。でもママはそれでも変わらず説明を続ける。


「へぇそうなの。まぁそれならいいとして。実はね、彼女は私の友人の娘さんなのよ。でも両親ともに海外赴任することになってね。彼女は大学生なんだけど、親と一緒に海外に行って通ってる大学を中退や休学するのは勿体ないって相談されたのよ」


「じゃあ一人暮らしすればいいじゃん」


「そこなのよ。女性の、ましてや学生の一人暮らしなんて危ないじゃない? 朱音ちゃんの両親もそこを心配しちゃってね。だからあたしが朱音ちゃんをしばらく引き取ることにしたのよ」


「はああああ!!??」


 あたしはその言葉を聞いた瞬間、思わずがたんと席から立ち上がってしまった。


「なんでママはそんなこと引き受けちゃったのよ!! いきなり他人と同居なんて、プライベートまで気も使いたくないよ」


 そして声を大にして、ママに反論していた。


「あたしも断ろうしたけど、友達もすっごく困ってし、娘の分の家賃も払うなんて言われちゃったから。もう断れなかったのよ」


「もぉ、結局金じゃん」


 そして最後の言葉を聞いて少し落胆したあたしはそのまま机に座った。お金が関わられるとあたしは何も言えない。


 ママは確かに会社の地位が高く、給料も多くて余裕はある。でもやっぱり女手一つであたしを育ててくれていることもあり、負担をかけているのは明白なのだ。だからその手に話になると突っ込めない。


「まっ、でもなんかただの雇い雇われの関係になるのも嫌だからさ、ほらこんなコスプレもさせちゃったのよ?」


 ママは続けてそう言うと、立ち上がってメイドさんの横に立つ。そしてその服装を自慢してきたのだ。


「これ、あたしが頼んで着てもらったのよ。朱音ちゃんすごくかわいかったから、ぜひ着てもらいたくて。朱音ちゃんも好きなんでしょ」


「は、はい。私、こんな感じにかわいい服着るの好きで、ここに来るのが不安でしたけど、うれしくて」


 メイドさんは頬をかぁっと赤らませて、俯きながら赤面する。


(う、なにその表情? 女のあたしから見てもかわいいんだけど)


 このメイドさんに対しての不信感はまだぬぐえないが、その美しい容姿から想像できない可愛らしい顔をする彼女を見て、素直にそう思ってしまう。


 言葉を汚くしていうと『どちゃくそかわいい』のである。同じ女でここまで素材の差がはっきりするのはすごく劣等感と嫉妬心が湧く。


 ちなみにこのメイド服、おそらくママの作ったものである。ママは若い時に同人活動でキャラの衣装を作っていたことがあるらしい。パパが生きてた時も作ってたし、おそらくその時に作ったものだ。よく見ると少しだけ古ぼけている。


「いつも遅く帰えることになるしさ、有紗ちゃんも寂しいと思うのよ。だから姉妹が出来たと思って仲良くしてあげてよ。ねっ」


「不束者ですが、よろしくお願い致します」


 そして朱音とかいうメイドさんはしっかりとした言葉づかいでお辞儀をしていた。


「よ、よろしく」


 そしてまた見せるその微笑み。本当にかわいいし、何だか嫉妬心とかじゃない妙な感情も湧き上がってきてしまいそうだ。


 とはいえそれは気の迷いだと自らを奮い立て去る。なんだが憂鬱だ、これから大変なことになりそうである。



★★★★★★★★★★



「はぁ、今日は一段と疲れたなぁ……」


 そして先ほどから数時間後、あたしはパジャマを着て、二階にある自分の部屋でベットに寝ころんでくつろいでいた。ただかなりうなだれており、くたくたである。


 だって当然だ。急にママがよく知らない大学生の女性をメイドさんとして雇ったとかいいんだから。あのカレーが美味しかったのもむかつく。


「はぁ、あの人と一緒に住むのかぁ」


 何とも言えないため息が出る。ママの負担も減るのならしょうがないが、それでも思うところはあるのだ。しかしそう考えていると、ふとドアのノックが鳴った。


「あの、有紗お嬢様。少しよろしいでしょうか?」


「え、あぁ。うん、別にいいよ」


 どうやら考えていたメイドさんが来たらしい。あたしは特に思うことなく、言葉を返した。


「失礼します」


 そして彼女はそのまま扉を開けて、部屋に入ってきた。


「う、うわぁ」


 そこにはパジャマ姿の九条朱音がいた。おそらく母の物だろうが、お風呂上がりだからか妙に艶めかしい。


 しかもある程度スタイルがいいことは分かっていたが、よりくっきりとしたラインが見えてすごくきれいであった。ちなみにお胸も大きい。自分と見比べてシュンとしてしまう。


 そして入ってきた彼女は、そのままゆっくりとあたしの前で正座した。いったい何しに来たのかと不安に思うあたしだったが、彼女は少し頬を赤らめて口を開いた。


「今日はお騒がせしてしまってすいませんでした。いきなり知らない人が来たらそうなりますよね。」


「まぁそうだけど、別にいいよ。ママのためだしね」


「はい、ありがとうございます。私、有紗お嬢様のために頑張りますね。住まわさせてもらう分、しっかりと頑張りますので」


 そしてまたにこりと微笑む。


「ま、まぁ、うん」


やはりこの笑顔はずるい。何かともやもやするし、嫌悪していた気持ちが薄れていくような。心なしが顔も熱い気がする。


「でもあんたも物好きだよね。普通、知らない人の家に行ってメイド服来てさ。あたしなら無理だけどね。いったいなんでなの?」


 そんなよく分からない気持ちを否定しようと少し、彼女に当たる様な言葉を発してしまう。


 しかし、彼女は特に嫌そうな表情をせず、淡々とその答えを述べてくれた。

 

 しかしながらその答えはあまりにも驚くべきことだった。


「…き……だからです」


「へ? 今なんて言ったの?」


 声が小さくて小さくてよく聞こえなかった。なのであたしはもう一度聞き返した。すると、彼女は立ち上がり、顔を真っ赤にして大声で言い放った。


「有紗お嬢様が、恋愛感情として好きだからです!!」


「え、は、あぁ……」


 その言葉を聞いて一瞬、放心状態になる。そして我に返ったあたしはその驚愕の事実に大ボリュームで叫び返した。


「はああぁぁぁあぁぁ~~~~~~~~!!??」

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