第98話 父

 ドクターの説明によると、治郎のぎっくり腰の原因は心因性だろうとのことだった。

「最近仕事が忙しかったからかしら…。加えて彩が男を連れてくるなんて言うから。」

 彩の母は大きくため息をついた。

「今日の予定がなければ、お父さんも腰を傷めずに済んだかもしれないわ。」

「またそうやって性懲りもなく…!」

「まぁまぁ。」

「…彩。」

 ここまで黙っていた治郎が口を開いた。

「心配をかけてすまんな。…佐藤さんも、せっかくの予定を台無しにしてしまって申し訳ない。」

「いえ!私のことはお気になさらず。どうかお大事になさって下さい。」

「ありがとう。」

「お見合いのことですが、お父さんがこうなってしまった以上、私が責任を持って執り行います。」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう!?」

「いいえ。こうなったからこそです。あなたもお父さんに安心してもらいたいとは思わないの?早く結婚して安心させてちょうだい。」

「またそうやって…!」

 再び言い争いになるかと佐藤は身構えたが、治郎が二人を制した。

「やめなさい。」

「でも、あなた…。」

「早く安心したいのは確かだが、それを娘に押し付けてもしょうがないだろう。」

「だからって野放しにするんですか?彩ももういい年なんだから。」

「いい年だからこそだ、もう子供じゃない。」

 治郎はベッドに横たわったまま、顔だけを彩に向けた。

「昔は私も意固地になっていた。そのせいでお前には悲しい思いをさせてしまって…。」

 亡き恋人と我が子を思い出し、彩の握る拳に力が入った。

「…見合いは、お前を独りにさせまいという思いから設けたものだ。お前が孤独でないなら、それでいい。見合いも断ろう。」

「えっ。」

「あなた!?」

「今日この僅かな時間しか見ていないが、佐藤さんは随分と優しくて頼れる男性ひとのようだ。」

「お父さん…。」

「彩、いい人と出会ったな。」 

 治郎は佐藤に視線を移した。

「佐藤さん。不束かな娘ですが、どうぞこれからも仲良くしてやって下さい。」

「…勿論です!こちらこそ、どうぞ末永く宜しくお願いいたします。」

 佐藤は治郎の手を取り、しっかり握った。

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