第76話 德永の思案

 ホテルの一室に入り、德永は酔いが回った彩をベッドで休ませ、ひとりシャワーを浴びていた。

(…彼女の”あの言葉”、本気じゃないだろうな。)

 少し残念に思いながら、彩の言った「シェリー」という一言を思い出す。

(仕事で知り合った相手と一夜限りの付き合いをするような女性じゃない。あんなに思いつめて、何があったんだろうう…。)


 德永と彩が知り合ったのは、とあるプロジェクトがきっかけだった。

 製薬会社の営業担当だった德永と取引先の担当の一人だった彩は、歳が近いのもあり馬が合った。しかし、当時から德永は彼女の完璧過ぎる立ち振舞いが気になっていた。


 何をそんなに怖がっているんだろう。


 それが德永の彩に対する第一印象だった。

 誰にも弱みを見せないように、必死にボロを出さぬよう強がり、仮面を被って本音を一切言わなかった。

 当時の德永は今よりも女性関係にだらしなく、自他ともに認める「たらし」だった。当然彩も攻略対象にしていたのだが、ガードが硬すぎて諦めたのだった。そういう対象・・・・・・として見なくなってからは、話もよく弾み、仕事のパートナーとして最高の関係を築けた。

(彩さんと出会ったから、「たらし」を卒業出来たとも言えるな。)

 彩という女性は奥深く、今まで付き合ってきた女性とは全く違うタイプの人間だった。彼女と仕事を共にしていると、見た目と肩書に目がくらんで言い寄ってくる女性が途端に鬱陶しく感じるようになった。

(…その彩さんが軽々しくあんな言葉を言うなんて、よっぽど追い詰められてるのか?)


 シャワーから上がって寝室に戻ると、丁度彩がトイレから戻ってくるところだった。

「気分はもう大丈夫なんですか?」

「…はい。すみません、迷惑かけてしまって。」

「いえいえ。それよりシャワーどうです?さっぱりしますよ。」

「…えぇ。」

 彩の言葉に警戒心が交じるのを感じた德永は、慌てて付け加えた。

「いや、深い意味はないですよ?」

「分かってますよ。…その、ガラス張りなんで…。」

 二人が居るホテルはそういう・・・・目的のホテルなので、部屋の作りも普通とは違っていた。

「あ、あー…。だから彩さんトイレに居たんですね?すみません、気づかなくて。僕も相当酔っていたみたいだ。」

 頭を掻きながら、德永はトイレに向かった。

「上がったら声かけてください。それまでここに居るので。」

「あがとうございます。」

 德永は慌ててトイレの扉を締めた。

(何が「たらし卒業」だよ。ワンチャン期待してるじゃん…。)

 はぁ、と力なく便座に座る。

(…だって、案外酔ってないじゃん。彩さん…。)

 裸を見ないようにするだけの気遣いが出来る理性が働いているのなら、尚更何故あの言葉を言ったのか分からなかった。

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