第74話 カクテル言葉

「せっかくなので、カクテルで会話してみます?」

 德永はどうせ飲むなら、と提案した。言葉にして言えないのであれば、カクテルの言葉を使って聞き出そうということだ。

「そうですね。…じゃあ、オリンピックを德永さんに。」

 オリンピックのカクテル言葉は「待ち焦がれた再会」。再会できた喜びの印としてまず挨拶がてら贈った。

「あら、そんなに僕に会うの楽しみにしてくれてたんですか?嬉しいなぁ。」

 冗談めいて笑いながら、彼はキール(最高の巡り合い)を彩に贈った。

「カクテル言葉で遊べる人って中々居ないから、僕にとっては坂並さんとの出会いは特別なものです。今夜は楽しみましょう!」


 ある程度他愛のない言葉遊びで打ち解けてきた頃、德永さんがセプテンバーモーンを彩に贈った。

「”あなたの心は何処に”…ですか。」

 クイッと一口飲んだ後、ピニャコラーダを彼に頼んだ。

「”淡い思い出”。…何か忘れられないことでも?」

 顔色一つ変えずに德永はカクテルを飲み干す。

「…ギムレット。」

 ギムレットは「遠い人を想う」という意味が込められている。彩は、過去の恋人の話をする気持ちの整理がようやく付いた。

「…テキーラサンセット(慰めて欲しい)?」

 彩は頭を振った。そしてアメリカーノを自分に頼み、德永にモヒートを贈った。

「…想いが届かないから、僕にその心の乾きを癒してほしいと?」

 酔が回り始め、ふわふわとした感覚に見舞われながらも静かにコクリと頷いた。

「…。」

 彼は贈られたモヒートを飲んだ後、彩に水を一杯頼み、背中を擦ってやった。

さんは強がり過ぎなんですよ。今日みたいに甘えたら良いのに。」

 耳元で優しく囁く德永に、彩は堪えきれずに涙が溢れてきた。

「…っ、アルコールの力借りないと出来ないんです。」

 肩を震わせながら、小さくポツリと呟いた。

「それならいつでも僕がお相手します。だから抱え込まないで、ガス抜きしていきましょう?」

 

 会計を済ませ、タクシーを待っている間も二人はカクテル言葉で遊んでいた。

「カミカゼ(あなたを救う)。」

「アキダクト(時の流れに身を任せて)。」

「…。」

 德永が、少し沈黙して彩の顔を見つめ言った。

「ビトウィーン・ザ・シーツ(あなたと夜を過ごしたい)。」

「…シェリー(今夜はあなたにすべてを捧げます)。」

 彩は德永に身を任せることにした。

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