第6話 山下
山下は一二三商事との打ち合わせを終え、ミドリ食品に帰ってきた。
(今日の打ち合わせはちょっと楽しかったかもしれない…)
自分のデスクに戻りながら先方の女性を思い出した。ラベンダーとバニラを合わせたような、甘く癒される香り。彼女の人格を表しているようで、山下はまた会いたいと自然に思った。
「
上司の杉田が声をかけてきた。彼は、部下たちを下の名前で呼ぶ。彼曰く、「下の名前で呼んだ方が親しみやすくていいだろ」だそうだ。だが山下は飲みの誘いを断れない距離の近さに辟易していた。
「はい、無事話が進みまして、次回は今週の金曜に再び打ち合わせ予定です。」
「そうかそうか!さっすが、結希だな。よーし、今日は飲みに行くぞ!俺の奢りだ。好きなもん頼めよ!」
「はぁ、ありがとうございます…。」
ほら、断れなかった。山下はせっかく頑張ったのに罰ゲームを言い渡された気分だった。
「お疲れさん!ほい、乾杯。」
「ありがとうございます…。」
杉田と山下は居酒屋のカウンターでビールジョッキをカチンと合わせた。
「一二三商事さん、いい会社だよなぁ。別の案件で俺もお世話になってるんだが、あそこは受付嬢もっしっかり教育されてて愛想がいい。」
杉田は部下想いの上司だと思うが、多少女好きなところがある。自分ではそれを出さないようにしているようだが、周りにはバレバレだ。
「そうですね、うちの会社の受付は少し威圧感ありますし。」
山下は自社の受付が苦手だった。いかにも「凡人は気安く話しかけないで」と言わんばかりの態度。同じ美人でも、やはり愛想がいい方が良いに決まってる。
「そうなんだよなぁ。まぁ、あのつんけんした態度も場合によっちゃ悪くはないんだけどな。」
酔いが回った上司の女の好みを延々と聞かされた後、ようやく山下は解放された。
「ただいま…。」
一人暮らしのアパートに帰ってきたのは、24時を5分ほど過ぎた頃だった。山下は煙草臭くなったスーツを脱いでハンガーにかけ、消臭スプレーを多めにかけた。
(シャワーしなきゃだけど、怠いな…。)
ワイシャツとパンツという情けない恰好のままパソコンを開き、そのまま暫くゲーム実況動画をぼんやり見ていた。キッチンのカウンターに設置されている熱帯魚の水槽がこぽこぽと心地良い音を立てている。
「はぁ。」
こんなことをしていても時間が立つだけだ。そう思ってシャワーに向かった。
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