運命の人

 夢を見た。

 そこには私の運命の人がいた。…なんて言うような歳でもないんだけど。

 でも、目が合った瞬間に不思議と胸の奥が熱くなった。

 ものすごくイケメンでも高身長でも無いし、伏し目がちなその表情は頼りなくさえ見えたけれど。

 でも私はこうして出会うよりずっと前からこの人に決めていた、そう信じられるような人だった。

 ああ、神様。夢ならどうかもうしばらく、このまま覚めませんように。



 彼はあまり喋らなかった。

 私が一生懸命自分のことを話すのを、ただにこにこしながら聞いているだけ。

 それでも時々挟まれる穏やかな相槌は、まるで暖かい陽だまりみたいに居心地良く感じられた。


 話の途中でふと気づく。

 いつの間にか窓の向こうでは雪が降り出していた。

 外に出ようと誘うと、彼は困った顔で反対した。私が風邪をひかないか心配だと言うのだ。絶対大丈夫だからと駄々をこねると、根負けしたように苦笑いを浮かべた。



 広い廊下を通って玄関に向かう。部屋も廊下も、全て柔らかな白色で揃えられていた。途中で見上げた二階への階段は吹き抜けになっていて、高い位置にある大きな窓からは陽の光がキラキラと差し込んでいる。全然見覚えのない家だけれど、どこもかしこも私好みの作りだった。夢じゃなくても、こんな家に住めたらいいのにな。



 重みのあるドアを開けると、そこは一面の銀世界。居ても立っても居られずに、歓声を上げて飛び出した。足首くらいまで積もった雪を踏みしめて走るけれど、すぐに彼に追いつかれてしまう。


 笑いながら振り返ると、彼の後ろに私達の足跡が続いているのが見えた。

 まっさらな雪の上に、二人だけの足跡。それはとても大事な証のようで、何だか嬉しい。もっともっと跡を残したくて、雪の上に仰向けに寝転んだ。


「気持ちいいよ、一緒にやろう!」


 冷えるから少しだけだよ、そう言って彼も隣に寝転んだ。

 空の向こうからはどんどん雪がやってくる。黙ってそれを見ていると、次第に雪が降ってきているのか、自分が雪の中に落ちて行っているのか分からなくなってきた。

 このまま自分が何処かに行ってしまいそうで、急に少しだけ不安になる。そう話すと、彼は一呼吸置いて、強く私の手を握ってくれた。


「大丈夫。君が何処にいても、僕はきっと君を見つけだすから」


 その言葉は、とても懐かしい響きを持っていた。

 やっぱり彼は運命の人で、きっと私達はいつか何処かで出逢っていたんだろう。

 また次に何処かで出会う時のために、この雪の冷たさを、この指の温かさを、彼と過ごしたこの時間を、心に刻みつけておこうと思う。神様、素敵な夢をありがとう。





 疲れて眠りについた彼女の頰をそっと撫で、僕は一人溜息をつく。

 彼女が記憶を失い始めて二年が経とうとしていた。僕は在宅で仕事をしながら彼女を支える道を選んだけれど、その記憶を繋ぎ止めることは出来なかった。今では彼女は僕との関係も、彼女のために建てたこの家のことも忘れて、目覚めた時こそが夢だと思っている。

 加えて最近では、目覚めていてもぼんやりとして会話にならない時間が少しずつ長くなっていた。



 彼女が言うように、本当にこの世界が夢で、僕もただ長い夢を見ているだけだとしたらどんなにいいだろう。目覚めた時には、僕らは何もなかったようにこの家で、幸せな日常を過ごしているのだ。不思議な夢を見たよ、互いにそう笑いながら。


 そんな想像は、何度でも容赦無く僕を苦しめるけれど。君が目覚める度に、僕を運命の人だと言ってくれるから。君のその言葉に支えられて、今日も僕は君の夢の中で生きていける。


 いつか君は本当に全てを忘れてしまうのかもしれない。ずっと眠ったまま、目覚めなくなる日が来るのかもしれない。

 たとえそうだとしても、僕はきっとまた君を見つけて見せる。いつか何処かで僕らは必ずまた出会える。


 だって君は、僕の運命の人なのだから。

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