ショートショートの世界(陽だまりの部屋)
柏木 慎
友よ、桜の木の下で
山々に囲まれたその村では、かつて大勢の子供が楽しげに走り回っていた。
しかし他の村々と等しく、その村も過疎化の流れからは逃れられず、年を追うごとに子供達の声は聞こえなくなっていった。
そしてとうとう、村にあった唯一の学校が廃校を迎えた日。
最後の生徒となった六人の子供達は、校庭にそびえ立つ桜の大木の下に集った。
「大人になったら、またここで会おう。この、桜の木の下で」
最年長の少年の言葉に、村を離れる者も、村から隣村へと通学することになる者も大きく頷く。
「うん、約束だよ」
「きっと、また」
「楽しみにしてるね」
そうして月日は流れ、やがて子供達は大人になった。
村はすっかり寂れてしまったけれど、彼らは約束通りこの村に集い続けた。
十年後、二十年後、三十年後−。
目を輝かせて社会に飛び出して行った若者達は、世の荒波に揉まれ、己の守るべきものを見つけ、人生を悟り、年老いて行く。
集う人数はいつしか半分となり、やがて二人となった。
老婦人が穏やかに笑って言う。
「とうとう私とあなただけになっちゃったわね。…次もまた会えるといいけれど」
それを聞いた老紳士は、困ったようにただ笑った。
そして次の約束の時。
紳士は一人、満開の桜の下に佇んでいた。
長い静寂の後、彼はそっと声をかける。
「寂しくはないよ。だって私は一人ではない。ずっと私たちを見届けてくれた、君がいるのだから」
桜が、驚いたように風にそよぐ。
「気づいていないとでも思ったかい?君が私たちが集う日に合わせ、一番美しく咲いてくれるのを知っているよ。そんな君も紛れもない、私たちの友だ」
彼の言葉が、”私”はとても嬉しかった。
けれど桜は泣けないから。
涙の代わりに数え切れない程の花びらが、まるで雨のように舞い落ちて行く。
「私の心残りは、君を一人にしてしまうことだ。すまないね」
何を馬鹿なことを。
”私”は十分な幸せをもらった。
まるで自分の子供のようなあなた達が、立派に成長して行く様子を見届けられた。
その思い出があるから、きっとこれからも幸せに生きていける。
だから、どうか心配しないで−。
自分で予想していた通り、彼がこの地を訪れることは二度と無く、”私”は彼らの思い出とともに、静かに歳を重ねていった。
そうして幾度目かの季節が巡った、ある日。
若い女性が突然桜の木の下にやってきた。
珍しいこともあるものだ。
そう思って女性を見下ろした”私”は、形容し難い不思議な感覚に、思わず枝葉を揺らした。
涼しげな目元と優しそうな笑みが、彼とよく似ていた。
「やっと来られた。昔から何回もおじいちゃんに聞いて、ずっと来たいと思ってたんだ」
そう言って、彼女は”私”の枯れかけた幹に頰を寄せた。
「もう寂しくないよ。待たせてごめんね」
遠くから小さな子供の声がする。
手を引いている男性は父親だろうか。
途中から我慢できなくなったのか、男性の手をすり抜け、たどたどしい足取りで駆け寄ってくる。
”私”を見て目を丸くして、次に満面の笑みを見せた。
「すっごいおっきい桜!きれいだねぇ、ママ」
ああ、”私”は本当に幸せな桜だ。
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