その嘘は銃弾の形をしている
田上さんが死んでいる。
ああ、いつだったか。田上さんは『お嬢様をお守りする銃弾になりたいのです』と言っていた。私はそれを聞きながら、 “嘘つき” とぼんやり思ったものだった。
皮肉なことに彼は、私を狙う弾丸に倒れた。彼は確かに私を守ってくれたけれど、やはり “嘘つきだわ、田上さんは” と思うのである。
彼と初めて会ったのは、私が6つの時だった。父から
『
『そのように握りしめられては、ご友人が痛い思いをなさいますよ……お嬢様』
そう言って彼はくしゃくしゃのぬいぐるみを私の手から救い出し、形を整えた。
田上さんは退役軍人だった。栄光の帰還兵だったが、それでも戦場で彼が失ったものはあまりにも大きく、彼の表情はいつもどこか虚ろだったように思う。
『あのね、お父様は、男の子が生まれるって信じてたのよ。だから男の子の名前しか考えていなかったの。私もっと可愛い名前が良かった』
『素敵なお名前ですよ、仲様』
心ここにあらずという顔で、そんなことを言った。私は少し不貞腐れて、『田上さんのお名前は? あなたのお父様とお母様が考えたのでしょ』と尋ねる。彼は珍しく微笑んで、『お茶の時間にいたしましょう、お嬢様』と囁いた。そんな風にしていつも田上さんは自分のことをはぐらかす。最後までそうだった。私が彼について知っていることなんて、ひとつもない。目に見える範囲のものしか、彼は私にくれなかった。
ある日、田上さんは夕日に染まる街を見下ろしながら話をしてくれた。
『鉛を溶かして……鉛を、あるだけ溶かして』
『何のお話?』
『型に入れて固めるのです。それが銃弾で、それが戦場です』
私はその時、彼の言うことを理解したくて黙ってしまった。彼はうわ言のように続ける。
『
その時のことを鮮明に覚えている。眼下に広がる街並みは魂に焼きつくほど赤く色づき――――田上さんはいつもより幾分か穏やかな表情で、仕方なさそうに肩をすくめていた。あの表情は一体何だったのか、私は何と答えるのが正解だったのか。わからないけれど、たったひとつ、今ならわかる。
彼は銃弾になり損ねたと言ったけれど、きっと誰より綺麗に固められた銃弾そのものだったのだ。
私の父が死んだとき、田上さんは私よりもよっぽど震えていて、それでも私を抱きしめて『お嬢様のことは、私がお守りいたします』と言ってくれた。
『私が、決してお嬢様をお一人には致しません』と。
彼は何度も何度も、『あなたの為なら死んでもいい』『あなたを一人にはしない』と繰り返した。そういう矛盾を、彼はいつでも抱えていた。
私は何だか強く、 “この人を幸せにしなくちゃ” と感じたのを覚えている。実の父を亡くしたばかりの娘が考えることとしてはあまりにも不自然だけれど、私は当然のようにそう思っていた。
それから私たちは、2人で生きてきた。否、そう思っていたのは私だけで、彼は相変わらず独りで私を守っているつもりだったのかもしれない。
田上さんが死んでいる。彼の最期の言葉を、私は聞いた。
「隊、長…………」
彼は、ずっとずっと遠くを見ていた。
「隊長……お役に、立てました……でしょうか…………?」
咳き込みながら、痛みに呻きながら。虚ろな瞳で、しかし確かに恍惚とした表情で。
彼は、そう言った。
田上さんを撃った犯人は、すでに取り押さえられている。現場は騒々しく、誰かが私に声をかけてきたけれど振り払って田上さんに近づいた。彼が目を閉じているところなんて初めて見たものだから、あら睫毛が長かったのね、なんて場違いなことを思った。
「田上さんは本当に嘘つきよ、私のことを守りたかったわけじゃないくせに。嘘つきよ、結局ひとりにするんじゃないの。それでも私、信じようとしたのだわ」
彼の額に手をあてた。まだ少し温かかった。田上さんの髪は硬い。まるで彼の強情さが、表に出てしまったかのようだ。
「あなたは最後まで私を見てくださらなかったのね。私、あなたを幸せにするだけの力があると思っていた」
それとも、私だったから駄目だったのか。
冷えてゆく。彼につられて、私の手も。
彼の前髪をかき上げて、私はその瞼に口付けた。
「あんまりだわ。一生ものの、恋だったのよ。戦場なんかの
田上さんが死んでいる。もう二度と動きはしない。
置いて行かれた私は、ただ彼と同じ目で途方に暮れていた。
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