第15話 警告、認められず


◆ 勝美視点 ◆


〝あの人〟が戻ってきた――まさに魔王の再誕リボーンにふさわしい劇的な展開だった。666ナンバー・オブ・ザ・ビースト――秋人は上位八位トップエイトに入賞するのみならず、つづけて二連勝の快進撃。順調に決勝までこまを進めていった。


「おう! 駿河くん、さすがだね!」


 と、北原先輩が〝あの人〟に声をかけたが、秋人の反応はつっけんどんなものだった。


「…………ああ?」

 

〝あの人〟は舌打ちすると、トイレに行ってしまった。


「あれ……なんか駿河くん……雰囲気、ちがわない?」


 下級生にいきなしそんな態度を取られて、北原先輩は他の部員に助けを求めている。


「気が立っているのだろう……」


 クイッと眼鏡を押し上げる宮下部長は口調はおだやかだが、あまり〝あの人〟の態度がよくないことを心配している様子だった。

 

 しかし、勝美は心のなかで喝采かっさいを上げている。


 これでいいのだ――あの弱い者に向ける超越者の目。禁断のひとみは、超越的なものに思える。


 そうだ。これこそ、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストだ。


(あのムカつくライゼズを、〝あの人〟ならやっつけてくれる……)


 待ちがれた瞬間が、今、勝美の目の前にあった。


 そのとき、男性だらけの人混みの中に、金髪ブロンドの少女の姿を認めて、勝美ははっとした。


 藤堂・クロエ・モーショヴィッツ。おそらく、動画配信で〝あの人〟の復活を見て、家を飛び出してきたのだろう。だが――今、彼女の〝あの人〟に会わせるわけにはいかない。彼女をトリガーにして、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストの人格が、秋人に入れ替わってしまったら、最強の魔王がただのプレイヤーに成り下がってしまう。


「クロエちゃーん!」


 勝美は手を振って彼女を誘導した。

 シャドー文芸部のみんなにも、秋人の幼馴染で入部希望者であると伝えた。


「あ、あの……入部はまだ……」


 遠慮えんりょがちにクロエは目を伏せる。


「何言ってるのよ! こうしてアイツの試合観戦しに来たってことは! 話してみる気になったんでしょ?」

「…………」

「こらこら、角倉くん。彼女が戸惑っている。無理強いはいけない」


 あくまで紳士的に、宮下部長が割って入る。


「よければ、一緒に見守りましょう――駿河氏の戦いを」

「……はい」



◆ 秋人(666ナンバー・オブ・ザ・ビースト)視点 ◆



「やっぱ、猫かぶってたってわけだな?」

「…………」


 秋人のデッキをシャッフルしながら、ライゼズは当てつけるように言う。

 他人のデッキだというのに、その扱いはぞんざいだ。


 別に潔癖けっぺき症というわけではないが、自分のデッキを無作為化するためとはいえ、他人がベタベタと必要以上にデッキをぜこねているのは、不快感がある。


 ま、高いカードはどうせ入っていないが……。


 秋人――666ナンバー・オブ・ザ・ビーストは、そんな小さな嫌がらせをするしか脳のないイキリプレイヤー――対戦相手をあわれに思った。


「あ、ジャッジ!」


 秋人のデッキをシャッフルしていたライゼズは、手を挙げてジャッジを呼んだ。


「このスリーブ、マークドじゃないですか?」と、ライゼズは言った。


 マークドとは、カードスリーブにわざと傷をつけておくことで、次に引くカードがわかるようにするイカサマの一種だ。


 もちろん、秋人はそんなことはしていない。六回戦と、決勝トーナメント二試合を経てきたのだ。傷ぐらいはつく。


 あるいは……。秋人はやれやれと溜息をついた。


 どうも不自然に他人のデッキをこねくり回していると思ったら……ジャッジ・キル(違反による敗北)するために、ライゼズがスリーブに傷をつけたのかもしれない。昨夜、秋人に言い返された仕返し、というわけだ。


「確認ですが、このスリーブは本日変えたものですか?」


 ジャッジが秋人に問うてくる。


「昨夜、変えたばかりです」

「今朝じゃねーのかよ」


 ライゼズが抗議する。


「念のため、スリーブを入れえてください」


 ライゼズは満足そうに笑みを大きくした。


 試合開始は一〇分延長された。秋人はライゼズの目の前でスリーブを交換し、無罪を証明しなければならない。


 当然、ライゼズは秋人のデッキをまじまじと目の前で参照できる。情報戦の観点からすれば、ライゼズは秋人のデッキの全容を知った状態で戦いに臨むことになるわけだ。


「へえ……そんなカードまで入れてんだ?」


 侮辱ぶじょくするような猫撫ねこなで声だった。スリーブの入れ替え作業を眺めるライゼズはふんぞり返っている。ふざけた態度だった。ただただ面倒くさい。


「…………」


 秋人は特に反応を示さず、入れ替えを完了させる。


 もう一度、入念なシャッフル。


 こうして相手を辟易へきえきとさせて、試合前に戦意を消失させる――どうやらそれがライゼズの戦略らしい。


「…………」


 ライゼズの挑発に、秋人は終始、無言で返していた。


「おいおい、コミュニケーションのゲームだぜ、TCGは。コミュ障はお家でオンラインゲームでもしてろや」


これはさすがにひどすぎる。秋人はジャッジをただした。


「…………ジャッジ。挑発ちょうはつ行為では?」

「えーっと……」


 トーナメントセンターで大会運営をしているジャッジは、時計を気にして言いよどんだ。


 すでに決勝戦の試合開始がおくれている。ここでまたジャッジ裁定さいていを下していては、運営につかえるのだろう。


 何とも割り切れない思いだったが、仕方がない。うったえるだけむなしい気がした。


秋人はすぐに切り替え、ジャッジの裁定さいていを断った。


「ああ、結構です。試合をはじめましょう」


 助かった、というようにジャッジは息をつく。


「先攻後攻は、対戦相手勝率オポネント・マッチの高い駿河選手に決定権があります。どうしますか?」


 問うてきたジャッジに、秋人は、


「後手で」と答えた。


「……後手だと?」


 片眉を吊り上げて、ライゼズが聞き返す。


「アグロのおめーが、後手を選ぶのか?」

「…………」


 一般的には、先手の方がTCG《トレーディング・カード・ゲーム》は優位だ。

 先に盤面ばんめんを展開できるからだ。


 後手はその対応に回らざるを得なくなる。


「知ったかぶって、後攻選んでんのか?」

「…………」


 ジャッジに目配りして、紳士的プレイについての警告をうったえたが、彼は目をそらした。

 ライゼズの行為や言動は明らかに挑発行為ではないのか?


「…………」


 ジャッジもライゼズ寄りか。

 わかりやすい肩入れだ。


 秋人は「後手で」と力強く宣言する。

 

 互いに山札から七枚のカードを引く。そして再契約――つまり一枚減らした手札の引き直しするかを確認する。


「キープで」


 指を鳴らしてご機嫌な様子でライゼズは宣言した。

 対して秋人は、「再契約」を宣言。手札を引き直した。


「おやおや? 引きが悪いみたいだな?」

「…………」


 引き直した手札は、すべて供物台カードだった。

 これではゲームができない。


 秋人は「再契約」をもう一度宣言した。手札は、マイナス二枚ということになる。


「クククッ……」


 ライゼズは秋人の不運をあざ笑った。


「…………」


 引き直した手札をながめ見る。

 秋人は「キープ」を宣言。


 両者、ゲームを開始する準備が整った。

 

 とはいえ――秋人は手札マイナス二枚での開始。圧倒的不利な状況だった。しかもジャッジはライゼズ寄りで……。


「それでは――『メイジ・ノワール』勝てる屋トーナメントセンター休日大会。決勝戦です、はじめてください」


 ジャッジの声で、決勝戦が始まった。

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