第15話 警告、認められず
◆ 勝美視点 ◆
〝あの人〟が戻ってきた――まさに魔王の
「おう! 駿河くん、さすがだね!」
と、北原先輩が〝あの人〟に声をかけたが、秋人の反応はつっけんどんなものだった。
「…………ああ?」
〝あの人〟は舌打ちすると、トイレに行ってしまった。
「あれ……なんか駿河くん……雰囲気、
下級生にいきなしそんな態度を取られて、北原先輩は他の部員に助けを求めている。
「気が立っているのだろう……」
クイッと眼鏡を押し上げる宮下部長は口調は
しかし、勝美は心のなかで
これでいいのだ――あの弱い者に向ける超越者の目。禁断の
そうだ。これこそ、
(あのムカつくライゼズを、〝あの人〟ならやっつけてくれる……)
待ち
そのとき、男性だらけの人混みの中に、
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ。おそらく、動画配信で〝あの人〟の復活を見て、家を飛び出してきたのだろう。だが――今、彼女の〝あの人〟に会わせるわけにはいかない。彼女をトリガーにして、
「クロエちゃーん!」
勝美は手を振って彼女を誘導した。
シャドー文芸部のみんなにも、秋人の幼馴染で入部希望者であると伝えた。
「あ、あの……入部はまだ……」
「何言ってるのよ! こうしてアイツの試合観戦しに来たってことは! 話してみる気になったんでしょ?」
「…………」
「こらこら、角倉くん。彼女が戸惑っている。無理強いはいけない」
あくまで紳士的に、宮下部長が割って入る。
「よければ、一緒に見守りましょう――駿河氏の戦いを」
「……はい」
◆ 秋人(
「やっぱ、猫かぶってたってわけだな?」
「…………」
秋人のデッキをシャッフルしながら、ライゼズは当てつけるように言う。
他人のデッキだというのに、その扱いはぞんざいだ。
別に
ま、高いカードはどうせ入っていないが……。
秋人――
「あ、ジャッジ!」
秋人のデッキをシャッフルしていたライゼズは、手を挙げてジャッジを呼んだ。
「このスリーブ、マークドじゃないですか?」と、ライゼズは言った。
マークドとは、カードスリーブにわざと傷をつけておくことで、次に引くカードがわかるようにするイカサマの一種だ。
もちろん、秋人はそんなことはしていない。六回戦と、決勝トーナメント二試合を経てきたのだ。傷ぐらいはつく。
あるいは……。秋人はやれやれと溜息をついた。
どうも不自然に他人のデッキをこねくり回していると思ったら……ジャッジ・キル(違反による敗北)するために、ライゼズがスリーブに傷をつけたのかもしれない。昨夜、秋人に言い返された仕返し、というわけだ。
「確認ですが、このスリーブは本日変えたものですか?」
ジャッジが秋人に問うてくる。
「昨夜、変えたばかりです」
「今朝じゃねーのかよ」
ライゼズが抗議する。
「念の
ライゼズは満足そうに笑みを大きくした。
試合開始は一〇分延長された。秋人はライゼズの目の前でスリーブを交換し、無罪を証明しなければならない。
当然、ライゼズは秋人のデッキをまじまじと目の前で参照できる。情報戦の観点からすれば、ライゼズは秋人のデッキの全容を知った状態で戦いに臨むことになるわけだ。
「へえ……そんなカードまで入れてんだ?」
「…………」
秋人は特に反応を示さず、入れ替えを完了させる。
もう一度、入念なシャッフル。
こうして相手を
「…………」
ライゼズの挑発に、秋人は終始、無言で返していた。
「おいおい、コミュニケーションのゲームだぜ、TCGは。コミュ障はお家でオンラインゲームでもしてろや」
これはさすがにひどすぎる。秋人はジャッジを
「…………ジャッジ。
「えーっと……」
トーナメントセンターで大会運営をしているジャッジは、時計を気にして言い
すでに決勝戦の試合開始が
何とも割り切れない思いだったが、仕方がない。
秋人はすぐに切り替え、ジャッジの
「ああ、結構です。試合をはじめましょう」
助かった、というようにジャッジは息をつく。
「先攻後攻は、
問うてきたジャッジに、秋人は、
「後手で」と答えた。
「……後手だと?」
片眉を吊り上げて、ライゼズが聞き返す。
「アグロのおめーが、後手を選ぶのか?」
「…………」
一般的には、先手の方がTCG《トレーディング・カード・ゲーム》は優位だ。
先に
後手はその対応に回らざるを得なくなる。
「知ったかぶって、後攻選んでんのか?」
「…………」
ジャッジに目配りして、紳士的プレイについての警告を
ライゼズの行為や言動は明らかに挑発行為ではないのか?
「…………」
ジャッジもライゼズ寄りか。
わかりやすい肩入れだ。
秋人は「後手で」と力強く宣言する。
互いに山札から七枚のカードを引く。そして再契約――つまり一枚減らした手札の引き直しするかを確認する。
「キープで」
指を鳴らしてご機嫌な様子でライゼズは宣言した。
対して秋人は、「再契約」を宣言。手札を引き直した。
「おやおや? 引きが悪いみたいだな?」
「…………」
引き直した手札は、すべて供物台カードだった。
これではゲームができない。
秋人は「再契約」をもう一度宣言した。手札は、マイナス二枚ということになる。
「クククッ……」
ライゼズは秋人の不運をあざ笑った。
「…………」
引き直した手札を
秋人は「キープ」を宣言。
両者、ゲームを開始する準備が整った。
とはいえ――秋人は手札マイナス二枚での開始。圧倒的不利な状況だった。しかもジャッジはライゼズ寄りで……。
「それでは――『メイジ・ノワール』勝てる屋トーナメントセンター休日大会。決勝戦です、はじめてください」
ジャッジの声で、決勝戦が始まった。
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