第14話 反撃


◆ クロエ視点 ◆



 ノートパソコンの画面には、勝てる屋トーナメントセンターの大型大会の模様が映し出されていた。

 初戦は角倉選手対ライゼズ選手――角倉選手の顔には、クロエにも見覚えがあった。

 トーナメントセンターの店員。

 秋人のクラスメイトだ。


 先日、保健室にいるクロエの元に、彼女が現れた。

 演劇部(実はカードゲーム部)の勧誘かんゆうなのだ、と。

 そして彼女は、週末のトーナメントの動画配信を見るようにと伝言したのだった。


 同じ女性プレイヤーとして、クロエは勝美を応援したが、結果は残念なことに敗北。

 彼女は敗けて、涙ぐんでいるようにも見えた。


 同級生ということで贔屓目ひいきめに見ているのかもしれないが、相手の選手――ライゼズのプレイ態度はひどかった。


 勝美を威圧いあつするように睨みつけ、相手のカードの扱いも乱雑らんざつ

 舌打ち、貧乏びんぼうゆすり、大きくわざとらしい溜息。


 勝つことに真剣なのだ、ということを差しひても、紳士的なプレイ態度とはとても言えないものだった。

 試合を見ていて、クロエもくやしい思いがした。

 こんなヒドイ選手、やっつけてしまえ、と心から勝美に声援を送ったが……かなわない。

 いつの間にかクロエは、一所懸命にプレイする勝美を見て、演劇部に入るのも悪くないな、と思い始めていた。


 中学時代は秋人以外に『メイジ・ノワール』をプレイする相手がいなかったが、幸運にも今の高校にはプレイヤーが何人かいるようだし、恵まれた環境に思える。

 ただ――。

 秋人との気まずい関係が、クロエをためらわせていた。


 彼のことを、嫌いになどなってはいない。


 でも、あられもない姿を見られ、彼の視線が――男の子だから仕方のないことだが――もろに自分のもっとも恥ずかしいところに向けられたのを目の当たりにして、今後、どう接していいのかがわからなかった。


 中継の試合は、二戦、三戦と重ねられている。

 配信動画には、勝てる屋トーナメントセンター所属のプロプレイヤーの解説もついている。


 会場の試合進行と、動画配信との間には、どうしても時間に開きが起こる。

 例えば、試合時間は一時間でも、中継試合が三〇分で終わったら、次の試合開始まで三〇分の空きが生まれるのだ。


 だから、試合の合間にプロプレイヤーの雑談が挟まれたり、勝てる屋で販売しているカードの宣伝がはさまれたりしている。


 本来だったら、試合の合間は休憩時間なので、クロエもいったん食事をとろうと席を離れようとしたのだが……。


 その名前を聞いて、クロエは全身を凍りつかせた。


『フィーチャーテーブルは全勝者のみの中継になっておりますが、本大会で注目を集めているのは、何と言っても、あの世界の強豪――666ナンバー・オブ・ザ・ビーストの復活ですね?』

『ええ。初戦敗退したものの、勝ち進んでいるとの情報が入ってきております』


 666ナンバー・オブ・ザ・ビースト

 それは秋人のプレイヤーネーム。


 勝美と同じく、秋人も大会に参加しているのだ。

 しかも、勝ち進んでいる。


666ナンバー・オブ・ザ・ビーストは、世界大会の決勝直前、記憶障害で途中退場した、とのウワサもありましたが……?』

『記憶障害? まさか! あのプレイングで記憶喪失はないでしょう。勢いのある完璧なプレイングで勝ち進んでいます』

『初戦を落としているようですが、決勝トーナメント出場は可能性としてどうでしょう?』

充分じゅうぶんありえるでしょうね』

『ありがとうございます、風雲ふうんきゅうげる『メイジ・ノワール』勝てる屋トーナメントセンター休日大会、まだまだ見逃せません!』


 クロエはハッとした。

 それは秋人のプレイヤーネームだった。


 初心者だった頃。

 秋人はいつもクロエと『メイジ・ノワール』をプレイしていた。


 でも、彼が〝強さ〟を追い求め、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストを名乗り始めてから――クロエたちは疎遠そえんになった。


 クロエではもう練習相手にならなかったし、クロエ自身、海外へ引っ越してしまったということもある。


(駿河くんも……大会に出てる)


 しかも、勝ち進んでいるというではないか。

 クロエは、強烈な不安に襲われた。

 また、秋人が遠い存在になってしまうのではないか、と。

 今度こそ、そんなことにはしたくない。

 せっかくやり直せたのだ。 


(彼のそばで応援したい――)


居ても立ってもいられなかった。

クロエはすぐに着替えて、運転手を呼び出した。


「勝てる屋トーナメントセンターに向かってください」





◆ 宮下部長視点 ◆



 大型大会は長丁場の戦いだ。

 六回戦を戦い抜くためには、集中力が要求される。


 しかし、二敗した段階で決勝トーナメント進出は絶望的になる。

 だから、三回戦からは参加人数がぐっと少なくなる。

 途中棄権というやつだ。


 優勝をねらえないのであれば、試合をつづけても意味はない――確かにそうかも知れない。

 だが、せっかく参加費を払っているのだから、最後まで戦い抜きたい。

 そうしてシャドー演劇部の面々は、敗けながらも『メイジ・ノワール』の試合を楽しみながら六回戦を迎えた。


 五回戦までの戦績は――。


 東・北原、二勝三敗。

 角倉、三勝二敗。


 シャドー演劇部を率いる自分――宮下大志は、三戦目で途中棄権ドロップを選択していた。


 二敗して、決勝進出ができないこと。

 それよりも、あの男の戦いを見守りたかったからだ。


 駿河――四勝一敗。


 かつての世界の強豪プレイヤー。

 666ナンバー・オブ・ザ・ビースト


 記憶を消して、我がシャドー演劇部に入部してきた時は驚いた。

 本当に彼は記憶がないようだったし、プレイングも初心者のそれだった。


 しかし。

 日を追うごとに彼は、それまでの記憶を取り戻すかのようにプレイングの勘所を取り戻していった。


 オリジナルのアグロデッキを、環境の最適解として生み出しもした。


 そして、いま彼は宮下がこの一週間、接してきた駿河秋人とはまるで別人のようになっていた。


 宮下は、スピリチュアルな精神論は信じてはいなかった。


 だが、秋人の、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストのプレイを観戦していると、まるでカードを自ら引き寄せているように見えた。


 まさか、そこでそのカードを引くか、というタイミングで引き当てている。


 イカサマをしているわけではない。


 彼は、信じているのである。


 引くことを。

 揺るぎなく。


 どんな強靭きょうじんな精神力が、彼を支えるのか?


 大抵、引きが良すぎると、「なにか悪い事が起こるのではないか」と不安になる。

 そして調子を崩して負ける。


 幸運なのではなく。

 運が良すぎるから、その反作用で不幸になるのではなく。


 自らが引き寄せる。


 『メイジ・ノワール』は運ゲーなどではない。


 自分との戦い。

 自分の引きを信じられるかの戦いなのだ。 


「……投了します」


 序盤からものすごい攻勢に挫かれ、秋人の対戦相手は投了した。

 

 この瞬間、秋人は、666ナンバー・オブ・ザ・ビーストは、宮下が「難しいかも」と言ったことを成し遂げたのである。


 ストレート勝ち五連勝。


 あの男は、上位八名トップエイトに駒を進めたのだった。

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