第二章

第14話 少女は硬い鉱石がほしい

 巨大蜘蛛の一件から三週間が経過した。

 今日はアキューちゃんのところへやってきている。

 最近彼女はよく店先に出るようになり、いろんなお客さんと接しているそうだ。

 実際に使用されている武器を見るのも修行らしい。

 なので今も店に訪れている冒険者の剣を調整していた。

 私は隣でアキューちゃんの作業を眺めている。


「……突きより斬りが多め」

「へー、見るだけでわかるんだね」


 アキューちゃんはこくりと頷き砥石で剣を研ぐ。

 素早くそれでいて丁寧に研がれる剣は、次第に綺麗になっていく。

 この子は本当に鍛冶という仕事と武器が好きなんだなぁ。


 カウンターに置かれている剣を手に取ってみる。

 うーん、どこで見分けてるんだろう?

 私も真似をして武器を観察するけど全然わからなかった。

 そんなことをしている間に、アキューちゃんは調整を終わらせていた。

 私はカウンターから出て、調整の終わった剣の持ち主へ声をかける。


「調整が終わったのでカウンターへどうぞ!」

「ああ、ありがとう」


 冒険者の男性はカウンターに移動すると、早速自分の武器を受け取って握り心地や鞘からの抜きやすさなどを確かめた。

 最後に流れるように鞘に剣を戻して満足そうに頷く。


「若いのに良い腕前だ」

「……えへん」


 褒められたアキューちゃんは誇らしげに胸を張った。

 やっぱり彼女の技術はすごいんだなぁ。

 代金を置いて店を出て行く冒険者の背中を見送って、私はまたアキューちゃんの隣に座った。


「みんな満足して帰っていくね」


 頷くアキューちゃんは無表情だけど嬉しそうに見える。

 お客さんがいなくなり自由な時間になるとアキューちゃんは、お店に並んでる武器をいくつか手に取りカウンターで次の作業を開始した。


「それはアキューちゃんが作った武器?」

「……うん、でもあんまり売れない」

「うーん、なんでだろうね」


 どこも変じゃないのになぁ。他の武器と何が違うんだろう?

 二人で売れない理由を考える。

 私はアキューちゃんの作った武器好きなんだけどなぁ。


「そりゃ、基本ができてねぇからよ」


 後ろから店主のおじさんの声が聞こえて振り返る。

 店の奥から出てきたおじさんは、カウンターに持っていた剣を置く。

 それから私を見ていつもの笑顔を見せた。


「おじさん、こんにちは!」

「おう、すまんなココ嬢ちゃん、店番させちまって」

「アキューちゃんと一緒だと楽しいから大丈夫です。それよりも基本ができてないってどういうことですか?」


 アキューちゃんはおじさんを見て露骨に嫌そうな顔をしてるけど、ちゃんと聞いておいたほうが彼女のためにもなるはずだ。


「こいつの作る武器はなぁ、なんでも威力を重視してんだ。ちょっと他のメイスと、ココ嬢ちゃんのメイスを見比べてみな」


 言われるままにカウンターを立って、並んでるメイスを一振り持ってきた。

 そして自分の腰にある、アキューちゃん謹製メイスもカウンターに置いてみる。


 うーん、どこが違うのかな?

 と、見ているとメイスの先端部分の大きさが、ちょっと違うのに気が付いた。

 アキューちゃんの作った私のメイスよりも、先端のギザギザ部分が小さい。


「気づけたかい。次はこっちの剣を見てみな」


 おじさんが指さす二振りの剣を見比べる。

 どっちも片手で扱う剣のようだ。

 柄の部分は大体同じに見えるけど、刀身の大きさが片方は広く長かった。


「ココ嬢ちゃんのメイスならまだ良い。両手でも持てて力いっぱいぶん回して攻撃する武器だからな。だがこいつのような片手で扱う武器じゃそうはいかねぇ」


 実際に持ってみると確かに違いがあった。

 片方は少し重いけど扱うにはちょうど良さそう。

 もう片方は刀身が大きくて、片手で持つにはちょっと辛かった。


「バカ娘の作る武器は扱いにくいから、お客さんも使っちゃくれねぇんだ」

「……わたしの剣のほうが、強そう」

「ばっか野郎。なんでもでかくすりゃ良いってもんじゃねぇ」


 おじさんに頭をわしゃわしゃされて、アキューちゃんは必死に手をどかそうとしていた。


「とにかくおめぇは、まず人様に扱ってもらえるもんを作れ」

「……でもそれじゃ個性がない」

「かーっ、個性なんてもんは後で考えりゃいいんだよ」


 個性かぁ。

 確かにアキューちゃんの作る武器には個性があるのかもしれないけど、おじさんの言うこともやっぱり正しい気がする。

 ふたつを両立させるにはどうすれば良いんだろうなぁ。


 考えてみるけど私では鍛冶のことはよくわからない。

 でもきっとアキューちゃんならこの問題を解決できるはずだ。

 時間はかかるかもしれないけど焦ることはない。

 私はそのお手伝いができるようにがんばろう。


「アキューちゃん、最高の武器を作るために一緒にがんばろうね!」

「……がんばる」


 二人で拳をぐっと握って強い意志を表明してみせた。

 ちょうどその時にお店のドアが開いて、リアナちゃんとシャルちゃんがやってきた。


「店主殿、アキュー、お邪魔する」

「おう、リアナ嬢ちゃんにシャル嬢ちゃんも。ゆっくりしていってくれよ」

「ゆっくりしていくよー。お、ココも来てたかー、探す手間が省けてちょうど良かった」


 私を探す?

 今日は冒険おやすみの日だけど何かあったのかな?


「シャルちゃんどうかしたの?」

「リアナがちょっと面白そうなものを見つけたんだよー」

「おぉ、なんだろう!」


 リアナちゃんはカウンターの上に、一枚の紙を置いて説明してくれる。


「冒険者ギルドで見つけたクエストなんだが、とある洞窟でカチカチ鉱石という、少し珍しい鉱石が採れるそうなんだ」

「ほぉ、カチカチ鉱石か。ここいらのは採り尽くされたと思ってたが」

「最近見つけられた洞窟らしい。冒険者ギルドからそのカチカチ鉱石を採って来てほしいという依頼だ。指定量以外の余った鉱石は、冒険者がもらっても良いことになっている」


 リアナちゃんの説明を聞いて、アキューちゃんが紙とおじさんを交互に見る。

 きっと行きたくてうずうずしてるんだと思う。

 リアナちゃんはそんなアキューちゃんを見て続ける。


「そこで今後私たちと旅をすることになるアキューに、私たちの冒険がどんなものかを体験してもらおうと思ったんだ」


 その言葉におじさんは腕を組んで考えている。


「ん、こんなちんちくりんを連れて行って邪魔にならねぇか?」

「ならないさ。いずれ私たちと冒険をするんだ、慣れておくのも必要だと思う、ということなんだがアキューどうする?」

「……いく」


 力強く頷くアキューちゃんを見てリアナちゃんも頷いた。

 おじさんも特に反対はしなさそうだ。

 もちろん私も行きたいから手をあげて主張した。


「はい決まりー。今回は今までと違い行って帰ってくるだけで、一日はかかりそうだから準備はしっかりしないとねー」

「本格的に冒険って感じだね!」

「これからは遠出も増えるから、ココも慣れておかないとね」


 シャルちゃんの言葉に私も強く頷く。

 アキューちゃんを加えて初めての冒険!

 鉱石を採りに行くなんて、私も初めてだからわくわくしてしまう!

 それに洞窟……まさに冒険だぁ!


「まぁ、バカ娘もやる気になってるみてぇだし、よろしく頼む嬢ちゃんたち」

「はい!」


 おじさんの許可を得たアキューちゃんの行動は素早かった。

 すぐにお店の奥に駆けて行き準備を始めたようだ。

 少し待っていると普段とは違う服装で戻ってきた。

 大きな私の鞄よりも更に大きな鞄を背負っている。

 表情は店番をしている時よりも、活き活きしている気がした。


「……そうだ武器」


 ぼそりと呟くとアキューちゃんはお店の商品を漁り出す。

 たくさんある武器の中から、大きめのハンマーを手にしていた。

 やっぱり鍛冶屋だからハンマーなのかな。

 普段から使ってそうだから扱いに慣れてるのかも。


「よーし、アキュー準備できたね。それじゃあ行こうかー」

「おじさん、行ってきます!」

「……行ってきます」

「おう、気ぃつけてな。アキュー、嬢ちゃんらの邪魔するんじゃねぇぞ」


 私たちはアキューちゃんを加えて次の冒険へとのぞむ。

 カチカチ鉱石がある洞窟ってどんなところだろう。

 カチカチ鉱石ってどんな物だろう。

 たくさん採れると良いなぁ。


 初めての遠出の冒険だからわくわくが止まらない。

 アキューちゃんは無表情だけど、きっと彼女もわくわくしてるはずだ。

 私たち四人はわいわいと騒ぎながら、カチカチ鉱石採取クエストの準備をするのだった。

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