第7話 彼らはいつでも一緒にいる
今私はどんな顔をしているのだろう。
テーブルの右側に座っている、シャルちゃんはにこにこ笑顔。
反対に左側に座っているリアナちゃんは、顔色真っ青でがたがた震えている。
冒険者ギルドの地下酒場で、私たちは今晩のごちそうを待っているところだ。
あれがごちそうになるのかは甚だ怪しいけど。
「何、まだ怖がってるの? もう焼きあがってる頃だから諦めれば良いのに」
「シャルはどうしてそんなに、平気な顔をしていられるんだ」
「だって美味しそうじゃない蛇肉」
「そんなわけあるか! 蛇だぞ蛇。にょろにょろってしてるあの蛇だぞ。美味しいわけがない!」
説得の末にここまで連れてこれたけど、やっぱりまだ抵抗があるようだ。
そりゃそうだよね、だってこれから食べるのは、ツーヘッドスネーク。
普通食べようと思わないモンスターだからね。
酒場の奥にある厨房のほうを見てみる。
二人のウェイトレスさんが私たちのほうを見ていた。
一人はすごく嫌そうでもう一人はすごく楽しそう。
あっちにもリアナちゃんと、シャルちゃんがいるみたいに見えた。
やがて二人のウェイトレスさんは、厨房の中へと入っていく。
どうやら今晩のごちそうが完成したようだ。
あの強そうだったツーヘッドスネークは、どんな姿になっているのか。
厨房からウェイトレスさんが、大きなお皿を二人で持って運んでくる。
他のテーブルの冒険者たちも興味津々で眺めていた。
そして私たちがいるテーブルの真ん中に、大きなお皿が置かれた。
「ひっ!」
「おぉー」
「うわぁ」
リアナちゃんシャルちゃん私は、それそれ違う反応だった。
一番正解に近い反応をしたのは、きっとリアナちゃんだろう。
それもそのはず、お皿の上のツーヘッドスネークは、カットされてたりすることもなく、焼かれる前と同じ姿だったからだ。
ちなみにツーヘッドスネークを厨房に持っていき、調理方法を決めたのはシャルちゃんである。
「シャル。どうして丸焼きなんだ……?」
「豪快に食べたほうが美味しいじゃない。ココもそう思うよね」
「普通のお肉なら豪快に食べるほうが美味しそうだけど、これは原型を留めてないくらい、小さくカットされてたほうが良かったなぁ」
「ちぇー、ココにも不評かー」
シャルちゃんは唇を尖らせて、ツーヘッドスネークのおなかをフォークでつんつんしていた。
しかしすぐに明るい表情になりぱんっと両手を合わせた。
私も同じように手を合わせて覚悟を決める。
「んじゃま、熱いうちに食べよう。いただきます」
「い、いただきまーす」
「……い、いた、いた、いや、嫌だ嫌だ嫌だ。食べたくない食べたくない」
「リアナ、つぶつぶ言ってないで食べるよ」
シャルちゃんは蛇の体に豪快にフォークを突き刺し、ナイフを使って食べやすい大きさに切りお肉をお皿に乗せて手渡してきた。
結構手馴れた手つきなのがすごいなぁ。
「はい、ココの分。こっちはリアナの分ね」
「あ、ありがとー」
「ありがたくない、全然ありがたくない……」
ごくり……。
とうとうこんがり焼けた、ツーヘッドスネークのお肉が目の前にやってきた。
香ばしく焼けたお肉の良い匂いがする。
匂いは良いんだよね、匂いは。
問題は味だよ。正直美味しそうには見えない。蛇の丸焼きだし。
フォークを刺してお肉を持ち上げる。
見た目は普通のお肉だ。
蛇のモンスターだと知らなかったら、何も考えずにぱくりといってしまいそう。
リアナちゃんはフォークを刺すことすらできてなかった。
対するシャルちゃんはと言うと。
「むしゃむしゃ……こんな味なのかぁ。なかなか美味しいな」
と言った感じでまったくためらいなく、ツーヘッドスネークのお肉を食べていた。
どうして普通に食べられるんだろうこの子は。
って、私も食べないと。
リアナちゃんを説得した手前、食べないわけにはいかない。
もう一度唾を飲み込み、目を瞑ってお肉を口へ放り込んだ。
もぐもぐ。
もぐもぐ……。
「あれ? 結構、美味しい、かも」
「でしょー」
なんだろう。
想像ではもっと生臭かったり苦かったり、そんな味を想像してたのに。
意外とあっさりした味だ。
もう一口食べてみるけど、やっぱり変な味はしなかった。
「ほらリアナ。ココも美味しいって言ってるんだから」
「……信じられないが、本当に美味しいのか?」
「うん、食べてもまだ信じられないけど、結構美味しいよ」
リアナちゃんはフォークでお肉を、持ち上げてまじまじと凝視する。
そしてゆっくりと口元に運び、小さく一口齧った。
思いっきり目を瞑って食べている姿が可愛い。
「不味く……ない。でも気持ち悪い……」」
気持ち悪いのは仕方ない。蛇だもん。
でも一口目がいけると、不思議とその後は気にせず食べられた。
それはリアナちゃんも同様で、少しずつ齧る量が増えていた。
「ほらほら、まだまだあるから、いっぱい食べるんだよ」
そう言ってシャルちゃんは、大きく切ったお肉を豪快に頬張った。
私も大きなお皿の本体から食べる分を取って口に運んだ。
リアナちゃんはまだ抵抗が、あるらしく私たちより少なめだ。
味に慣れて余裕が出てきた私たちは、雑談しながら食べ続ける。
「そういえば、さっきのあれは何だったんだ、ココ?」
リアナちゃんが唐突にそんなことを聞いてきた。
さっきのあれってなんだろう?
その質問をする前にシャルちゃんが答えを言った。
「ココが精霊って言ってたあれね」
「あー、あれはそのまま。本当に風の精霊だよ」
二人は顔を見合わせて、リアナちゃんが口を開いた。
「この目で見たのにまだ信じられない。精霊がこの世に本当にいたなんて」
「普段は見えないらしいからね」
「ココには見えているのか?」
私は頷いてテーブルの上に、置かれている蝋燭を手元に引き寄せる。
この蝋燭の小さな炎の中にも精霊は存在しているからだ。
私は小さな炎に話しかける。
「こんばんは。いつも明かりを照らしてくれてありがとう」
リアナちゃんとシャルちゃんは、じっと蝋燭の炎を見つめている。
少し間を置いて蝋燭の炎から、小さな火のトカゲがぴょんっと飛び跳ねた。
二人はその光景を見て目を丸くする。
「今のは、炎の精霊なのか?」
「うん、普段見えなくても、精霊はどこにでもいるんだよ」
「昼間の風の精霊もそうだったが、どうして今も見えるんだ?」
「私の声を聞くと他の人にも見えるようになるみたい。どうしてかはわからないけどね」
蝋燭を元の位置に戻すと二人は視線を私に移した。
「私はみんなが忘れてしまっている精霊のことを、思い出して信じてくれると嬉しいなって思ってるんだ。精霊は今でもこの世界にいて、私たちと一緒に暮らしているんだから」
私の言葉にリアナちゃんは笑顔で頷く。
「見たからには信じないわけにはいかないな」
「もちろんあたしも信じるよー」
「うん、ありがとうリアナちゃん、シャルちゃん!」
私はもう一度、蝋燭の炎の精霊に話かける。
そしてここにいる二人が、精霊の存在を信じてくれたと伝えた。
すると蝋燭の小さな炎から、たくさんの炎の精霊が飛び跳ねていた。
「この子たちも嬉しいみたい」
私が言わなくても二人はわかっていると思う。
二人は優しい眼差しで、蝋燭の炎の精霊を眺めていたから。
私たちはその後ツーヘッドスネークを無事に全部食べ終えた。
まさか蛇を食べて満腹になる日が来るとは思わなかった。
リアナちゃんも最後のほうは普通に食べていたので、シャルちゃんも満足していたようだ。
料理を運んできたウェイトレスさんや、他のテーブルの冒険者たちが、食べ終わった私たちに向けて拍手を送っていた。
それにところどころからゲテモノ少女パーティという、あまり嬉しくないパーティ名で呼ぶ声も聞こえてきた。
でもみんな楽しそうだし、食べていた私たちも楽しかったので良しとしておく。
やがて慌ただしい一日が終わり別れの時間がやってきた。
冒険者ギルドを後にして各々帰路につく。
その時、私たちは自然とこう口にしていた。
「じゃあ、またね!」
「ああ、また明日」
「冒険者ギルドでー」
この次の日から私たちは、三人で行動するようになるのだった。
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