第3話 恐怖の時間と素敵な瞬間
最後の一口をぱくり。
もぐもぐ、もぐもぐ、ごくん。
よし、食べ終わったしさっきのパーティが、来た方向を見に行ってみよう。
地面に置いていた松明は、いつの間にか火が消えていた。
鞄から出した新しい松明に、火起こしセットで火を付けて準備完了。
方角としては現在地から西のほう。レルエネッグの北門から北西方向だ。
さっきのパーティは三人だったから、騎士の女の子は今一人ということになる。
事情はわからないけど、それは危険だと思う。
とにかくこの目で確認しないと何もわからない。
街の入口から離れるのは怖いけど、行くっきゃない!
冒険者は助け合いが大切! がんばれ私!
いつモンスターが出てきても良いように短剣を持っておく。
サッと行ってササッと帰ってくるのが、良さそうだから急いで行こう。
あのパーティが走ってきた方角へ足早に進んだ。
辺りが暗くてどのくらいの距離を、歩いてきたのかわかりにくい。
気づけば鬱蒼とした場所にたどり着いていた。
森というほどではないが木々や草が生い茂っている。
な、なんだか不気味な場所に来てしまった。
本当にこんな場所にあの騎士の女の子はいるんだろうか。
引き返したほうが良いかな……?
いや、ここまで来たんだからもう少しだけ。
うぅ、怖いなぁ。
木の陰からモンスターが飛び出してこないか、細心の注意を払い進む。
幸いモンスターの影はないけど、さっきから心臓がばくばくいってる。
今モンスターが飛び出して来たら、私はショック死してしまうかもしれない。
やがて少しだけ木が少なく広い場所に出た。
そこに、彼女はいた。
少し背が高く長い黒髪に軽鎧の見覚えある後ろ姿。
間違いないあの時冒険者ギルドで見たあの女の子だ!
街に帰らずこんなところで何をしてるんだろう?
彼女に近づき声を掛ける。
「……あの」
「ぞ、ゾゾゾゾンビぃぃぃぃぃぃ!?」
「ぎゃああああああああああ!」
突然の大声に思わず叫んで後ずさってしまった!
それは彼女も同様で私から離れて剣を構えていた。
危ない、危うくショック死するところだった!
落ち着け私の心臓!
とにかく会話をしなきゃ!
「あ、あの、モンスターじゃないです。安心してください」
「がくがくがくがく……え、人?」
「人です! 人間です! ヒューマンです!」
私が人だとわかると彼女は、へなへなと地面にへたり込んだ。
すごく驚いたからだろう。私もすごく驚いた。
「あなたと同じ冒険者です」
「冒険者……よ、よかった」
「どうどうどうどう」
馬を落ち着かせるように彼女を落ち着かせる。
そろりそろりと近づき、彼女に手を貸してあげる。
立ち上がった彼女はまだちょっとふらふらしていた。
「あ、ありがとう」
「私はココ・ミラノート。あなたは?」
「リアナ。リアナ・グランセルだ」
リアナちゃん、で良いのかな?
彼女はその、美人さんだった。
違うそうじゃない。いや違わないけど、今はそこじゃない。
まだ少し顔色が悪いけどもう大丈夫そうだ。
「どうしてこんな場所に一人でいたんですか?」
「仲間と一緒にモンスター退治のクエストに来たんだが、ゾンビの群れに襲われて仲間とはぐれてしまって。ぞ、ゾンビが怖くて何もできなくて、見捨てられたとかってわけじゃないぞ……多分」
どうやらゾンビが怖くて、何もできなくて見捨てられたらしい。
でもそれならどうして、ここに残ったんだろう?
仲間が逃げたなら一緒に逃げれば良かったのに。
その疑問も彼女の次の言葉で氷解した。
「すまない嘘を吐いた。何もできなかった、のは事実だ。でも囮にはなれると思った。仲間が逃げる時間くらい稼がないと、騎士を名乗れないと思ったから。でもその後の記憶があんまりなくて……」
だからここに残って、ゾンビの群れを引き付けていたのかぁ。
怖くて何もできなかった、なんて言ってるけど彼女は立派な騎士だ。
一人でゾンビの群れに立ち向かったのだから。
「あれ、でもそのゾンビの群れは、どこに行ったんですか?」
「ん? そう言えばいないな。どこに行ったんだろう」
二人で頭にはてなマークを浮かべる。
でもいないほうが良いよね。ゾンビとか怖いし。
ともあれリアナちゃんが無事で良かった。
「じゃあこんな場所からは早く退散しよう!」
「あぁ、そうだ……な!?」
いやー、勇気を出して見に来てよかった。
ちょんちょん。
これで一件落着。めでたしめでたしだね!
ちょんちょんちょん。
なんだか肩を突かれているけど、今はそれどころじゃない。
一人でゾンビの群れに立ち向かったリアナちゃんの、無事を喜ぶ感動のシーンなのだ。
ほら、リアナちゃんも嬉しそうに顔を真っ青にして……。
「あわ、あわわわ……ぞ、ぞぞぞぞ」
「あわぞ?」
リアナちゃんがぶるぶる震えながら私の後ろを指さす。
後ろに何かあるのかな?
振り向くとそこには、ホラーな顔をしたゾンビが立っていた。
一瞬時間が凍り付く。
その時間の氷を割ったのはリアナちゃんの大声だった。
「ゾンビぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ぎゃあああああああああ!」
リアナちゃんと抱き着きあって、ゾンビから素早く離れる。
びっくりした! すっごくびっくりした!
またショックで心臓止まるかと思った!
いきなり出てくるなんて卑怯だ!
なんかこう、ずちゃ、ずちゃって歩く音とか欲しかった!
そうすれば気づけたかもしれないのに!
私たちは急いで武器を構えた。
ゾンビの後ろには、地面から這い出てくる他のゾンビもいる。
わわわ、どうしよう!
ゾンビなんて勝てるかわからない。ここは逃げたほうが良さそうかも。
「リアナちゃん、逃げ……リアナちゃん?」
「ココさんは逃げて、ここは騎士である私が盾に……ココ、ここ? ココここココここ怖い怖い怖い怖い!」
ヤバい、リアナちゃんの様子がおかしい!
突然のできごとに加えて恐怖で錯乱状態になってるっぽいぞ!
逃げたほうが良いのに前に出て行っちゃってる!
「どうどうどうどう」
「あわわわわ……ひぃぃぃぃぃ!」
ダメだ、全然落ち着いてくれない!
そうこうしている内にゾンビが、リアナちゃんに襲い掛かった。
怯えながらも彼女は攻撃を避けていた。
しかし段々ゾンビの数が増えてきている。
このままではいずれ囲まれてやられてしまうのでは。
そう思った矢先にゾンビの腕がリアナちゃんの体に触れた。
「きゃぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁ!」
ゾンビに触れられたリアナちゃんが剣を振り回す。
その攻撃は速く鋭く一撃でゾンビを、元から亡いけど亡き者にしてしまった。
更に半狂乱の彼女の攻撃は続いた。
地面から這い出てくるゾンビたちを、次から次へと倒してしまう。
気が付けばゾンビは一体も残らず倒されて土に帰っていた。
リアナちゃんはというと、剣を構えたまま硬直している。
「り、リアナちゃんすごい!」
私の声を聴いたリアナちゃんは、びくっと体を震わせてこっちを向いた。
顔は蒼白、体はがくがくと震えたままだ。
「ココ、さん? はっ、ゾンビは! あれ……いない」
え、もしかして今の戦闘を覚えてないの?
彼女はふらふらと私のところへ歩いてくる。
そこではっと気づいた。
リアナちゃんを見つけた時、辺りにゾンビはいなかった。
あまりの恐怖に我を忘れた彼女が、一人で全部倒したんだ!
だからあの時彼女一人だったんだなぁ。
「がくがくがくがく……ゾンビがいないなら、今の内に逃げよう。もうこんな怖いところは嫌だ」
震えるリアナちゃんの体を支えて、私たちはその場を離れた。
他のモンスターが現れないか警戒しながら歩いていく。
街道付近に戻ってきた頃には、彼女も普通に歩けるようになっていた。
そのままレルエネッグを目指して歩いていると、前方から光が近づいてきた。
「おーい!」
松明を持った剣士っぽい男の人が手を振って近づいてくる。
その後ろには、リアナちゃんと同じパーティの三人の姿があった。
男の人は私たちの顔を見て三人に尋ねる。
「彼女たちが君たちのパーティメンバーかい?」
「一人は違うけど、そっちの鎧の女はそうです」
「じゃあ無事だったんだな。良かった」
男の人は安堵しているが、三人は気まずそうな表情を浮かべている。
リアナちゃんもどこか浮かない顔をしていた。
しばしの沈黙の後、一歩前に出てリアナちゃんは三人に頭を下げた。
「すまない。私のせいで、みんなを危険な目に遭わせてしまった」
「ま、まったくよ。アンタあたしらを守るって言ったじゃん。それなのに一番最初に怖がって、何もできないなんて騎士としてどうなの」
「くっ……すまない」
え、あれ?
どうしてリアナちゃんが謝ってるんだ?
彼女はこの三人を守るために一人で残ったのに。
先に見捨てて逃げたのは彼らじゃないか。
「お前みたいな使えない奴は、俺たちのパーティにはいらない。悪いけど別のパーティを探してくれ」
「……わかった」
それっきり黙って俯くリアナちゃんの姿が痛々しい。
なんなの! なんなのこの子たちの言い方は!
ちょっと酷すぎると思う!
ここはガツンと言ってやらないと気が済まない!
「リアナちゃんはあなたたちの囮になって一人で戦ったんだよ! それなのにそんな言い方はないんじゃないかな!」
「な、なんだよお前は。俺たちには俺たちのルールがあるんだ。口出しはしないでもらいたいな」
「文句あるならアンタがその子と、パーティ組めば良いじゃない」
ふぎー!
男の子も背の低いほうの女の子も、なんなのこの子たちは!
えーい、言われなくてもそうしてやる!
「じゃあ今からリアナちゃんは私のパーティメンバーです! これ以上彼女を傷つけたら許さないよ!」
まだ何か言うようなら全面戦争だ!
三対一じゃ勝てないかもしれないけど戦ってやる!
「落ち着きなさい君たち。今はレルエネッグに帰るのが優先だ」
剣士の男の人が間に入って止める。
確かに今は先に街に帰ることを考えないといけない。
でも、この煮えくり返るはらわたをどうすれば。
「あ、それと君たち三人は街に着いたら、冒険者ギルドの酒場に来なさい」
「どうしてですか」
「先輩冒険者として君たちに、言っておきたいことがあるからだ」
それだけを言うと男の人は私たちを歩かせ始めた。
後方に移動する際、男の人は私だけに聞こえる声で、後は任せなさいと言っていた。もしかすると彼らを説教してくれるのかもしれない。
そうならこれ以上は何も言うまい。
リアナちゃんと並んで三人の後ろを歩く。
しかしいきなりパーティメンバーだなんて言ってしまったけど、彼女は迷惑してないだろうか。もし迷惑なら、なかったことにすれば良いんだけどね。
しばらく俯いていたリアナちゃんは、顔を上げて目を拭っていた。
そして。
「私のために、ありがとう」
そう言って出会ってから初めての笑顔を見せてくれた。
うん、なんだろう。
やっぱりすっごく可愛い顔してるなこの子。
美人さん羨ましい。
いや、そうじゃない。そうだけど、そうじゃない。
ともあれ、少しでも元気になってくれたのなら良かった。
その後、冒険者ギルドに戻るまでほとんど会話はなかったけど、私たちは友達になれた気がした。
初めての夜のクエストは、ちょーっと嫌なこともあったけど、最後には笑顔になって終わりを迎えることができた。
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