第1話 末裔
5歳のある日、人魚姫の童話を知った時、こんなにも美しく残酷な恋があるのかと母の胸の中で大泣きした記憶がある。全てを捨てて愛を捧げた男に裏切られ、泡になる美しい人魚姫。
それがただの作り話ではないのかもしれないと知ったのは15歳の時だった。
初恋の男の子がわたしの友人と婚約したと知った時、悔しくて唇を噛んで地面を睨みつけた。その時、カランッ、と硬いものが頬を伝って地面に落ちた。真珠だった。
最初は髪飾りが壊れたのだと思った。でも止まることを知らず落ち続ける真珠を見てそれが涙であることを悟ったのだった。
「私たちは人魚姫と王子様の末裔だから、誰かに初めて恋をした時から真珠の涙を流すようになるのよ。真実の愛を見つけて幸せになるまでは、目から塩水ではなくて真珠が流れ続け、その愛が実らなかった日には私たちは海に戻らないといけないの」
わたしにそう語った母はその翌月、父が心臓発作で死んだ日に海に行ったきり二度と会うことができない人となった。
父方の親戚に預けられたわたしは、経済的に困窮していた彼らのために毎日涙を流し、涙を売った。実の子供でもないわたしを育ててくれようとした彼らを思い善意で始めたその行動は、数ヶ月後、強制されるわたしの日課となった。涙を流さない日はなかった。涙が枯れた日は涙が出るまで殴られた。
17歳の誕生日を目前にしたある日、わたしに縁談が舞い込んできた。相手は実業家の男だった。わたしの倍以上の年齢のその男を前にした日、左の足の親指に鱗が一枚生えた。
「あぁ、わたしはこのまま海に帰るのか」
そんな簡単に全てを諦められるほどわたしは可愛い女ではない。もっと息がしたかった、身が焦がれるほどの恋がしたかった。
そしてなによりも誰か1人でもいいから、わたしの流す涙以上の価値をわたし自身に見出して欲しかった。
「わたしの涙はもう真珠にはならない」
叔父と叔母にそう嘘をついたことが、わたしの人生を大きく変える転機となった。
人魚の涙 花宮優 @hana_yuu
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