終章 サステナビリティ②

 敵味方関係なく、視線が俺に集中する。俺の番だ。そして俺の口から出た言葉が『サステナビリティ』。誰も意味が分からなかったのだろう、再び沈黙が訪れた。俺の次の発言を待っていたのかもしれない。

「呪文か何か、ですか?」

運び屋が問う。説明しなくてはなるまい。

「俺は、武器屋を全てなくそうと考えていました。実際にその為に行動していたのですが・・・モンスターをなくして、武器をなくして、武器屋をなくして。そうすれば争いが無くなって―それを目指して魔王城から旅立ちました。けれども今、考えが変わりました。いや、ずっと何か違うと思っていて、今、少し方向性が見えたというか―俺の望みはサステナビリティ。この世界に必要なのはもはやモノを充足させ、競い合い、蹴散らしあうことではありません。成長はちょっとずつでも持続可能な、本当に共存できる市場。市場規模はぐっと小さくなりますが、零れる数、あぶれる数もうんと小さくなります。そうすることが市場を継続する為の―」

 喋っている俺だっていまいち考えがまとまっていないのだ。クォーダからこんな感想が寄せられるのも当然だ。

「ふむ、よく分からねぇが、結局はルナを手に入れる為に強い武器を売るんだろう?」

「例えばですね・・・伝説人の凶戦士、あのクォーダが一撃で追い込まれた際にへし折られた幻の大剣、の様に、背景とか心情もひとつの価値になります。攻撃力だけがルナを決める定規ではないのです。」

「俺は追い込まれてねぇぞっ。」

そこかいっ。

「分かっていますよ、例えば、例えばの話ですよ。」

仄かに俺達の顔に笑みが浮かんだ。改めて武器を構えて戦闘の意思を示す。俺は弓を、運び屋が剣と銃、クォーダが馬鹿デカイ剣、そして蓑口さんが目を閉じて詠唱を始めた。

 「今後、形式上望みを訊くことはやめにするか―時間の無駄だ。」

魔王も真っ黒な剣を抜いた。ついに最後の戦い。経験値としては他に3人と比較して圧倒的に少ないが、俺だってこのラストダンジョンを中心に戦闘をこなしてきた。勝利と自信を重ねてきたつもりだったが、身体が重い。緊張か恐怖か。自分の肝っ玉の小ささが嫌になってしまう。そんな俺を励ますかのように(完全に勝手な思い込みではあるが)蓑口さんが幻獣を召喚した。俺はてっきり3体なり4体なりの幻獣が現れるものと思っていたが、共闘する幻獣は1体だった。『エメラルドドラゴン』。消費マジックポイント790。全身全霊を懸けた召喚だ。

 「お疲れ様、大賢者。少し休んでいて下さい。」

運び屋が蓑口さんに優しく声を掛けた。そして大魔王の下へゆっくりと歩いていく。ご丁寧に宣戦布告だ。

「始めて宜しいでしょうか、大魔王様。」

小馬鹿にした運び屋の問いに答えることなく、魔王が剣を振り下ろした。運び屋はそれをバックステップで回避。先制攻撃はこちらだ。構えて待機していた俺とクォーダが仕掛ける。俺は法術、クォーダは剣技。打ち合わせの時に止めたのだが、俺が魔法を唱えて魔王の動きを止める。止めると言ってももちろん攻撃魔法なのでダメージ狙い。その中にクォーダが突っ込んでいき、そこで特技を放つそうだ。逃がさねぇぞ、なんて意気込んでいた。

 

 俺の魔法攻撃だってそれなりの爆発を引き起こしていた。法術は得意だし、自分で言うのもあれだが、覇王に転職してからも随分とステータスが上昇した。さらに強くなった。元魔王の覇王が繰り出す爆発や衝撃波。それを簡単に飲み込んでしまうクォーダの一撃。俺の物より一回り大きな爆発と、数倍の強さで吹き付ける逆風。どんな攻撃をしているかは光や煙や埃で見えなかったが、衝撃波で俺は吹き飛びそうになってしまった。腰を落として踏ん張るので精一杯。気を抜いたら体が浮きそうだ。そんな俺の隣に立つ一人の男。別に剣を構えるでも詠唱を始めるでもない。突っ立って片腕を伸ばす。最初は片手で風を遮っているのかと思ったが、違った。構えて、狙いを定めていた。運び屋、お前・・・その銃、結局買ってから1度も使っている所を見たことないぞ。この大事な局面で大丈夫なのか。

 「ファイナルストライク。」

運び屋が静かに一発を放つ。とんでもない威力だった。銃の力なのか運び屋の能力なのかは知らないが、爆発も爆風も飲み込んでずっと彼方へぶっ飛ばしてしまった。どでかい波動砲が魔王とクォーダを包み込んだ。この人達の信頼関係というか、目的の為に最善をためらいなく尽くす姿勢は時に恐怖を覚える。

 青白い砲撃が薄れ、徐々に標的の姿が見えてきた。まずはクォーダ。肩膝をついた状態で、大剣を顔の前に立てて盾の代わりに凌(しの)いだらしい。無事なようだが、クォーダの態勢が威力を物語っていた。さて、問題の魔王はというと―鎧の右肩部分が消えていた。顔まで覆う兜のせいで表情は見えない。構えもそのまま、消失した右肩からは黒い煙のようなものがユラユラと溢れ出ているが、効果の程は不明。けれども全くもって効果なし、ということではなさそうだ。その証拠に、直撃は避けたはずのクォーダが防御の構えを取っている。それだけの威力があったということだ。さらに驚いたことは、クォーダにしては珍しくズドンと重い音を立ててジャンプ、その場を離れた。身の危険を察知したのだ。

 美しい翡翠(ひすい)の咆哮(ほうこう)。エメラルドドラゴンの口から放たれたエネルギー球が魔王を飲み込み、大爆発。先制攻撃を終え、煙や砂埃が落ち着くのを待つ。すると―膝をついた魔王の姿が顕(あらわ)になった。剣を杖の様に使って体を支えているから、クォーダとは状況が異なるはずである。手応えあり、という奴だ。


 魔王のターン。何事もなかったかのように立ち上がり、杖代わりにしていた剣に力を込めて地面に突き刺した。手を離し、両の腕をこちらに向けて伸ばす。手の形はパー。神に誓ってもいい、魔法攻撃が来る。

「ダークストライカー。」

低く渋い声で呟いた魔王の掌が黒い光を帯びた。大きさはそれほどでもない、クォーダの顔ぐらいのエネルギー球が飛んできた。ざっと300個くらい。時間にして10秒から20秒程だったと思う。ポンポン、ポンポン、次から次へ、これでもかと。お返しと云わんばかりに幻獣含め、俺達全員に魔法攻撃を繰り出してきた。おそらくは1球当たりの威力はさほどでもないが、絶対に避けさせない。確実にダメージを奪う。そんな狙いか。甘い。はっきり言って、お決まりの攻撃だ。

 魔王は何球目で気付いたろうか。自分の放った黒球が標的に届いていないことを。目と鼻の先まで真っ直ぐ飛んでいっくものの、既(すんで)の所で明後日の方向へ外れていく。あたかも磁石で反発するかのように。『マグネットリフレクション』。俺の防御魔法だ。ちょっと特殊な障壁で、属性などに関係なくほぼすべての攻撃魔法を弾き返すことが可能。ただし1魔法1回の戦闘につき1度のみ。つまりこの戦闘内では「ダークストライカー」以外の魔法であれば1度無効化できるが、次に同じ魔法を打たれれば、まともに被弾してしまう(これを知らないと勝手に混乱して「魔法が効かないのでは」なんて考える奴がいたりする。魔法を変える度に弾かれるから邪推してしまうのだろう)。1ターン目は大変に信頼のおける魔法なのだがその特性上、ターンが進むほどに使い辛くなってしまう。とはいえ、ひとまずうまくいってくれた。

 「おっ、やるじゃねぇか、如月よ。魔王の魔法を弾くたぁ、なかなか―」

「クォーダ!前、前!!」

その魔王と戦っている真っ最中に堂々と余所見(よそみ)する凶戦士。俺は叫ぶと同時に目を瞑ってしまった。もう本当に緊張感の欠片(かけら)もない。そりゃご存じの通り魔王だもの、1ターンに2回攻撃3回攻撃は当たり前だ。隙ありと見るや突き刺していた剣を引き抜き、そっぽ向いたクォーダに斬り掛かった。

甲高い金属音が耳を劈(つんざ)く。恐るおそる目を開くすると、暗黒騎士の一閃をクォーダが大剣で受け止めていた。余裕の表情というか、無表情で。さすがの魔王といえど、パワーに関してはクォーダに軍配が上がるようだ。さらにクォーダの特技『カウンター』が発動。大剣が一瞬光ったかと思うと、黒騎士が後方へ吹き飛んだ。ダメージはほとんどないようで、あっさりと着地したが、それで十分だった。一連の流れで形勢有利であることを実感できた。俺達の攻撃が通用する。俺達が魔王を押している。


 2ターン目。蓑口さんがすっと立ち上がった。右手を垂直に掲げる。指示を受けるはエメラルドドラゴン。

「道を開けて。」

その指示には俺達3人が従った。エメラルドドラゴンの全身が金色の光を帯びる。まだそれだけ、何もしていないのだが、最初の攻撃の比ではない。とてつもない一撃が放出される、何も知らない俺の直感がそう告げているのだ。威力を知っている運び屋とクォーダの緊張と期待はいかほどだったろうか。

「如月さん、もう少し下がりましょうか。ちょっと危ない。」

俺にそう助言した後すぐに、蓑口さんに大声で伝えた。エメラルドドラゴンの周囲でビリビリ、バチバチ、グォングォンと鳴り響いていて、少し距離が遠いと声が届かない。

「ほどほどに!まだHPを削る段階ではありませんよ!」

その一言にふと、蓑口さんが笑ったように見えた。

 「till the end of time.」

そう言いながら蓑口さんが右手を下ろす。竜が全身にまとっていた金色のオーラがまるで魔王に吸い込まれているかのように放たれた。このラストバトル幾度目かの大爆発が魔王の姿を煙の中に掻き消した。

 これはさすがに・・・口には出さなかったが、無事では済まないはずだ。決まり、なのではなかろうか。過去に何があったかは知らないが、もはや伝説人は魔王すら圧倒できる力を身につけていて―そんな油断した俺を我に返らせるかのように、運び屋が魔法で追撃を開始した。クォーダも大剣から闘気を飛ばし、滅多に見られない遠距離攻撃で続いた。俺も倣う。魔法攻撃で止めを狙った。

 煙が溶ける。そこに魔王の姿はなかった。周囲を見回しても気配すら掴めない。本当に倒してしまったのだろうか。まぁ、そんな都合良くいくはずもなく、しばらく警戒を続けていると、どこからともなく声が訊こえてきた。

「さすがは勇者。遊びはここまで。主等の実力は分かった。決着をつけようぞ。」

すると玉座が消え、地下への階段が現れた。いざ、最終決戦へ、というわけだ。ここで引き返す選択肢はない。トコ、トコ、トコ・・・・・・・・・数歩進んでから気が付いた。幻獣は通れないよな、デカすぎて―しかしそこにエメラルドドラゴンの姿はなかった。

「次の戦闘でまた召喚しますね。」

俺の心は読み易いのか、蓑口さんが答えてくれた。俺はこの時、ちゃんとステータスを確認すべきだったのだ。ほとんどノーダメージだったものだから、全く注意が向かなかった。蓑口さんのマジックポイントはほぼゼロだった。

 地下101階で待っていたのは老人。小田爺とは全く異なる容姿であったことは救いだが、杖を突き、腰は曲がり、蓄えた顎髭は真っ白だった。いわゆる第二形態という奴か。大魔王が真の姿を現した。しかしながらとても戦えるとは思えない。先程までの黒騎士とのギャップにいささか戸惑ってしまった。他の3人も構えてはいるが、仕掛けられない。嫌な空気。誰も動かず、喋らず、視線を外さず、気を抜けず。然(そ)う斯(こ)うしている内に動いたのは魔王。持っていた杖でコツンと地面を叩いた。戦闘の再開を告げる小さな区切り。

 唐突に体が重くなった。仕種から見て他の3人も同様。重力魔法だ。効果は素早さの低下と、体力が最大値の4分の1削られる。続けて魔王の杖の先がこちらを向いた。今度は黒い風が俺達を急襲、4人ともに後方へ吹き飛ばされてしまった。情けないことに、この2発だけでヒットポイントがそこそこピンチなのである。

「このクソ爺、ぶん殴ってやる!」

「待ってクォーダ!回復が先。それとスピードを戻すから。まだ体が重いでしょう。」

怒りに身を任せて駆け出そうとしたクォーダを蓑口さんが制止した。なんだかんだ、クォーダって人の話をちゃんと訊くというか、物分かりがいいよな。それだけ運び屋と蓑口さんのことを信用しているのだろう。

「俺も手伝います。」

俺と蓑口さんで全体回復魔法を唱え、ヒットポイントを全回復。蓑口さんの重力魔法で体の重さも取れた。魔王の戦闘能力が格段に上昇した、過剰なまでに。黒騎士とは中身まで別人だ。戦い方がまるで異なる。動揺が走った。少なくとも俺は頭が働かなかった。何をすべきか考えられなかった。それを瞬時に食い止めたのが運び屋だった。

「蓑口さんと如月さんが回復、クォーダは攻撃。俺も攻撃中心で行きますが、状況を見て攻守を判断します。それと蓑口さん、隙を見て幻獣を召喚してもらえると助かります。くれぐれも無理のない範囲で。」

「了解。でも多少は無理するからね。」

「はいはい。ほどほどで・・・・・・それとクォーダ。武器の耐久値には気を配っていて下さい。1でも残っていれば修復できますが、ゼロになったらお釈迦ですからね。」

「ああ、分かっている。」

「如月さん、蓑口さんにマジックポイントを分けて頂けますか、可能であれば500ほど。」

「分かりました。」

風が変わった。運び屋が変えた。反撃開始だ。前衛で運び屋とクォーダが並んで剣を構える。そういえば2人が共闘するのを初めて見る。実は楽しみな半面、不安だったりもする。

「大丈夫なんですかね、あの2人。息が合うのかどうか―」

といいつつ、蓑口さんの左手を両手で握った。ふっくらと柔らかくて、ちょっとひんやりしていて、容易に包み込める小ささだった。誤解なきよう断っておくが、マジックポイントを分けているだけだ。

「私が加わる以前、2人が何て呼ばれていたか知っていますか?」

「え?いや、訊いたことありません。どんな異名だったんですか?」

「神殺し。」

 運び屋とクォーダが標的に向かって突進、無数の剣撃を繰り出した。俺には速過ぎてはっきりとは見えなかったのだが、クォーダはその場で、運び屋は細かく移動を繰り返しながら攻撃しているようだった。ラスボス、魔王とはいえ、防ぐ術はないはずだった。剣が届けば大ダメージは必須だった。けれども剣は届かない。薄っぺらなバリアに全ての斬撃が弾かれてしまった。

 雨のような攻撃がすっと凪ぎ、2人が同時に距離を取る。デカいのを打つ気だ。息ピッタリ、2人同時に遠距離攻撃の特技を発動した。さすがにこれは防げまい。バリアを破壊して魔王に届く。もしかしたら勝負が決まる、致命傷を与えられるかもしれない。そこまでいかずとも状況が好転する。そう思った俺を嘲笑い、運び屋とクォーダを小馬鹿にするように、魔王が姿を消した。無論、攻撃が当たる前に。終着駅を失った神殺しの攻撃は奥の壁を毀してなお突き進んでいった。問題は魔王の転送先。奴はどこだ!?どこに消えた。

 「上だー!上にいるぞー!!」

声の限りに叫んだ俺の声に狙われている2人が天井を見上げた。魔王はどんな表情で空から勇者と戦士を見下ろしていたのだろうか。仰ぐ彼等の目には老人の姿がどのように映ったろうか。さぞかし小憎たらしく浮いていたに違いない。その老人がそっと杖を離した。ゆっくりと落ちていく杖。誰もいない床にちょんと突き刺さる。刹那、広範囲に渡って火柱が立ち上った。一瞬のことだった。え・・・と思った時にはすでに炎が勇者と戦士を飲み込んでしまった。声も出せず、茫然と火柱を見上げながら力の差を痛感していた―あの2人で通用しないのならば打つ手なしだ―のは俺だけだったらしい。


 「クソがっ。あのクソバリアは俺の特技でぶっ壊してやらぁ。いい気になるなよ、くそ爺が!」

「ほらほらクォーダ、言葉遣いに気を付けて下さい・・・って、壊せるのなら最初から破壊して頂けると有り難いんですけれど・・・」

「バリアに負けたみたいで気に食わん。」

「そんなことないと思いますけれど。」

俺と蓑口さんの後ろから運び屋とクォーダの能天気な会話が聞こえてきた。

「2人共、大丈夫なの?」

「問題ありません。転送は魔王様の専売特許というわけではありませんからね。それに仕事柄、俺も瞬間移動は得意なんですよ。ね、如月さん。」

「1度うちの店の屋根に突っ込んだことがありますけれどね。」

「あちゃ~、覚えてましたか。」

2人共に無傷で帰ってきた。そしてそのまま歩いて魔王に向かって行った。


 運び屋とクォーダが再度仕掛ける前に動いたのは、蓑口さんだった。幻獣の召喚。蓑口さんのすぐ横にいた俺は数歩離れ、歩き始めていた運び屋とクォーダは立ち止まり、振り返った。気になるし、ちょっとビビっている。果たして再びエメラルドドラゴンが呼び出されるのか、それともさらにデカい奴か。息を呑んで様子を窺った。要請があれば俺の残りのマジックポイントも振り分けようと思っていたが、現状で間に合うみたいだ。

 パチンと指を鳴らす蓑口さん。随分と軽い挙動だな、と感じるより早く「ミュー!」と元気に鳴きながら現れた召喚獣。それを目視するまで数秒かかった。周辺を探しても何もいない。空ではなく地でもない。現れた場所は蓑口さんの肩の上。ちょっと大きな白いハムスターみたいな動物がちょこんと座っていた。飼い主がおでこ辺りをちょんちょんと撫でている。

 「クルルと言います。」

安心よりも、正直に言って拍子抜けして近付く俺に蓑口さんが召喚獣を紹介してくれた。召喚獣というよりペットだな。

「えっと・・・随分と可愛らしい召喚獣…なのかな。その・・・・・・ドラゴンと比べると迫力が減ったと言いますか、何と言えばいいか・・・」

俺の失言にも蓑口さんは笑いながら応じる。クルルの頭を撫でながら。

「失礼なお兄ちゃんですね~。うふふ・・・この子は回復専門なんです。しばらくは私達は休憩。回復関係は全てこの子に任せて大丈夫ですよ。」

「そこまで、ですか。」

「はい。」

自信を持って断言した。そして俺は知らなかった。クルルにかかるマジックポイントがエメラルドドラゴン以上であることを。

 

 それから数ターンの間は、俺と蓑口さんは戦況を見守るだけだった。自由気まま、好き勝手、やりたい放題に攻撃を行う2人。観戦していても気持ち良いくらいにテンポ好く剣撃を繰り返した。当然、魔王も反撃するのだが、幻獣クルルは蓑口さんの言う通り有能だった。最前線で戦う運び屋とクォーダがどんなダメージを受けても、またステータスに異常を来しても、即座に回復してくれた。「クルル~」何て場違いな可愛い鳴き声を発しながら、完璧な回復役をひとり(一匹?)でこなしてくれた。その間、俺は蓑口さんとマジックポイントを分け合い、持っていたマジックポーションを全て使って次に備えていた。

 7ターン目。2人の息が切れ始める。運び屋の武器が2つ、クォーダのそれが3つ、耐久値がほぼゼロになった。魔王の壁は依然壊れず、崩れず、道を譲らず。運び屋は魔法攻撃も数回試していたが、やはり効果は薄いようだった。

 「さすがの伝説人も息が切れ始めたか・・・フゥォ、フォッ、フォッ・・・強い武器ばかりに頼るからそうなるんじゃよ。武器が強ければ強いほどに強度の上がるバリア。どうじゃ、見事なもんじゃろう。攻撃力50以下の武器なれば少しは役に立つじゃろうが、主等の武器は強いの~。攻撃力は400か、500か、それ以上か。それではまだまだかかるぞい。」

嫌味ったらしい言い方だった。そりゃ運び屋でなくともカチンとくる。

「そうですか。種明かしご苦労様。お礼にお見せしますよ、俺のとっておき。」

空気が変わった。もちろん今までも手を抜いていたというわけではなかろうが、本気の全力という所までは力を出し切っていなかったのかもしれない。様子見の延長。だが、改めて構え直す運び屋の前に、でんと立ったのがクォーダだった。

 全く、空気を読まないにも程がある。ゆっくりと魔王に向かって歩いていくクォーダ。表情を変えずに待ち構える魔王に、構えたまま固まる勇者。心なしか表情が緩んだか。

「貴様の言う通り、俺達の装備品は全て最強クラス。何を隠そう、お前を倒す為に揃えたモノだ。それを見越しての特技だか魔法だとしたら大したもんだ。」

「・・・・・・・・・」

「だが、分からんもんだよな。お守りにって渡されて、情けないことにずっと持っている訳よ、こんな小さなカタナを―」

クォーダの娘さんがお守りにと父親に祈りを込めて―早く帰ってきてね―小さな小さなカタナのお守り。それがクォーダを、俺達を救ってくれた。

 クォーダがツンとバリアをつついた。すると潮煙が上がるように障壁が消失した。散々魔法や剣撃を防ぎ、俺達の前に立ち塞がった忌まわしき障害がいとも簡単に。同時に高々と飛び上がるクォーダ。

「柳ー!!」

「分かってますよ~。」

以心伝心。コンビネーションばっちりだ。こういう感情を期待に胸躍る、と言うのだろうな。次の瞬間、すぐ先の未来が楽しみで仕方ない。その攻撃だが、運び屋に派手な動きはなかった。ただ一度、剣で正面の空を薙いだ。すると魔王の周辺で無数、無限の太刀筋が繰り出された。今度はちゃんと、まともに入った。

 さらに追撃。飛び上がっていたクォーダが雄叫びと共に降ってきた。そして俺は見逃していなかった、クォーダが飛び上がっている最中に蓑口さんがひょいと魔法をかけたことを。おそらくは重力魔法。力任せに大剣を振り下ろしたクォーダ。普通に考えれば真っ二つ、というか木っ端微塵のはずだ。それでも追撃する運び屋。お次は魔法の様だ。法力を溜めている。そしてクォーダが離れたのを確認してから発動させた。

 属性は雷。運び屋から発せられた雷撃は女性の姿をしていて、すーっと浮遊しながら魔王に近付いていく。そして優しく魔王に抱き着いた瞬間、視界全てが閃光に襲われ、真っ白な世界になった。

 勇者専用の攻撃魔法。とはいえ、敵は大魔王の最終形態。一撃で決まるとは思っていなかった。いなかったが、こんなに長引くとも思っていなかった。

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