終章 サステナビリティ①

 90階クリア。俺達は最下層を目指し、最終盤の局面を迎えていた。さすがに大なり小なりへばってきた。回復用のアイテムは底をつき、武器の耐久値も最大値をキープできなくなった。それでも行進を続けられたのは地下100階が最終地点だと分かっているからだ。ただし、もう少しで目的地だということではなく、一からやり直しなんぞやってられるかということ。よくよく考えてみれば地下100階なんて設定がそもそもふざけているのだ。―なんていう冗談はひとまず置いておいて、歩を進められる理由はやはり伝説人の底が知れない強さ。戦闘能力もメンタルも。全くへこたれない。常におふざけを忘れない。決して弱音を吐かない。簡単なことではない。遊び心を忘れない、彼らの金剛不壊(こんごうふえ)の精神力が情けない元魔王を支えてくれた。そして99階に到着。

 目の前には地下100階への階段。地下99階は1フロア。宿の一部屋ほどの何もない空間だった。最終決戦を前に好きなだけ準備をどうぞ、という計らいだろうか。

「さすがに敵さんのレベルも上がってきましたね。いい感じにボロボロという所ですか。」

床に腰を下ろして運び屋が一息つく。それに倣って皆、地べたに座り込んだ。

「大したことねぇさ。あとは小田の爺だけだろう。ぶん殴って終わりさ。」

そう言うと徐に小さな箱を取り出した。パシュっと煙草に火を点け、大きく吸い込んだ。そして意外なことに、箱を運び屋にポイと投げた。結構なスピードだったが、それを澄まし顔で受け取る運び屋。

「どうも。」

運び屋も吸い始めてしまった。クォーダしか吸わないものだと思っていたから驚いてしまった。

 「ねぇねぇ、作戦立てておかない?」

蓑口さんの提案をきっかけに、思い思いバラバラに座り込んでいた4人が小さな円を作った。最初に口を開いたのは運び屋。

「如月さん、小田爺がどんな攻撃を仕掛けてくるか、分かりますか?」

魔王になりたての時のトレーニングを思い出す。基本的にボコボコにされた記憶を。

「攻撃は魔法が主体でした。俺の特技習得の時は1対1だったので絶対ではありませんが、おそらくは全体魔法。稀に直接攻撃もありましたが、こちらの方の威力はそれほどでもなかったはずです。」

「ほぅ・・・小田の爺、武器は何を使うんだ?」

「短剣でした。」

「なんでぇ、ダガーかよ。つまらねぇな・・・」

「あと、補助魔法も豊富でした。防御力アップ、スピードアップや、魔法効果消滅…とりあえず何でもできるんじゃないですかね。」

ラストバトルを前に、懐かしさが込み上げてしまった。

「で、柳。俺達はどうするんだ。ひたすらにボコボコにするってことでいいのか?」

それは作戦とは言わない。

「基本的には。」

いいんかい。

「ただ相手は小田爺。ラスボスですからね、無茶苦茶に攻撃を繰り返すだけでは手痛い反撃を貰ってしまうでしょう。そこで私に考えがあります。」

「言ってみ。」

「幻獣と共闘します。」

「理由は?」

「早めに決着をつける為です。可能な限り我々の余力を残しながら、というのが理想ではあるのですが、要は出し惜しみせずに初っ端から全力で、ってことですね。」

「いいわ、最初のターンで召喚するわね。」

「了解しました。」

「まぁ、いいだろう。速攻で潰せってことだろう。」

「はい。」

運び屋はどうしてこんな確認をしたのだろうか。毎度あまりに気楽な戦いを展開するものだから、気を引き締めてということか。それとも本当に、運び屋なりの狙いがあるのだろうか。


 暗がりの中、階段を下っていく。自分の心の中を正直に吐露できるということは、きっと心の整理がそれなりについていて、言い換えれば覚悟ができているということなのだろう。俺が運び屋に質問して、勝手に己の未熟さを思い知ったのだから何ともまぬけな話だが。

 「小田爺と戦うことにためらいはありませんか?」

「ありますね~。一緒に旅をしたというわけではありませんが、世話にはなっていますからね。一応は覚悟は決めているつもりです。ためらいなく止めを指しますよ。ま、小田爺の顔を見たらまた分かりませんけれどね。如月さんはどうです?しばらくは一緒に過ごしていましたもんね。対面したら情が出ちゃうんじゃないですか?」

運び屋としては気楽に放ったつもりだとは思うのだが、俺には重くのしかかった。

「そんなことないですよ。小田爺を倒す為に僕はここにいるのですから。」

話し合いでどうにかならないか、と。説得できる方法はないかと。どうすれば、何といえば、何をすれば小田爺が折れてくれるだろうかと考えていた。ずっと前から。アイテムの錬金を覚えた頃からずっとだ。


 幸か不幸か、扉を開けた先に俺達の知っている小田爺の姿はなかった。玉座についていたのは漆黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士。小田爺の真の姿か。有り難い、戦いやすい。

 「やはり辿り着いたのは伝説人か。先代の魔王も加わって、なかなか豪華絢爛なパーティーではないか。中ボスクラスでは手に負えないのも無理ないか。」

さらには声まで若くなっている上、妙にエコーまでかかっている。助かる、全くの別人だ。目の前にいるのは紛れもなくラスボスの大魔王だ。

「お褒め頂いて光栄ですが、かなり苦戦させられましたよ。小田爺、随分と見た目が変わりましたね。それが真の姿という所ですか。」

その質問には答えず、小田爺は全く関係のない話を始めた。どことなくイベント進行上の流れに思えた。

 「ある日、平和な世界にモンスターが現れた。人外の能力を有する魔物に、人々は為す術なく逃走の日々を余儀なくされた。一時の支配を許した。しかしほぼ同じ時期に不可思議な力を有する人間が確認される。人々は勇者としてこれを称え、生活の奪還を託した。勇者とその仲間達は魔王討伐を目指して冒険を進める。永きに渡り戦いは続いたが、魔王が倒れることも勇者の血が途絶えることもなかった。」

魔王が話しているのはこの世界の歴史、なのだろうか。

「時折、突然変異などで強さの均衡が崩れることもあったが、程無く元の形に落ち着いてきた。魔族の世界、勇者の世界、人間の世界。それを毀さんとするはモンスターでも魔王でもなく、人間。モンスターが減った所で、結局は自らの手で争いを引き起こす。それが現実。今、始まったことではない。」

よくよく聞けば魔王の声じゃない。魔王が喋り出してようやく気付いた。

 「さて・・・と。玉座に辿り着いた諸君に褒美を取らせねばなるまいて―真勇者、大賢者、凶戦士、そして覇王よ。お前達は何を望む。」

話の展開が分からない。俺達は大魔王から質問を受けているのだろうか。

 「質問に質問を返してしまった申し訳ないのですが、大魔王様。貴方の目的は何ですか。人類の滅亡ですか、それとも世界征服という奴ですか?」

運び屋が問う。

「世界征服?そんなこと、地上に出れば容易(たやす)い事。それと人間の死滅は我々の目指す所ではない。我々の目的は愚かな人間を生かすこと。人に与えられた唯一の武器が知恵。そしてその使い道を誤るのもまた人間。正しい道へと導くのが我々の役目―」

「なるほど・・・分かりました。」

物分かりのいい勇者だ。そして今度は質問に答え始める。

「目的とかそういうことを皆であまり話したことがないので、あくまで個人的な、ということになりますが―私も魔王様と同じです。人類繁栄、世界平和。どうです、勇者として立派な答えでしょう。」

「クックック・・・笑わせるな。絶えず戦を繰り返し、何も学習しない人間を生かしておいて何が平和だ。平和を欲するのなら人間を減らせ。」

「私の持論なんですけどね、戦争も平和の内なんです。ほら、戦争で回るルナもあるでしょう。」

運び屋が訳の分からぬことを言い始めた。それは大体ワルイ奴が言うセリフだぞ。

「人殺しの為に使うルナで何が平和だ。」

魔王が正論。

「武器は必要なんです。でもそれは人殺しの為ではない。人々の暮らしを平和にする為の手段、それこそが道具なんです。」

「強きが弱きを支配する。それが戦争であって、武器がそれを助長する。戦争の被害を甚大なものにする。子供でも分かる論理だとは思わんか。」

「強さは必要ですよ、絶対にね。そして武器も同様。ついでに言えばルナもね。強者が武器とルナを使って、弱者を自衛できる段階まで導く。私の目的はこんな感じですかね。そしてこれを実現可能なのは人間だけ。魔王やモンスターにはできません。」

開戦したのは口論。勇者対魔王の戦いに割って入ったのは蓑口さんだった。

「熱弁中ゴメンね。私の目的もいいかしら。私はね、世界各地に宿屋を作って、旅行をしやすくすること。」

!?今度は何だっ?

「観光の目玉があっても、宿泊施設がないという理由で人が集まらない。そんな悩みもあるのよ、大魔王さん。」

さらにクォーダが溜め息混じりに続いた。

「俺のは家内安全でいいか?難しいこたぁ、よく分からん。」

そうだ、クォーダは家族を守る為、二度と娘を傷つけさせない為に強さを求めていたのだった。

                 【サステナビリティ① 終】

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