閉店④

 地下30階以降も、しばらくの間は余裕をもって降りることができた。容易に敵を遇(あしら)いながら宝箱を回収。適度に休憩を挟みながら順調に階層を下っていた。時間的にも肉体的にも余裕があると、ふと余計なことを考えてしまう。俺達が負けるとしたらどんな状況だろうか。はっきり言って死角などないだろう。フラグ立とかは抜きにして、心からそう信じている。ただ、避けるべき状況、陥ってはいけないシチュエーションを想定しておくことは必要かと思う。

 細心の注意を払うべきはマジックポイント。俺達に限ったことではなく、全ての冒険者に該当するのだが、MPの回復手段が乏しいこの世界では、注意を払いすぎるということはない。ただ伝説人に限って言えば、本当に注意が必要なのは蓑口さんだけ。MP値を優先すべきは蓑口さん。後の2人はMP切れでもどうにかなる。クォーダは元々ゼロだし、運び屋も専用魔法は唱えられなくなるが、特技で十分。って言うか、運び屋が魔法を使っている所はほとんど見たことがない。加えて俺は自分のMPを仲間に譲渡する特技を持っているので、対処の方法はある。

 そうすると、さらに怖いのは武器の喪失ということになる。耐久値の減少。マジックポイントとは反対に、武器を失うことが許されないのは運び屋とクォーダ。魔導士系の蓑口さんと俺が素手になるのとは話が違う。商売道具が無くなれば通常攻撃力が大幅に低下するだけでなく、特技の使用が不可となる。そうなってしまっては、地上ならばまだしも、ラストダンジョンでは勇者も戦士も使い物にならない。そりゃ、運び屋も予備の武器を持っているし、クォーダに関してはそれが3つも4つもある。もちろん精霊の粉もある。緊急時の対応を取ることはできるはずなのだが、思い出したくない光景が思考を牛耳る。闘技会のゴーレム戦、クォーダの武器は一発でお釈迦にされていた。あれでは手の施しようがない。攻撃を魔法主体に切り替え、前衛には大人しくしてもらおう。

 それと、忘れてはならない俺が見た只一度の敗北。伝説人が息を切らせて退却した、いつぞやの敗走。それとなく話を訊いたら、運び屋が苦笑いしながら話してくれた。どうやら特技を封じられたらしい。数ターンの間、特技を封じる特技。確かに厄介極まりない特技で、そいつを喰らってしまっては伝説人といえども防戦一方にならざるをえない。ちなみにあの日、運び屋達は冗談半分、わざと大袈裟に息を切らせながら逃走していたらしい。いつも通りちょっとふざけながら戦っていたら、その時の魔王が想定以上の法力を持っていて(政樹である)、警戒する間もなく特技を封じられてしまったのとのこと。運び屋の強がりかもしれないし、俺自身が1番焦っていたから大ピンチに映ったのかもしれない。クォーダなんか「こりゃ、やべ~な」と満面の笑みで宣(のたま)っていたらしい。こやつらには任せておけない。特技封じの対処法は俺が考えておかねばなるまい。


 地下60階までの道中、目新しい武器はほとんど手に入らなかった。現状の装備の方が格上で、予備として持っておくか、程度の収穫しかなかった。各フロアごとに隅々まで歩き回ったのでほとんどの宝箱は回収したはずだし、戦闘も回避せず向かってくるモンスターは全て倒した。しかしドロップアイテムもこれぞ、というものはなかった。そうそう、地下30階以降のバトルに関してだが、伝説人強し。この一言で片付いてしまう。やはりラスト30階が勝負ということになりそうだ。その前に、地下60階の道具屋だ。

 店員と戦う前に品揃えを確かめる。精霊の粉とマジックポーションは当然押さえておいて、驚かされたのは武器の品揃え。現状の装備を超えるモノ、リザーバーの入れ替えを探す、ゆっくりと歩き回りながら自分のお目当ての場所へ。小田爺の狙いは不明だが、やはり品数が百もあると心が躍る。いわゆる大型店舗。心のどこかで夢見ていたんだ。

 「如月さん、如月さん。この杖、鑑定お願いします。あとこれと、これと、これも。」

俺の特技『アイテム鑑定』。前職から活き継いだ特技で、その名の通りアイテムのデータを調べることができるのだが、何はともあれみんな楽しそうだ。蓑口さんは手当たり次第に装備可能な武器を持ってくる。魔導士系の装備武器は特殊効果が多いから、一概に攻撃力のみで甲乙を付けられないのだ。運び屋は腕組みしながら、らしくない厳しい表情で剣を手に取る。クォーダはちょっと離れた所で目に留まった武器を素振りしていた。

 俺はというと、弓を探す。あれ以降エルフの弓を装備してはいるが、やはり攻撃力はいささか物足りない。そんでもってほとんど使っていない。特技の方が効果が高いからだ、圧倒的に。だから是が非でも強力な武器が必要ということではないのだが、珍しい特殊効果のある弓はないかなと探していた。品揃え豊富な60階の万事屋、弓もしっかりと取り揃えてあった。

「すいません、お勧めの弓はどれですか?」

「1番高いのはこの2つ。どちらも13万6千ルナです。」

店員の紹介した弓は次の2つ。『龍弓(りゅうきゅう)』と『光弓(こうきゅう)』。随分とシンプルな名称である。前者が高価な理由は分かる。攻撃力がぶっ壊れたように高い。ただ光弓の方は大した攻撃力を持っているわけではない。特技に秀逸なものがあるのだろうか。2つで30万弱・・・・・・高い買い物になるので、運び屋に相談してみよう。

 じっくりと選んでいる運び屋に近付く。小遣いの前借りを頼む子供の様な心情だ。

「買いたい武器は決まったんですが、予算はいくらくらいですか。すごく高いのですが―」

俺以外の3人の武器はいくらだろうか。弓で13万ということは、下手するとクォーダの武器なんか20万ルナを超えてくるかもしれない。ルナが足りなければどちらか一つをあきらめるしかないな。とにかく、お伺いを立てないといけない金額だ。13万6千ルナ×2と、やはり回復アイテムも。万端にしておきたい。なにせ俺以外の3人は回復アイテムをほとんど持たない。全く、勇者を遊び半分でやっているのだろうか。という話は置いておいて、運び屋の返答はどうだろうか。

「予算ですか?特に決めていませんが、気に入った武器が見つかったら持ってきて下さい。みんなまとめて買っちゃいましょう。」

運び屋だって値段を確認しているはずなのに、この口調。

「その・・・金額がですね―」

「柳~、私は買い物、パスでいいや。ロッド系はそこまでじゃないみたい。今の武器で行くわ。」

「そうですか、残念ですね。まぁ、蓑口さんの武器は特殊ですから、なかなかいいものは見つからないかもしれませんね。」

「柳はいいモノあった?」

「ええ、こいつにしようかと。」

自慢気に運び屋が見せつけたのは剣ではなく、銃だった。

「『魔光銃(まこうじゅう)』という名前です。どうです、いいでしょう、格好いいでしょう。剣と銃の二刀流。一度やってみたかったんですよね~。」

「へぇ~、柳って銃も使えるんだ~、知らなかった。」

「まぁ、使ったことはないんですけれど、装備可能だったもので。銃ってトリガーを引けばいいんですよね。近接と遠距離の二刀流・・・う~ん、無敵!」

・・・・・・・・・おいおい・・・

「お~い柳。俺はこの5つだ。武器を少々入れ替えるぞ。」

「分かりました。いい武器が見つかったみたいですね。」

「どうだかな。使ってみなきゃ分からん。ダメそうなら捨てちまう。」

「あ、あの~、つかぬことをお伺いしますが、ルナの方は大丈夫なんですか?凄い金額になりそうなのですが―」

「手持ちで500万ルナはありますので多分大丈夫でしょう。最悪、下界まで戻って預かり屋から引き落としてこなくちゃなりませんが。ですので如月さんも遠慮なさらず好きなモノを持ってきて下さい。まぁ、どうせ店員ロボットと戦うのでしょうけれど、強盗はいけません。正々堂々と買い物してからやりましょう。」

言葉が出なかった。どんだけ荒稼ぎしたんだ、この人達は。闘技会で貯めまくったのだろうか。本当に、この人達といると退屈しないし、いい意味で期待を裏切られる。そしてルールは守る。大切なことじゃないか。


 小石を投げる。戦闘開始だ。30階の時とは逆で、蓑口さんは後方に下がり、前方に勇者と戦士がでんと立つ。特に勇者の方はしきりに銃をいじっている。全く、高揚感がこちらにまで伝わってきて恥ずかしい。

 「ようこそ、ラストダンジョンへ。」

戦闘の代わりに始まったのは音声メッセージだった。声の主はもちろん小田爺。

「ようこそ、勇者とその仲間の諸君。よくぞここまで辿り着いた。まずはお見事、おめでとうと言っておこうか。けれども本番はここからだ。モンスターレベルが一気に上昇する。エンカウント率もアップするし、5階毎に中ボスも待ち構えている。自信がないのであればすぐに引き返すことをお勧めする。それでもなお進むというのであれば、せいぜい全滅しないように私のいる地下100階を目指してくれたまえ。ただし、ひとつだけ忠告しておく。大魔王である私には勝てない。勇気ある者達よ、わざわざ危険を冒す必要はなかろうて。諸君の実力なれば、地上の半分を治めることも可能であるのに、もったいない。何を望む、強き者よ。」

 メッセージを終えると、ロボットはうんともすんとも言わなくなってしまった。運び屋がクルクルクルクル・・・カコンと銃を収め、

「行きましょうか。」


 地下60階の看板を下ろし、その後90階の店も閉めた。メッセージにあった通り、敵のレベルは上がったものの、引き返すという選択肢が頭をよぎる程ではなかった。地下100階が射程圏内という所まで来たのだ。

                               【閉店 終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る