距離感

★☆★☆★


ライセは、躊躇うこともなく自らの私室にあたる空間に、人間である凛を招き入れた。


そのまま近くにあった、見た目も高級そうな家具に歩み寄ると、それを慣れた手付きで開き、中にずらりと並んでいた服の一枚を取り出して、それに着替えようとする。

濡れた服を、自分の目の前で躊躇いもなく脱ぎ始めたライセに、さすがに凛の顔が赤らんだ。


「!ら、“ライセ”、ちょっと…」

「…何だ?」


ライセは凛の恥じらいの意味が分からず、不思議そうに凛に尋ね返す。


上着を脱いだライセは、当然のごとく上半身が裸で、服を着ている時は華奢に見える体つきに反して、形のいい体格と、それなりに逞しく見える、少年らしい特有の色気を有していた。


いわば、男になりかけの少年の上半身を、目の前にまともに見せられた凛は、目のやり場に困って、真っ赤になって俯いたまま視線を反らした。


皇族であるはずのライセが、皇子らしくない行動を取り、いきなり男である一端を見せつけたのも、原因のうちのひとつだった。


「…どうした、凛」


凛の様子が気になったらしいライセが、覗き込むように凛に近付いて、上目遣いに声をかける。


すると、えもいわれぬいい香りが、辺りに漂った。

その、薔薇の香りにも似た甘い匂いが、ライセ自身の匂いであると気付いた時、その相乗効果も手伝って、凛はすっかり沸騰した顔を背けるように外方を向き、口早ぎみに告げていた。


「!い…、いいから早く服を着て!」

「…? 何だお前…」


疑問を持ちつつも、ライセは凛のいう通り、手にしていた服を手早く着る。

その行動が終わった時、何となくでも気付いたのか、ライセの口元には、勝ち誇ったにも近い、意味ありげな笑みが浮かんでいた。


「…凛、お前、まさかとは思うが…

男に免疫がないのか?」

「!」


凛は、図星と虚を同時に突かれて、そのあまりの的確な指摘に声も出ない。

そんな凛の反応を見て、ライセは確信を得たかのように笑った。


「成程、その様子では筋金入りだな」

「!…う」

「ルイセのも、見たことはないのか?」

「! !? な…!?」


…何で…こうまで話が逸れて行くのだろう…


そうは思いながらも、凛はライセに、不本意ながらも自らの弱点を握られたことから、がっくりと肩を落としつつ答える。


「…る、累世のは…小さい頃にプール…、いえ、泳ぎに行った時に、水着姿を見たことがあるくらいで…」


…いくら彼の兄であっても、初対面のはずのライセに何故、こうまで馬鹿正直に答えているのか…


凛は自分が嫌になったが、それでもライセがプールという単語を理解しているかどうか分からないため、わざわざ言い直すことが出来るという心の余裕があるのが、同時にえらく悲しくもなっていた。


が、ふと我に返ると、半ば自分を奮い起たせるかのようにライセに噛みつく。


「!って、そうじゃないでしょう!

私のことはどうでもいいの! そんなことより、聞きたいのは…」

「話は聞くと言っただろう。分かっているからそう興奮するな」


ライセは凛をたしなめると、その魔力でもって、凛の服を瞬時に乾かした。

凛は後からあの場に姿を見せたが為、あまり服が濡れることはなかった…ことが幸いしたはずなのだが、凛はこの行動によって、濡れた服そのものを、ライセの魔力で乾かすことが可能であると知り…

次には、烈火のごとく怒った。


「!き、着たままで乾かせるのなら、何でさっき着替え…っ!」

「そんなことは俺の勝手だろう」

「!た、確かにそうなんだけど…」

「…、全く…」


呆れたように溜め息をついたライセは、近くにあったソファーのような形をした椅子に、凛を座るように促した。

それに僅かながらも毒気を抜かれた凛は、渋々ながらもその椅子に座る。


「それで、何が聞きたいと?」

「!…っ、分かっているでしょ? 累世は今、何処にいるの!?」


本来の目的を思い出したらしい凛が、焦燥感も露に問う。

…何も知らぬが故に、その問いには、自らの問いに対する疑いは一切見られない。


「…ルイセは今、この世界には居ない」


ライセは、知らぬうちに興奮気味になる凛に反して、冷静な態度もそのままに答えた。


「…え…!?」


意味が分からず、怪訝そうに眉をひそめた凛に、ライセはその性格を反映させたように冷めた瞳を向ける。


「あいつは今、この世界と対立している闇魔界…

その皇帝・ヴァルディアスの手に落ちている」

「どうして! …それを知っているなら、何で助けてあげないの!? ライセ…、貴方は累世のお兄さんなんでしょう!?」

「!…」


17年もの間、まるで知ることもなかった兄という名の立場を、こうも強く知らされた上、更にそれに高じてあからさまに非難されて、ライセは術もなく、凛の視線を振り切る。


「累世は絶対、兄である貴方が来てくれるのを待っているわ! …だからライセ、お願いよ…累世を助けてあげて!」

「そうも簡単に──感傷的に物を言うな」


…何も知らないが故に出る凛の言葉が、あの時…何も出来なかった自分を責め、咎めているように聞こえて。


ライセはきつく唇を噛みしめた。


やり場のない感情を心の中に留めたまま、目を斜めに伏せ、凛に聞こえないように、低く…切なく呟く。




「お前は、あの変わり果てたルイセを見ていないから…

だからそんなことが…言えるんだ…」



 

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