疑問と察知

将臣たちが事を起こす、その少し前…

カミュは、いわゆる自室のような空間で、静かに目覚めていた。


その表情には、昨日まで唯香に見せていた悲痛な様は、影もなかった。

そのまま、ふと気付いたように身体を起こす。

…その時。


「…、何だ…?」


カミュは、ほんの僅かではあるが、自分の体に異変があることに気付いた。

今の今まで体を横たえていたというのに、全くといっていいほど疲れが取れていないのだ。

…何故か、体中の筋が張ったようになり、ただ、ひどく気だるかった。


「…何だ、このだるさは… 血の摂取量が足りていないのか…?」


人間からすれば畏怖とも言えるそれを、事も無げに呟いたカミュは、意識して自らの体に力を入れると、立ち上がった。

その反動で、それまで忘れていたはずの、酷い頭痛の名残が甦り、カミュは瞬時、きつくこめかみを押さえた。


「!くっ…」


合図のようなこの頭痛によって、カミュは瞬間、もうひとりの自分の存在を思い出した。

それと同時に、あの激しい頭痛から今までの記憶が、一切ないことにも気付く。


幾ら横たわっていたとはいえ、この辻褄の合わなさはおかしい。

そして全ては、もうひとりの自分が現れた、例のあの頭痛から始まっている…!


それを強く思い起こしたカミュは、近くにあった、丈は低めだが作りのしっかりしている家具に、感情のままに拳を叩きつけた。

それが鈍い音を立てて崩れ、上からその残骸を当然のように踏みにじっても、カミュの気持ちは晴れることはなかった。

…こんなものでは、憂さ晴らしにすらならなかったのだ。


「…忌々しい…! 俺がルファイアとの戦いで、あのような過ちさえ犯さなければ、こんな厄介なことにはならなかったはずだ…!」


言葉通り不愉快そうに呟きながら、カミュはその視線を尖らせた。

…しかし今は何よりも、現時点で空白となり、抜け落ちている、例の記憶がどのようなものであったのか…

それが気にかかる。


「…父上に、お訊ねするしかないだろうな」


そう、恐らくこの一連の動向を知っているのは、何事をも見通している、自分の父親だけだろう。

場合によっては、あの父親のことだ…、もうひとりの自分に対する、何らかの情報も聞けるかも知れない。


そう判断したカミュは、すぐにその空間から飛び出すと、足早に父親の元へと向かった。


…その父親でもあるサヴァイスは、玉座に深く腰を落ちつけたまま、窓の外に浮かぶ月を、静かに眺めていた。



──もう何千年、この月を見続けているか分からない。

冷たくも鋭く光ったり、時には鈍い光を淡く湛えている様は、どこか人間の感情を彷彿とさせる。



そんな自分らしからぬ考えに、サヴァイスが僅かに自嘲し、目を伏せた時…

ゆるゆると、目の前の入り口にあたる空間が歪み、そこからカミュが姿を見せた。

サヴァイスは、それでもさして驚きもせず、伏せていた美しい紫の瞳を、自らの息子へと向けた。


「逸っているようだな。…何用だ、カミュ」

「…父上、度々ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。しかし、どうしてもお聞きしたいことが…」

「…、もうひとりのお前自身のことか?」


…サヴァイスは、まるでカミュの心を読んだかのように、的確に問うてきた。

それに対してカミュは、はっきりと頷く。


「その通りです」

「…お前は随分と、奴を疎んじているようだな」


何かを知っているような父親の口振りに、自然、カミュの口調が荒くなった。


「…これは仮定でしかありませんが…、父上は、奴と話したことがおありなのですか!?

!もしや、昨日の夕刻からの、俺の記憶がまるでないのは…」

「なかなかに鋭いな。そう、我が奴にその身体を貸し与えたのだ。

…息子である、お前の体をな」

「!…何故、そのようなことを…」


カミュは、はっきりとした嫌悪感を示し、父親に詰め寄った。


「父上、お答え下さい! 何故、あのような者に俺の身体を貸したのですか!?」

「お前らしからぬ愚問だな。…カミュ、分からぬか? 例えお前がどのように否定しようと、あれは…紛れもないお前自身だ」

「しかし!」

「…もうひとりの自分が画策しているであろう動向…、お前には興味がないか?」

「!」


カミュは、父親とのやりとりから、この件には父親が絡んでいることを窺い知ることができた。

だが、もうひとりの自分が興し興そうとした行動の意味など…

知る由もないし、分かりたくもない。


自分は二人もいらない。

否、二人も存在するわけにはいかないのだ。


「…父上、奴はほんの一時のみ、俺の身体を使うことを許された、ただの木偶人形に過ぎません。

…いずれ朽ち、壊れ失せるであろう無価値な人形ごときに、父上がそこまで肩入れする必要はないかと思われますが」

「…お前は奴を…、己自身を、そのように認識しているか…」


サヴァイスが、不意に口元に狡猾な笑みを浮かべた。それに、息子であるはずのカミュは、些かながらも目を見張る。

カミュからしてみれば、そのような、画策を表立って露にした父親の様子は、今まで一度たりとも見たことがなかったからだ。


…何を考えているのか、読めないだけに不気味であるし、空恐ろしい。


カミュが思わず、実の父親を相手に警戒を強めると、一方でその感覚が、別な何かに反応した。


「…!?」


瞬間、カミュは愚行だと知りながらも、自らの判断力を疑った。


…気配として感じられたのは、3つ。

そのうちのひとつは、小さいながらも、自分の持つそれに酷似している。ということは、それは間違いなく妹・マリィなのだろう。

…だが逆にいえば、そのひとつがマリィだとすれば、その連れは…こちらも凡そ例外はない。


「──レイヴァンの血を引く者たちか」


その端整な顔を、更に引き立たせるような緊張感を走らせながら、カミュが呟いた。


「命知らずが向こうから出向いて来たか…

こちらの手間が省けるのはいいが、再びあのような奴らと関わることになろうとはな…!」


その声に恐ろしい程の憎しみを込めて、カミュは冷たく言い放った。

無意識のうちに、その苛立ちに乗じた魔力が、静電気のごとくカミュの周りで、細かく爆ぜる。


「…だが、考えようによっては丁度いい…

これで全てを終わりにしてやる…!」


何の迷いも、一切の戸惑いすらもなく、カミュは父親であるサヴァイスを静かに一瞥した。

そんなカミュの考えを、一瞬にして察したサヴァイスは、先程までの笑みをひそめると、軽く頷いた。

それを合図にするかのように、カミュの姿がその場から消える。


…後に残ったサヴァイスは、カミュの反応のひとつひとつを目のあたりにして、確信していた。



「…“レイヴァンの血を引く者”…

成程、あの時の幼子か。

…ならば、カミュ…、お前が知り得る事実とは、ただひとかけらの真実のみだ…!」

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