基本的情報から実践者たちの「いま」まで、リーディング・ワークショップの魅力を伝える決定版。プロジェクト・ワークショップ『改訂版 読書家の時間』

西村洋平

基本的情報から実践者たちの「いま」まで、リーディング・ワークショップの魅力を伝える決定版。プロジェクト・ワークショップ『改訂版 読書家の時間』

「基本+α」の実践的入門書

本書は「読書家の時間」(リーディング・ワークショップ)の、おそらく最良の入門書・実践書である。第一に、「入門書」として必要な情報をほぼ網羅している。たとえば、最初の導入で何をすれば良いかが低学年・高学年別に書かれてある。それから、ソフト・ハード面での教室環境の整備、ミニ・レッスン、カンファランス、共有の時間にやるべきこと、評価….などなど、「読書家の時間」をこれからやってみたい人が気になる基本的情報がまとまっている。これは、旧版の頃から引き継がれた特徴だ。


それに加えて、今回の改訂版では、実践を重ねてきた著者たちならではの新しい挑戦が各所にあるのが面白い。たとえば、旧版の時は一教師だった広木さんは、今やなんと校長に。かつて担任時代にやっていた「ヒロキ図書館」を校長室で再現しようとする。都丸さんは、自分の教室だけでなく学校全体に読書文化を広げようとする。コロナ禍の中で新しい中学校に赴任した佐藤さんは、GIGAスクール対応もしながら「作家の時間」「読書家の時間」のワークショップを根付かせようとする…。こうした、現在進行形に近い形で描かれる挑戦が、著者たちもまた生身の実践者であり、「今」を紡いでいることを実感させる。著者や子どもの活き活きした姿が、この本の中に現れているのだ。読書家の時間の「基本情報」を知っている読み手にとっても、この本は読む価値のある実践本となっている。個人的には、すでに実践を知っていた著者たちなので、彼らの現在の挑戦を知って嬉しくもあり、身が引き締まる思いもした。彼らは2014年の「読書家の時間」からここまで進んでいるのに、自分はちゃんと前に進めているのかな、と。


個人的にやってみたいのは…

そういうわけで、読書家の時間を風越学園で実践している僕にとっても、付箋を貼るところが多い読書だった。こういう優れた実践書は、自分の実践を見る時の鏡になる。「いいな」「これは自分はできていないな」と思ったアイディアを、自分の備忘録として箇条書きしておこう。


①お互いの読書ノートにコメントし合う(p13)

僕はつい読者の権利10か条の「黙っている権利」を尊重したくなり、読書ノートのシェアには消極的になってしまう。でも、同年代の子同士のおすすめの威力を思うと、このように「ノートも公開前提」でも良いのかな、と最近は思いつつある。一度、やってみたい。


②ペア読書(p18, p127)

実は僕はペア読書は実践したことがない。この二学期にやるつもりなんだけど、本を通して具体的な誰かと深く繋がる機会を作っていきたい。


③保護者との関わりを増やす(p46)

読書家の時間にも保護者に来てもらうとか、保護者会でブッククラブをやってみるとか。今、校内で本を通した異学年の関わりを作ろうとしているけど、家庭との関わりも本を通して作れたらいいなあ。「大人のブッククラブ」、声をかけてみようかな….。


④読んだ本のフォルダー(頑張りフォルダー)(p124)

すぐにでも真似できそうなものの筆頭がこれ。クリアフォルダーに、読んだ本の表紙やお薦め本のカラーコピーを入れて教室の壁に掲示するというもの。いまは子どものお薦め本を読書ノートに書いたものをコピーして冊子にしてるのだけど、いざやるとけっこう手間がかかるので、こっちを定期的にやると良さそう。見栄えも良さそうだし。


⑤オンライン・ブッククラブ(p199)

中学校の佐藤さんのgoogleスプレッドシート上でのオンライン・ブッククラブの試みも面白かった。まず、一人の生徒が本の一部分を引用して、それについてのコメントをつける。すると、他の生徒がそのコメントにコメントをつける…という形で、横に意見が広がっていく形式のブッククラブだ。「とにかく楽しい」「またやりたい」との声が続出した実践だったようで、引用の練習にもなるし、俄然興味が湧いた。そして、ここで紹介されてる絵本『かないくん』もとても好きな絵本なんだよね…。


こうやってみると、やっていないこと、やってみたいことがまだまだあるなあ! 「読書家の時間ならやっているよ」という人も、この本を読むと僕のようにいろいろなアイディアをもらえると思う。とても質の高い工夫が書かれている実践書である。


個人的白眉は「はじめに」と「終わりに」


そして、この本の個人的白眉は、中心的編集者である冨田明広さんが書いた「はじめに」と「終わりに」である。冨田さんは『社会科ワークショップ』の著者でもあり、僕とは同世代ということもあってたまにzoomでやり取りをする、尊敬している勉強仲間の一人である。


今は特別支援級を担当して3年目の冨田さんは、「価値の多元性を保証する場」としてのワークショップの価値を唱えており、僕も彼と何度かやり取りをする中で蒙を啓かされているところだ(下記エントリ参照)。


その冨田さんが、「はじめに」で、「主体性」を失いつつある学校現場が子どもの主体性を育てようとしている(させられている?)現状への批判的認識を表明し、教師自身が主体性を持って子どもの主体性を育てるためのチャレンジとして、「ワークショップ」を位置付けている。同時に、「おわりに」では、ワークショップだからこそ、「それぞれの子どもの好きなものやこれまでの経験が、書いた作品を通して、あるいは読んでいる本を通して、ガラスのごとく透き通って見えて」きて、子どものありのままの魅力を認められるのだ、というワークショップの魅力が語られる(p216)。


こういう、「作家の時間」や「読書家の時間」を超えて「ワークショップ」の魅力を真っ直ぐに語れるのが冨田さんならではの凄みで、社会科ワークショップを実践・執筆された経験がここにも活きているのだろう。どうしても興味が「国語科」に限定される自分としては、冨田さんのような優れた実践家の言葉から教えられることはとても多い。この「はじめに」と「おわりに」は、何度でも味わいたい箇所である。旧版を読んでいない方はもちろん、すでに読んだ方も、ここだけでも手に取ってみてほしい。


オンライン版「教師の変容」もお薦め


なお、改訂版の刊行にともない、旧版の一部が「オンライン章」として執筆者の冨田さんのウェブサイトで公開されている。「旧版第6章:ガイド読み」、「旧版第9章:年間計画」、「旧版第10章:教師の変容」である。特に、「第10章:教師の変容」は、旧版の中でも白眉だった。今回は中学校教師である佐藤さんの歩みが掲載されたためにオンライン章になったが、「読書家の時間」に興味がある人は、このオンライン第10章から読むのをお薦めする。これを読んで心が揺れた人は、そのまま『改訂版 読書家の時間』を購入しよう。中学生向けのお薦め本リストもあるので、中学校教員の方はそちらも参考になるだろう。


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