第46話 巨腕vs巨蛇

「もしかしてファッシュが帰ってこないのはあの蛇のせいか?」

『ファッシュ、食べらレたカ?』

「それはわからないけど、もし魚神ぎょしんともどもあの化け物に食べられていたら、もう結界を回復させるとかって話じゃ無くなるぞ」


 とにかくあの魔物をなんとかして海底神殿の中に行くしか無い。

 ここまで来る間に雑魚相手とはいえ何度か水中戦を経験できたのはありがたかった。

 そうで無ければ間違えて火魔法ブレシングティンダーを使って水蒸気爆発を起こさせてしまっていたかも知れない。


「地上だと強そうな魔物は火魔法ブレシングティンダー使えば一発だからつい使いたくなるんだよなぁ」

『ゴシュジン、あイつ丸焼きにスるのか?』

「それが出来ないから困ってるんだよ」

『じゃあ氷漬ケカ?』

「それもあの状況じゃ海底神殿も巻き込んでしまうだろ? それに氷漬けにすると肉が美味しくなくなるんだよなぁ」


 一度氷魔法ブレシングフリーズで凍らせてしまうと身の中の水分が凍って、よほど上手く解凍しないと不味くなってしまうのだ。

 俺の見立てだとあの蛇は蒲焼きにすると絶対に美味い。

 出来れば心臓なりを一撃で貫いて、倒したら即収納魔道具マジックバッグしたいところだ。

 

「と言ってもあの巨体の何処が心臓なのかわからないし。となると頭を潰すしかないな」

『デもゴシュジン。あノ蛇、頭無いゾ』


 シショウの言う通り、見る限り海底神殿をぐるぐる巻きにしている体の何処にも頭らしき箇所は見当たらない。

 神殿の屋根の上で揺らめいているのが巨大ウミヘビの尻尾だとすると、もしかして頭は海底神殿の中に突っ込んでいるのだろうか。

 そして中の者たちを……。


「それなら力尽くで引っぺがす」


 少し怖い考えになってしまった俺は、あえて明るい声でシショウにそう告げると水魔法ブレシングウォーターで水流を起こし海底神殿に近づいていく。

 ただ水球の中にいる状態で蛇の体を引っ張るのは難しい。


「念のため俺とシショウの体に物理防御フィジカルシールドを掛けてっと」


 体に魔法による防御を纏った俺は、次に海底に向けて両手を向けると「土魔法ブレシングアース」と唱えた。

 すると海底の砂や岩が次々と俺の下に集まり出し――


『オおっ! でっかイ腕ニなっタゾゴシュジン!』


 海底から山のように盛り上がった二本の棒……いや、それは巨大な二本の腕であった。

 俺は自らの両手を握ったり開いたりする。


『動いタゾ、ゴシュジンと同じダ』

「凄いだろ。俺の手の動きと連動して動く巨大な腕を作って見たんだ。初めてだったけど上手くいったな」


 俺は数度巨大な腕を動かし、指の動きを確認する。

 その度に周囲にかなり強い海流が起こり、近くを泳いでいた魚や魔獣たちが慌てて逃げ去って行く。


「よし、じゃあ行くぞ!」


 動作確認を兼ねた準備運動が終わった俺は慎重に海底神殿に巻き付いている巨大ウミヘビの体に巨大な手を近づけていく。

 そしてその尻尾らしき部分を掴んだ。


「よしっ、このままゆっくりと引っ張るぞ」

『フレーフレー、ゴッシュジン!』


 シショウの気の抜けそうな応援を背に俺は慎重に力を込める。

 ゆっくりと海底神殿に巻き付いた巨体を解くように巨大な腕を動かす作業は思ったより手間がかかった。

 それでもだんだんと海底神殿の当て物が半分くらい見えた所で、突然巨大ウミヘビが動き出した。 


「うわっ」

『ギャンッ』


 握っていた手からするりとすり抜けた尻尾が俺たちを襲う。

 周りを取り囲んでいた風魔法ブレシングウィンドの泡が吹き飛ぶ。

 そして泡の中にいた俺とシショウははじかれた勢いのまま海底に突っ込んだ。


「げぼっ」

『がばばばば』


 事前に物理防御フィジカルシールドを掛けていたおかげで身体的なダメージは皆無だ。

 だが空気の泡から水中へ放り出された俺たちは水中では息が出来ない。

 そして海底に叩きつけられたせいで辺りには海底に溜まっていた泥が舞い散り視界もほとんど無くなってしまっている。


「ガボガゲ」

『ガガゲボガ』


 急がないと二人とも溺れてしまう。

 俺は慌てて収納魔道具マジックバッグから『空気』を取り出し、風魔法ブレシングウィンドでもう一度空気の泡を造り出した。


「げほっ、げほっ。大丈夫かシショウ」

『ガフッ。口の中、しょッぱイけド大丈夫ゾ』


 俺もシショウも少しだけ海水を飲んでしまったが問題は無い。

 収納魔道具マジックバッグから取り出した水で口の中を濯いだ後、俺は泥が沈殿して行くおかげで開けてきた視界の先に揺れる巨体に目を凝らす。


「シショウ。どうやら作戦は成功したっぽいぞ」


 舞い上がった泥の向こう。

 そこで揺れているのは先ほどまで俺が掴んでいた尻尾――では無く。


『ビギャアアアアアアアアアアア』


 大きく開いた口から、海中に轟きそうな咆吼を上げる巨大ウミヘビの瞳が俺たちを睨んでいたのだった。


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