第44話 ユーリスの決意
「遅いな」
『ゴシュジン、お腹空いたゾ』
俺はシショウと二人、海を眺めながら砂浜に座り込んでいた。
その砂浜では町の人たちや猫族が慌ただしく走り回っているが、俺はずっと海を見続けていた。
何の準備か。
それは町中の人が自分の知る限りの様々な魚料理を作るための準備である。
この町や近隣を海の強力な魔物から守ってくれる結界。
それを維持してくれている
おかげで強力な魔物を近づけない様にしていた結界が弱り、近いうちに消えてしまうという。
馬鹿げた話だが、
数百年前にしばらくの間この漁港にやって来たという
だが、町の人たちは今でも町の近くにある岬の社に定期的にお供え物をして、
「やるしかあるまい」
「そうだな」
「そこまで俺たちの料理が好きだって言われたら、一肌脱ぐのが海の男ってもんよ」
「お前、料理出来ねぇだろうがよ」
「うっせぇ、うちの嫁さんの料理は最高だろ」
「あんたたち、まだちゃんと決まったわけじゃないんだから静かにしな」
「でもよぅアネゴ」
「まだファッシュに聞くことがあるって言ってんだよ。――それで、
盛り上がるシーハンターたちを一度落ち着かせたニャーニョは、器用にお茶をすするファッシュに問いかけた。
その落ち着いた様子からするとそれほど切羽詰まっているようには見えないが、なんせ魚人の顔というのは表情が全くわからない。
「えっとねぇ……あと六日くらいは魔力は持つんじゃない?」
「六日!!」
「多分だけどね。海底神殿の奥で倒れてたから誰も倒れてるって気が付かなくてさ」
見つかるまで十日以上も姿を見せなかったから、仕事が詰まっちゃってて仕方なく見に行ったんだと笑うファッシュ。
自分たちの主人とも言える
もしニャーニョが倒れて一日でも音信不通なら、彼らはすぐに大騒ぎをし出すだろう。
魚人と地上の人族とは精神構造も何もかも違うのだなとこの時はっきり理解した。
理解したと言っても、人族の物差しで測ってはいけないということだけだが。
「む、六日過ぎたらどうなるんだ?」
青い顔でガレルが問いかける。
いつもは健康的なその肌が、青黒く変わる様は周りの不安をかき立てるのだろう。
周囲にいるシーハンターたちも同じような表情でファッシュの答えを待った。
「そりゃ結界が完全に消えちゃって外海の強力な魔物が海岸までやってくる様になるんじゃない?」
「強力な魔物……というとクラーケンとかシーサーペントとか」
「そうそう。よく人族の船を襲ってる奴らだね。あいつら魔族には襲いかかってこないけど、魔王様の敵討ちをやってるつもりなのかな?」
口とエラをパクパクさせながら、気軽な様子で答えるファッシュと、顔色が更に悪くなるシーハンターたち。
だが、その中で表情が変わらないものもいた。
俺とニャーニョだ。
「慌てるんじゃないよお前たち。猶予は『まだ六日』残ってるんだ」
「まだ……」
「そうさ。六日もあれば
「た、確かにそうだな」
「喰わせれば良いだけだ」
ニャーニョの言葉を聞いて、シーハンターたちの顔色が戻った。
「それじゃあ
「ああ、もちろんだ。ずっとこの町を守ってくれていた神に恩返しするのは当然のことだろう」
ニャーニョはファッシュにそう言うと、続けて当然の質問をぶつけた。
「それで
「知らないよ、そんなの」
一瞬の静寂がシーハンターギルド内を覆う。
この魚人が今なんと言ったのかわからないといった空気だ。
「いや、
「人族が作った魚料理ってしか聞いてないよ」
ファッシュの話では、そもそも魚人や海に住む者たちにとって『料理』という概念自体が殆どないらしい。
魚や海藻を丸かじりする文化しか存在しないと。
「だから
あっけらかんと言うファッシュ。
「それではどんな料理を用意すれば良いのかわからないではないか」
絶望の表情を浮かべるニャーニョにファッシュは今までと変わらない明るい声で一つの提案を持ち出した。
「それじゃあ僕が今から
と。
それから数日。
すぐに戻ってくると言い残したファッシュが帰らぬまま時間だけが流れて行った。
帰ってこないからといって海の中にある海底神殿に迎えに行く手段もない町の人たちは、いつファッシュが
シーハンターたちが思いつく限りの近海の魚をハントして、ギルド内の
「どう思う?」
『魔物の匂い、強くなってル』
「少し試してみるか」
『ゴシュジン、海底神殿に行くのカ?』
「ああ。海底神殿っていうのに興味もあるし、何よりその
俺は尻に着いた砂を払いながら立ち上がる。
ファッシュの話を聞いた時に、同じような話をどこかで聞いたことがある気がしたのだ。
そして数日前から海を見ながらずっと考えていたが、その答えに遂に辿り着くことが出来たのであった。
「置いてくぞシショウ」
『待っテ! ゴシュジン!』
慌てて砂をまき散らし立ち上がるシショウの声を聞きながら、俺は岬にあるという社に向かうため歩き出したのだった。
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