第38話 帰還

「なんで帰ってきたニャ」

「なんでって……」


 開口一番。

 俺に向かって今日も姉のニャーニョの代わりに受付を任されているらしいニーニャからそんな言葉を投げつけられる。


「せめてそいつは元の町に置いてくるべきニャ」

『わふんっ!』

「ニャっ!? やる気かニャ! シュッシュッシュッ。姉ちゃんから猫パンチを習ったアタシに勝てるとでも思っているニャ?」


 シーギルドにたどり着いた途端に始まったニーニャとシショウのにらみ合い。

 ……というか一方的にニーニャが絡んでいるだけな状況に俺はどうすれば良いのか困り果てていた。


『ゴシュジン。この猫娘をわからせていいカ?』

「止めておけって。ニーニャもそんなに震えながら言っても説得力無いぞ」


 俺はシショウに「とりあえず暫く外に出ててくれ」と追い出すとニーニャに向き直る。

 しかし初めてシショウを見た時はあれだけ震えて隠れてしまっていたニーニャもずいぶんと慣れたものだ。


 それだけ頻繁にシショウがこのシーハンターギルド……というか併設されている酒場に出入りしているということでもある。

 時々姿を見ないとおもって探すと、酒場で他のシーハンターから食べ物を恵んで貰っていることが多い。

 酒場の料理人も、自分のまかないを作るついでに餌を用意してくれるくらいかわいがられている。


「よぉ、ユーリスが帰って来たって聞いてな」

「そうニャ。余計なオマケも一緒に帰って来たニャけど」


 シショウと入れ替わりにガレルというシーハンターギルド所属ハンターの顔役の男が入ってきた。

 最初は同じような立場のバゴンに町を追放された記憶が邪魔をして距離を置いていたが、なんせこの町のシーハンターは人との距離感がおかしい。

 いや、距離感がおかしいのは俺も同じだがとにかく彼らは一度でも『仲間』と決めるととんでもなく距離感を詰めてくるのである。


「オマケって、あの犬っころか。なんだか外でしょんぼりしてたぞ」

「し、知らないニャ。来るなって言ってるのに来るのが悪いニャ」


 ニーニャもすでにシショウが自分に害を与えないことは理解しているのだ。

 だけど過去に受けたトラウマが邪魔をして、知らずに怯えてしまうのを誤魔化すために強く出る。

 俺もガレルもそれを薄々わかっているから苦笑いするしかない。


「まぁそれはそれとしてだ」


 ガレルは俺の肩に大きな手を置くと「無事で良かった」と日焼けした肌に浮き上がる白い歯を燦めかせて笑った。

 俺はその手から逃れようともがくがビクともしない。

 本気を出せば引き剥がすことも可能だが、力加減を誤ると怪我をさせかねない。


 それに完全な善意を無下にするのも嫌われそうで怖い。

 俺は過去二つの町で人間関係を失敗させている。

 二度あることは三度あるじゃなく、三度目の正直でこの町に俺はいたいのだ。


「ご心配かけてすみませんでした」


 俺は出来るだけ不自然じゃないように笑顔を作ってそう答え、その日「ユーリス帰還パーティ」を行うという彼の言葉に頷くしか無かったのだった。

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