第27話 【 呼び出された救世主 】

「なんでもいい!! 門の前に積み上げるんだ!!!」


 この町の兵士を束ねる兵士長の怒声が響き渡る。

 門の上では同じ様にグリンガルも叫んでいることだろう。


「あとどれくらい耐えればいいんだっ!」

「わかんねぇけどスタンピードって確か一日くらいで収まるって――」

「一日ぃ! まだ昼前だぞ」

「つまりあと半日持ちこたえればいいってことだ」


 町中から集められた家具やら道具やらが門の前にドンドン積み上がっていく。

 一部は階段で門の上まで運ばれ、壊された門扉の前に投げ込まれているが効果はあまり出ていないように思える。


 ドン!

  ドドドンッ!


「ひいっ、門が壊れるっ」

「まだ大丈夫だ。信じろ!」

「泣き言を言ってる暇があったら作業を続けるんだ!」


 【青竜の鱗】が裏門を出てどれくらい経つだろう。

 塀の上から監視していた兵からの報告で、近場にあった岩を全て使い切ったオークエンペラーたちは、一旦その場から山の方に去って行ったらしい。

 しかし、予想では山の近くで岩石を集めてまた戻ってくるだろうとグリンガルも言っていた。


 予定外に時間を稼ぐことは出来たが、まだスタンピードが収まったわけでは無い。

 山の方からは未だに大量のCランクやBランクの魔物が押し寄せてきているのだ。


 【青竜の鱗】はその波を大きく迂回して目的地に向かわなければならない上に、波から溢れた魔物と戦いながら進む必要がある。

 しかしオークエンペラーの【弾切れ】のおかげで門扉が投石によって破壊される前にはたどり着けるはずだ。

 だが、あの巨大なオークエンペラー三体相手に彼らがどこまで持ちこたえられるかは正直言ってわからない。


 俺からすれば無謀で絶望的な結果しか思い浮かばない。

 それほど三体のオークエンペラーは双眼鏡で見ても恐ろしい存在に見えた。


「畜生がっ」


 俺は町の住民や他の兵士、ハンターたちと共に門の前に壁になるものを積み上げていく。

 だが、門が破壊されればこんなものが何の役に立つのか。

 それは指揮している兵士長だってわかっているはずで。


「ギリウスっ」

「フェリス? どうして出て来た。ここは俺とオヤジさんにまかせて、お前は店の奥の地下倉庫に隠れてろって言っただろ!」

「一人だけ助かっても意味ないのよ!」


 フェリスはそう告げると、店から持って来たのだろう椅子を持って門の前まで走って行った。

 俺は慌ててその跡を追いかけると、彼女の手から椅子を奪い取った。


「わかった。だけどここまで持ってくるだけでいい。山に積み込むのは俺がやる」

「ギリウス……」

「どうせお前は言っても聞かないんだろ」

「あったりまえじゃない」


 俺は空いてる方の手で彼女を回れ右させると、その背中をトンッと押した。


「行ってこい。俺はこの椅子を積んでおく」

「あいよ」


 去って行くフェリスの背中が人混みに消えるまで見送った俺は、その椅子をもって前に向かう。

 既に門扉の下半分が埋まるくらいまで積み上げられた残骸の山に、フェリスの店の椅子が加わった――


 ドガンッ!!!


 明らかに今までとは桁の違う攻撃が、門扉に叩き付けられる音と衝撃が突然伝わって来たのである。

 その振動で山の上から衝撃で転がり落ちた俺は、そのせいで左手が曲がってはいけない方向に曲がり。


「ぐわあああっ」


 激痛に叫び声を上げた。

 だが、その叫び声は更なる他の人たちの叫び声によってすぐにかき消されてしまった。


「きゃあああああああっ」

「門が! 門が破壊されたっ!」

「なんだあの化け物はっ」

「もうだめだ、おしまいだ」


 激痛の中、俺は逃げ惑う人々の視線を追って残骸の上を見上げる。

 するとそこから大きく長い首が突然這い出て来ると、町中を睨めつけるように見回した。


「ばか……な……ドラゴンだと……」


 破壊されたらしい門から侵入して来たのは巨大なドラゴンのクビだった。

 先ほどの衝撃はドラゴンによる突撃だったのだろう。


 いくら頑丈に作られた門扉とはいえ、これまでの攻撃に加えてこんな化け物の突撃を耐えられるわけが無い。

 俺はその青色の巨体を痛みもわすれて見上げ、呆然としてしまった。


「ははっ……こんなのどうしようもねぇじゃねぇか」


 オークエンペラー三体だけでなく、かつて【青竜の鱗】が王国軍と他のAランク、Sランクパーティと共にやっとの事で倒したというブルードラゴンまで現れたのだ。

 まともな軍隊もおらず、最上位のAランクパーティ【青竜の鱗】も居ない今、この町でブルードラゴンと戦える者などいない。

 いや、たとえ【青竜の鱗】でも無理だ。


 ガァァァァ。


 ブルードラゴンの口から響くうなり声。

 そして、そのブルードラゴンの瞳が逃げ遅れ座り込んでいた俺に向けられた。


「ああ、こんなことなら早くフェリスに告っとくんだった……」


 全てを諦めた俺はゆっくり目を閉じ――


「ギリウス!」


 その時、遠くからフェリスの叫び声が聞こえた気がして、俺は座り込んでいた体を捻って後ろを振り向いた。

 そこには、逃げる人波に逆らうようにこちらに向けて走ってくる彼女の姿が見えて。


 ガアアアアァァァァァ。


 頭の上から聞こえるドラゴンが大きく息を吸い込む音がした。


 前に【青竜の鱗】の魔法使いから聞いた事がある。

 これはブレスを吐く前の動作だと。


「フェリス!! 逃げろ!!! ブレスがっ!!!」


 俺は必死に叫びながら、あらぬ方向に曲がった腕の痛みも忘れ叫んだ。

 必死で、這うようにフェリスに向けて進む俺をあざ笑うかのように、ドラゴンの顎がゆっくりと開くのを感じ。


「ぐわっ」


 痛みに俺はその場に倒れ込んでしまう。

 その時だった。


 倒れた俺の胸元から何かが転がり落ちたのは。


「これ……は」


 俺は怪我をしていない方の腕を伸ばしその【懐中時計】を掴んだ。

 そして思い出した……あの時の言葉を。


『このボタンはな。ギリウス、お前がどうしても助けて欲しいって時にだけ押すんだ』

『は?』

『ギリギリまで頑張って、それでもどうにもならないと思った時に押すとな――助けを呼ぶことが出来る』


 そうだ、思い出した。


 あの時奴は言ったんだ。


 どうしても助けが欲しい時は――


「このボタンを押せって!!」


 俺は懐中時計の蓋を開けると、その時計盤の真ん中で邪魔なほどの存在感を持っているボタンを力一杯押した。


 ガアアアアアッ!!!


 ブルードラゴンの顎の中から、水が渦巻くような激しい音が響く。

 やつのブレスは強力な激流で、全てを飲み込んでいく竜巻のような物だと聞いている。


 一瞬の静寂。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!


 ブルードラゴンの咆哮と共に放たれた激流は――


氷魔法ブレシングフリーズ!!!!!!!」


 しかし、放たれることは無く。


「おいギリウス、なんだこれは。一体どうなってんだ」


 久々に聞くその男の声に俺は痛む腕を押さえながら振り返る。


「なんだよお前、怪我してるじゃないか。痛そうだな」


 振り向いた先。

 そこには以前見た時より少し日焼けした懐かしい親友が、心配そうな顔で見下ろしていたのだった。

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