第25話 【フェリスへの伝言とスタンピードの始まり】

 その時の俺は知らなかったが、ユーリスが巨大魚と激しい戦闘を繰り広げていた頃。

 突然フェリスの店に息せき切って走り込んで来た【青竜の鱗】のメンバーたちは、カウンターに座るバゴンを見つけると叫んだ。


「バゴン! 魔物のスタンピードだ!」

「なんだと!」


 椅子から立ち上がったバゴンは、四人の仲間に向けて詳しく話せと詰め寄った。

 もちろん俺もフェリスもオヤジさんも彼らの話を聞くためにカウンターから移動する。


「今さっき、夜間警備の門兵から連絡があったんだ。町の西方から突然とんでもない轟音がして森の木々がなぎ倒されてるって」

「それを聞いたギルマスが血相を変えてよ。すぐに町のハンターと、他にも戦える者を集めてくれって」

「本当にスタンピードなのか?」

「ああ、間違いねぇ。森の方からザコ魔物がこの町を避けて逃げていったらしいからな」


 魔物の暴走であるスタンピードの場合、まず地上をうろついている弱い魔物が人や町を襲うこと無く必死に逃げていく姿が見られるらしい。

 そして暫くしてCランク程度の魔物が。

 その後、徐々にランクが上がっていき、最悪の場合はSランクのドラゴン等が現れる場合もあるという。


 滅多に無い話だというが、最悪を想定して動いた方が良いと、俺も軍隊の教練で教えられていた。


「まずはギルドに集まるんだな。わかった。お前たちは先に行って装備を調えていてくれ。俺もすぐに行く」


 バゴンはそう言って四人を店の外に出すと振り返って俺たちに向けもう一度頭を下げる。

 そしてこう呟いた。


「もしこのスタンピードでこの町が滅ぶようなことがあれば、すべて俺の責任だ」

「お前、何を言って……」

「俺はユーリスの力を知っている。彼奴がいれば十分な戦力になったはずだ。だがそれを俺の……俺たちのせいで」


 俺はバゴンに大股で近寄ると、その下げている頭を拳で殴りつけた。


「馬鹿野郎がっ!」


 一応戦いの前なので手加減はしたが、それでもかなりの衝撃だったはずだ。

 だが、バゴンは無言のままそれを耐えた。

 さすがはAランクハンターと言った所か。


「すまない」

「だから、今はそんなこと言ってる場合じゃ無いだろって言ってんだよ」

「……」


 俺はバゴンの胸ぐらを掴んで頭を強引に上げさせると、唾を吐きかけるような勢いでまくし立てた。


「お前が今しなきゃならないのは俺たちに謝ることじゃねぇ! この町を守ることだ!!」


 かつて激しい戦場から逃げ、ユーリスから逃げた【青竜の鱗】だが、この町では間違いなく最強の戦力だ。

 今、この町を守るためには彼らの力は不可欠で。

 木っ端のへっぽこ兵士でしかない俺なんかよりもこの町に必要な存在なのだ。


「こんな所に止まってるんじゃねぇ! さっさと行ってこい!!」

「……すまん」

「だから謝るのはあとにしろ。フェリス!」


 俺はフェリスを振り返って叫ぶように告げる。


「俺も行ってくるぜ。この町を外からやってくる敵から守るのは門兵の仕事だからな」

「ギリウス……でもあなた弱いじゃ無い!」

「それを言ってくれるなよ」

「だって、私のお尻を触った酔っ払いに殴りかかったくせに逆に殴られて……」


 そこまでフェリスが言いかけた時だった。

 彼女の肩をオヤジさんが掴んだ。


「フェリス。それ以上は止めてやれ……アイツ泣きそうな顔してるぞ」

「……でも」

「な、泣いてなんか無いぞ!」


 俺は服の袖で目を擦ってから、言いたかったことを叫んだ。


「俺、このスタンピードをしのいだらさ……フェリス、お前に言いたいことがあるんだ。だから信じて待っていてくれよ」

「ギリウス……」

「何も言うな! おいバゴン、さっさと行くぞ」

「お、おう……だが、いいのか?」

「いいんだよ」


 俺は何故か渋るバゴンの背を押して店の外に飛び出した。

 町の中には既にスタンピード襲来の話が広まっているらしく、どこもかしこも慌ただしい。


「とにかくバゴンはギルドへ。俺は詰め所に行く!」

「気をつけろよ」

「せいぜい死なないように頑張るさ」


 俺たちは互いに頷き合うとそれぞれの目的地へ向けて駆け出したのだった。


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