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Nora
01話.[それでもせめて]
凄く緊張していた。
もう高校に通い始めてから2週間ぐらいが経過しているというのに。
他の子はそんな僕を他所にあっという間に他の中学校から来た子達と仲良くしてしまっていて、残念ながらそれを真似できない自分はひとりだった。
「あぁ、ひとりでお弁当を食べる日々……」
しかも自作、父も弟もいてくれているのに自作。
残念ながら母はいないが、僕よりも上手にできる父がいるのに。
「ごちそうさまでした」
更に悲しいことを言うと、教室では食べられていないということだ。
誰かに虐められているとかではなく、誰かに席を占領されるからということもなく、僕がただただあの賑やかな空間でひとりで食事をしたくないからだけど。
「な~」
「よしよし、はい」
この子といられるからあまり問題もない。
この子のために塩分濃度が低い物を別に用意している。
これはここに来なければ会えなかったんだから得だとしか言いようがない。
「いつもありがとう」
膝の上に乗ってくれるようになっていた。
安易に飼うことはできないが、こうして愛でるぐらいなら最高の癒やしの存在となってくれるからいい。
いまの僕にとって必要なのは間違いなくそれだ。
「あ、そろそろ戻らないと」
戻るときに急かせかしなくて済むようにはこれぐらいに動き始めるしかない。
下ろすと毎回純粋無垢な瞳でこちらを見つめてくるから動きにくいが、仕方がない。
どうせ、欲しいのはご飯だからね。
また明日も彼専用の減塩した物を用意してくるから我慢してほしかった。
「ふんふんふーん」
これぐらいの緩さで教室にいられたら友達ぐらい余裕でできそうだけど。
「ん?」
なにかが動いた気がして少しだけ見ていくことにした。
でも、結局なにかがいるというわけでもなく、見間違いだったことがすぐに証明される――かと思われたのだが。
「えっ!?」
誰も、なにもいなかったから戻ろうとしたら目の前に女の人がいて露骨に驚いてしまった。
「あんたって何年生?」
「えっ、あ、1年生です」
「1年生……ああ! 対面式で変な返事をしていた子ね!」
うぐっ、なんなら教室での自己紹介時にも失敗したぐらいだけど。
慌てて失敗をしていたのは僕ぐらいだったからな、分かられていてもなんらおかしなことじゃない。
「それより露骨に驚いてどうしたの?」
「い、いや、なにかがいると思ってこっちに来てみたらなにもいなかったので……」
いきなり振り向いた先に現れた、つまり背後に現れたあなたに驚いたというか。
「ま、そう緊張しなくて大丈夫だから」
「でも、どうしても上手くいかなくて……」
「大丈夫、なんだかんだで次へ次へと進めるものだから」
まあ、そうだよなと。
既に2週間は経過しているわけだし、慌てている間にも前へ進んでくれることはちゃんと分かっている。
当たり前だ、僕中心で世界が回っているわけではないのだからいちいち止まったりはしない、もし止まるような世界だったらもう自死を選んでいる。
「それじゃあね」
「あ、はい、なんかありがとうございました」
せめて、そうせめて同学年の友達を作ろう。
同性でいいからひとりぐらい。
あんまり目立つような子じゃなければもっといい。
「頑張ろっ」
いつまでも臆しているわけにはいかないんだから。
……でも、調子に乗らないように気をつけようと決めた。
頑張ろうと決めただけでどうにかなるのならここまで困ってはいない。
小・中学生時代からそうだった、人間関係では本当に上手にできなかった。
だから友達になれても長続きせずに終わるのが常で、残ってくれるような稀有な存在はいてくれなかった。
「兄ちゃん!」
「あ、おかえり」
「まだ家じゃないけどねっ」
こちらは中学3年生の弟、
反抗期というわけでもなくいつも「兄ちゃんっ」と近づいて来てくれるいい弟だ。
「部活はどう? 7月で終わっちゃうからあれだろうけど」
「うーん、1年生の子に上手な子が多くて、どうなるのか分からないや」
「そっか、でも、入ってくれないと困るしね」
難しいところだ。
僕的には自分が試合に出られなくてもチームが勝てればいいと考えている。
あんまり競い合うのは苦手なのだ、協力するのも苦手かな。
自分が失敗したら他の誰かまで損することになるというのはちょっと……。
「そうそう、冷蔵庫にほとんどなにも入っていなかったからお買い物に行こう!」
「あ、そうなの? あ、そういえばそうだったか、行こう」
ご飯を作っているのは基本自分なんだぞ、忘れては駄目だ。
家に着いたらお金を持って再び外へ。
春ということもあって汗をかいたり、逆に冷えたりなんていうこともなかった。
なんというかゆっくりしたくなる感じ。
「もうすぐ5月になるけど、お友達はできたの?」
「当たり前だよ、僕を誰だと思っているの?」
意味もない嘘をついてしまった。
でも、兄なのに緊張して友達のひとりも作れていないなんて言えるわけがない。
「え、兄ちゃん?」
「そ、そうだね、僕は駆流の兄ちゃんだね」
スーパーに無事着いてある程度の商品を買い終えたときのことだった。
「あ、
「お友達?」
「うんっ、仲良くしてくれている子なんだっ」
なんだと……? 女の子の友達がいるのか!?
いやいるか、僕みたいな問題児じゃなければ当たり前のように。
明るい性格がなによりもいいんだろうなあ。
「望心ちゃんっ」
「ん? あ、駆流くんっ」
年上が邪魔をしてはならないからお会計を済ませて外に出た。
とりあえずはGWが終わって、初めての中間テストが終わってからにしよう。
それなら5月の中盤から7月の始まりまで自由な時間ができるから。
どうやら感じ取った雰囲気的に、部活動に入ろうとする子が多いようだ。
だから、友達作りは上手くいかない可能性もあるが、それでもまだ1年生で高校も始まったばかりなのだから焦らなくていいだろう。
仮に3年間ひとりぼっちだったとしても、いい会社を探して勤められたらそれでいいと思う。
頑張ってくれている父に返していきたいし、駆流にだって色々な物を買ってあげたいから。
「ただいま」
父は大体、19時頃に家に帰ってくる。
なので、買い物に行ったりすると合間の時間を上手く使えてなかなか悪くはない。
調理をして、大体出来上がった頃に帰ってきてくれるのは良かった。
問題があるとすれば、下手をすれば出来たての料理を目の前にしながら待ての状態がずっと続くということだろうか。
駆流なんてそうでなくても部活動で動いているからお腹を空かせちゃっているしね、待っていなくてもいいと言っても「父さんを待ってる!」とか言って聞かないんだ。
「ただいま!」
あれ、どうやら父の方が先に帰宅となったようだ。
駆流はなにをやっているのか、どんだけあの子と話したかったのかという話。
「お、美味そうだな!」
「うん、父さんは先に食べててよ、僕は駆流を待つから」
「そんな薄情な人間じゃねえぞ。いつも待ってもらっているからな、たまにはこっち側の気持ちを味わわなければならないんだ」
「はは、物好きだね、別にいいのに」
律儀というかなんというか、こういう性格だから好きだけどさ。
いや本当にもう小さい頃からひとりで頑張ってくれているわけだから感謝しかない。
なのに学校ではあんなのでいいのかと引っかかるときはある。
あくまで真面目に通って、そして卒業できれば父は「よくやった」って言ってくれるだろう。
けど、僕の中での普通の高校生活というのは友達と過ごしつつ勉強もしっかりやってなんぼだと考えているので、やっぱりちょっと、ねえ? 気になってしまうのだ。
「それなら先に風呂に入ってくるわ」
「うん、溜めてあるから」
「おう、さんきゅっ」
父は基本的にやか――大変元気だ。
たまに暗いときもあるが、大抵は自分でなんとかしてしまう人だ。
「ただいまー」
「おかえり」
「あ、先に帰らないでよっ」
「はは、この時間まで話をしていたであろう不良少年がそれを言うの?」
駆流は「うっ、た、楽しかったから……」と狼狽えている。
でも、駆流は中学3年生だ、多分あの子も。
だから一緒にいたいと考えるのはなにもおかしなことじゃない。
高校になったら離れることになるかもしれないし、その子ともっと仲良くなりたいのであれば素直にならなければ駄目だ、……僕みたいになっては駄目なんだ。
間違っているとは言えない。
それでもせめて、言ってからにしてほしいかな。
心配になるし、ご飯の時間も遅れてしまうから。
色々やらなければいけないから、うん、せめて言ってからにしてほしい。
その後は3人で一緒に夜ご飯を食べた。
「駆流、お風呂に入ってから寝なよ」
「うん……」
あの子が好きなのかもしれない。
そんな子と外で偶然出会って話せたからついはしゃぎすぎてしまったのかも。
だって今日は部活もなかったわけだから、それ以外には考えられないし。
「う、羨ましくなんかないんだから」
女の子といるときにはしゃぎすぎて疲れたなんて。
あくまで想像だけど、そんなことをして疲れてみたいなって心から思った。
「さて、駆流に無駄な嘘をついてしまったわけですが」
今日も猫を愛でながらひとりでぶつぶつ呟いていた。
今更無理だ、僕が近づくのはあまりに不自然すぎる。
あいついつも教室にいないよな、なんて言われるような存在ですら多分ない。
誰にも興味を持たれていない。
梶間
……駆流は違うんだろうな、男の子とか女の子が側にいてくれるんだろうな。
「な~」
「ん? もうご飯はあげただろ? あ」
彼が向こうに歩いていくと人がそこに現れた。
この前の先輩とかでもない、なんにも知らない人。
この場所が占領されてしまうことだけはないといいけど。
校舎内で食べるのはつまらないから、どうせならと外に出てきているからだ。
その人は猫をたくさん愛でていたが、気まずい僕は戻ることにした。
多分、こういう機会を活かせないからずっとこんなのでいるんだと思う。
だからひとりだけでも友達がいてくれたりはしないんだ。
「ちょっとちょっと」
「あ、こんにちは」
「うん、こんにちは――じゃなくて、ちょっと来てっ」
この前と似たようなところで先輩と出会った。
少し気になることがあるようだ、黙って付いていくことにする。
「あんた、あいつ知ってる?」
「いえ、分かりません」
「ま、そりゃそうか、上級生なんて知らないよね」
もしかして、気になっている人とかかな。
まだまだ猫に夢中なんだから行ってくればいいのに。
猫が苦手だということなら、それはもうもったいないとしか言えないけど。
「あれ、
「た、たまたまよ」
「そうなんだ? あ、君はさっきの」
「こ、こんにちは」
名前で呼ぶぐらいだから彼氏さんの可能性もあるのかな?
なんかいいな、高身長で、顔も整っていて、態度も柔らかくて。
女の子だったらこういう人を好むと思う。
「うん、こんにちは。んー、見たことがない顔だけど、瑞緒ちゃんのお友達?」
「後輩よ」
「あー……ん? ああ、君は凄く緊張していた子だね!」
うっ、自意識過剰かもしれないけど、全員にそういう認識をされているんじゃないかと不安になった。
「失礼します、邪魔をするのも違いますから」
「いいよ、僕らはそういう関係ってわけじゃないしね」
「そうなんですか?」
誰が誰と付き合っていようといまの僕にはどうでもいいことだ。
僕がいましなければならないのは、気にしなければならないのは友達作りのこと。
だから、こうして全く知らない先輩達といるのは正直に言えば意味はないことだ。
「って、ただ話しているだけで恋人同士みたいに判断するのはどうかと思うけど」
「名前で呼んでいたので……」
「そんなこと言ったらいま生きている人間のほとんどが恋人同士になってしまうじゃない」
「そ、そうですよね、ははは……」
一瞬、こうして話しかけてくれるのならと考えた自分がいる。
友達になってくださいと言うのも悪くはないことかもしれない。
でも、年上の人に友達になってくれだなんて言うのは……と考える自分もいて。
結局、予鈴がなったことによりなにも変わらずにお昼休みを終えることになった。
唐突だが、授業の時間だけはここにいてもいい気がして悪くはなかった。
元々はしゃぐよりも淡々と授業を受けて帰るような人間だったので、勉強をする時間というのは普通に好きだ。
あと、授業が始まるときちんと切り替えてくれるクラスメイトの評価もどんどんと上がっていくんだ。
まあ、僕からの評価が上がったところでクラスメイトからすればなんにも価値のないことなんだけれども。
よし、そんな感じで今日も無事に最後まで授業を受けることができた。
「梶間くん」
思わず目を擦ってしまった。
だって、僕に話しかけてくるなんて思わなかったから。
「あ、提出物とか出し忘れていたかな?」
「そうじゃないの、ただ、ずっと気になっていて」
なんで教室にいるの? とか言われるのだろうか。
名字を知っているみたいだからその可能性は高くはないだろうけど。
「いえ、やっぱりなんでもないわ、邪魔をしてごめんなさい」
「あ、そうなんだ、いや、謝らなくてもいいよ」
買い物には行ってあるから今日行く必要はない。
駆流は部活だし、父はいつも通り19時ぐらいに帰宅なので、あまり焦らなくてもいいのは良かった。
だから途中で寄り道をしたりしてゆっくり帰って。
「ただいま!」
「おか……」
「お、お邪魔します」
どうやらこの前の子を連れてきたみたいだ。
もう18時を越えているのにいいのだろうかとは考えつつも、「いらっしゃい」と言うことは忘れずにおく。
あと、でしゃばると駆流だって嫌がるだろうから飲み物の準備なんかは任せた。
部屋に連れて行くみたいだから助かったかな、流石にこっちも気まずいし。
「できた」
食べたらすぐに入れるようお風呂も溜めて、こっちは洗濯物を畳んでおくことにする。
まるで主婦になった気分だった、この場合は主夫だけど。
僕達のお世話をしつつ、仕事に行きつつ、そのうえで家事もしてくれた父には感謝しかない。
そういうのもあって嫌だとか、面倒くさいとか、そういう風に思ったことはなかった。
「ただいまー」
「おかえり」
こうして誰かが帰ってくると玄関まで迎えに行くのもそれっぽい。
もっとも、みんな同性だけど、いやでも誰かを迎えられるって幸せだしな。
「なにっ? 駆流が女の子を連れ込んでるっ?」
「うん、邪魔しないであげてね」
「邪魔するわけないだろ。そうか、もしかしたらこれ、かもしれないな」
「うん、嬉しそうだったからね、そういう可能性は高いかも」
今日はふたりで先に食べさせてもらっている。
駆流がそういう風に言ってきたから薄情というわけでもない。
別に女の子といちゃいちゃしているからって妬んでいるわけでもないよ?
「素晴はどうなんだ? そういえば学校は楽しくやれているのか?」
「うん、講堂裏には猫がいてさ、毎日一緒に過ごしているよ」
「猫? 人とじゃないのか?」
「友達はいるけど、毎回付き合わせるのは悪いから」
「ま、確かに面倒くさいか、靴に履き替えないといけないもんな」
でも、父としては少し納得のいかないことだったらしく、
「嘘をついているわけじゃないよな? いや、素晴のことだからそんな無駄なことはしないだろうけどさ」
なんて言われてしまった。
僕を信じているようで信じていない、そんな父の発言。
「ついてないよ、友達はちゃんといるから」
「そうか、ならいいんだ、できれば女の子ならもっといいけどな!」
「いるよ、男の子も女の子もどっちも」
学校にはたくさん。
友達? うん、他の子にとっては友達がたくさんいるよ。
「ひとりぼっちでつまらない高校生活になってほしくないからな」
「心配してくれてありがとう」
大丈夫、ひとりなりに楽しめることを見つけていくから。
まずあの猫に会えることがそうだから悪いことばかりでもない。
誰かと喋ることだけが幸せというわけでもないのだから。
「いつも家事をしてくれてありがとなっ」
「これぐらいは当然だよ」
「で、見に行ったら駄目かな?」
「駄目だよ、そっとしておこう」
邪魔をするとあの子がこの家に来なくなるかもしれない。
仮にそうなっても駆流なら上手くやるだろうけど、だからといって邪魔をしていい理由にはならないから。
僕達にできるのは見守ることだけだった。
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