22~24〈魔獣の群れ〉

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元々、世帯数の少ない村という場所は街とは違い、法律などもなく独立したルールで動いている。

安全策であったり、刑罰であったりというのは、村の責任者に一任されている形だ。


だからこそ、村にとって対処の仕様がない状況の場合は、1番近い都市に依頼が集まるわけである。


しかし、今回ばかりはルヴィア達が街に戻っていては間に合わなかっただろう。

このようなケースで重要な、迅速な対応というプロセスを見事にクリアしたことで、沢山の命を救うことが出来るのだ。


ところで、問題の村はカイゼルの南西にあり、既にカイゼルの南側に進んできていたルヴィア達は、街道を外れて真っ直ぐ西へ進んでいくことになった。

この地点であれば、カイゼルから行く場合よりもずっと早く村に駆けつけることが出来る。それこそ、日が落ちる6の時より、2つ以上前には。


3人ががちゃがちゃと走る様は、野うさぎや鳥がぎょっとする程であった。

道中レクリルは虚空庫から、体力を回復するという丸薬を取り出し、口に含んだ。

これからじんわりと効いてくるからと、ルヴィアとヨハンの2人にも寄越した。

それを噛んで飲み込み、再び走り始めると、腹の底が温まって、湧いてくるようにすこしずつ体力が回復してきた。


おかげで村に着く頃には、殆ど体力の消費がない状態だったほどだ。


そして、実際に村の外周に足を踏み入れてみると、明らかに危険度の高い魔獣が襲ってきた。

大きな体と牙を持つ猫のような奴だったり、太い角が生えた4足のでかい獣だったりだ。


「《動作停止モーションストップ》っ」


動きの早い魔獣をルヴィアが停めて倒し、極めて大きな体を持つ魔獣はヨハンが怪力と鎧で受け止め、斧で叩き潰す。

あっという間に数匹の魔獣が大地にこと切れた。


「《虚空庫》。そろそろ虚空庫も限界が近いね。あと数匹しか入らないと思う」


レクリルは魔獣の死骸を回収するが、虚空庫の内容量が危ういという。

一見して便利な魔導である虚空庫だが、弱点は幾つかある。最たるものは生き物が入らないこと。これは根を取っていない植物なども入らない。他に、多少遅くはなるものの、中に入ったものもいずれは痛むことが挙げられる。容量に限界もあり、無敵の運搬能力とは言えない。

それでも、レクリルにはここまで、その魔導によって助けられてきた。


「こんなでかいのがあっさり入っちまうんだから、十分だろう。空間系の魔導を扱うやつに、既に並んでるだろうな」


空間に影響を及ぼす類の魔導を持つ者は、そういった運搬能力に優れているという。

もちろん、攻撃にも使える強力な魔導だ。


「そしてルヴィア。強いだろうとは思ってたが、流石だなぁ!相性も悪いし、俺じゃ勝てんほどだ」

「あなたも相当よ。あんな大きさの魔獣の突進を良く受け止められたわね」

「ああ。力は自慢でな。それに俺の魔導は、〈不壊〉っつって、自分の体を頑強にしたり、金属が壊れなくなる効果がある。こいつがなけりゃ、鎧や体がイカれちまうからな」


なるほど。

ヘルカイトに連れ去られ、空から落とされても傷がなかった理由に合点がいった。

最も、完璧とはいかないようで、出会ったばかりのヨハンは多少弱りはしていた。


「さて、こっからだ。魔獣がどんどん増えて

来るだろう。俺が盾になって引き付けるから、そいつらを片付けながら進んでいくぞ」

「任せて。レクリルは私とヨハンの間にいて。気をつけてね」

「うん。大丈夫」


3人は陣形を確かめ、奥に進んで行った。




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村に近付くほど、戦いは激化していった。しかし、ルヴィアとヨハンのコンビは、それらを容易に蹴散らした。

身体が大きなヨハンはその分狙われやすく、宣言通り敵をつぎつぎと集め、斧で割り、潰す。ルヴィアはヨハンの後ろや横に集まる魔獣を停め、確実に仕留めていった。

レクリルは邪魔にならないように動き、ルヴィアの背後を狙う魔獣の鼻に、匂いのキツい団子を投げつけたりしていた。スルトスにてアストン商会から大量に買い付けていたアイテムである。


快進撃によって、3人は驚く速さで村にたどり着いた。道には死骸が積み上がり、残す魔獣は僅かだろうと確信できる程だ。


「おうい!戻ったぞ!!生きてるかァーっ!!」


空気がビリビリと震える大声で、ヨハンは村に声をかけた。すると、村のそこかしこから、組合員が集まってきた。

みな一様に、細かい怪我があった。


「ああっ、まさか本当に戻ってきてくれるなんて!」

「ヨハンさんだ!ヨハンさんが助っ人を連れて戻ってきたぞぉーっ!!」

「やったぁーーー!!助かる!助かるんだァ!!」


組合員の男達はヨハンの姿を見て、つぎつぎと叫び出す。それぞれの一統を纏めるという男が一人出てきてヨハンの元に参じた。


「助かったぜヨハンの旦那。怪我をしてないやつも居なくなって、傷の浅いやつで戦ってたんだが限界が近かった。1人足の早いやつが逃げるのに成功して、街に向かってったんだが、間に合うかは怪しかった。本当に助かる」

「当たり前だ。お前らも、多少付いてきた力に調子に乗って出てきちまったのかもしれないが、困ってる人を助けるために依頼を受けたんだ。見捨てたりしないさ」

「うおおおお!やっぱりヨハンさんはすげーぜ!」


組合員の1人が、ルヴィア達が通ってきた道を見て声を上げた。


「この強さに気高い心の持ち主、あんたはやっぱり"気高き鉄アイアンノーブル"のヨハンだぜっ!」

「いやいや、俺1人の手柄じゃない。紹介するぜ。彼女達は俺の恩人で、その上助っ人になってくれた、ルヴィアとレクリルだ」


ヨハンは1歩身を引いて、ルヴィアとレクリルを紹介した。


「こんな美人の姉ちゃんが腕利きなのかっ!?すげーやっ、頼もしいなぁっ!」

「ありがとう!ありがとう!あんたらが来てくれなきゃ、どうなってたことか!」

「お、落ち着いて…」

「みんな凄い顔だね…」


ヨハンは隣でうんうんと頷くばかりで、騒がしい組合員達を静めてはくれないようだった。



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「さて、魔獣もあと少しだろう。特別強いやつを倒せば、弱いのも散り散りになって逃げてくれるかもしれん」

「ああ。村を襲ってきたやつは全部覚えておいた。ヨハンさんが倒したヘルカイトの他に、2匹のヘルカイト。それにでっかい体の幽鬼だ。あれがほかの魔獣も刺激して、村を襲わせてるんじゃないかと思う」

「幽鬼…」


幽鬼といえば、悪霊帝ビフロンスと同じ種の魔獣だ。

どのような魔獣なのか、ここで倒した上、特徴を掴んでおけば、悪霊帝と相対する時にも役立つ経験となるだろう。


「そうだな。幽鬼は他の魔獣を凶暴化させたり、操ったりすることもあるらしいからな。それに、そんなに体のでかいヤツとなると、異常種や特別名前のあるやつかもしれない」

「同時に現れるようなら分からないけれど、ヘルカイトは私が仕留められると思う」

「そいつはいいな、俺は相性が悪いから、まともに戦えない。一緒くたに出てくるようなら、幽鬼やもう1羽のヘルカイトのことは俺が引きつけよう」


村長の屋敷で、作戦会議は進んだ。

外では、レクリルが持ち込んだ薬で幾人かが治療を受けている。全員分の治療はできないので、足に自信のある者を治療し、斥候として働いてもらっていた。

村人も何人かその作業を手伝ってくれているが、彼らを守れなければ意味が無いので、ほとんどは地下室で立て籠ってもらっている。


「夕刻も近い。魔獣共は夜目が効くかもしれないから、夜に仕掛けてくる可能性もある」


どの魔獣が夜目が効いて、どの魔獣が夜目が効かないというのは、謎が多く、未だによく分かっていない。今夜は眠れない夜となりそうだった。

しかしその時、バタンと部屋のドアを開け、組合員が顔を出した。

その顔は、切羽詰まった様子だった。


「大変だ!ヨハンさん!奴ら、もう1匹騎士クラスを連れて、勢揃いできやがった!!!」


その叫びとともに、屋敷に幾つか気配がなだれ込んだ。外に出ていた者達が、立て篭りの準備を始めたのだ。


「おいおいおい。こいつはぁ…キツいんじゃないかぁ?」

「ここが正念場ね。負ける訳にはいかない」

「へへへ。そうだな…まだあんたらに、借りも返しちゃいねぇ。こんな所で死んでられねぇぜ。それはほかの組合員達も同じだし、黙ってやらせるわけにゃいかねぇよな!」


屋敷の窓を開け、ヨハンとルヴィアは飛び出した。

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