第3章 13 邪魔な馬車
屋敷に戻ってみるとホワイトブロック塀で敷地内をぐるりと囲むように建てられた門扉の前にどこかで見かけたことがある馬車が1台止まっている。
黒塗りでピカピカ光る客車は最新モデルだし、車輪部分は勿論里香さん考案のゴム付き車輪だ。そのくせ、御者席はケチっているのか雨除けはついているけども背もたれは無いし、椅子部分も乗り心地が悪そうな固い素材で出来ている。
そして馬と、本来いるべきはずの御者の姿が見えない。
「あれ・・この馬車、どこかで見たことがあるような・・?」
思わず呟くと頭の中で里香さんが語り掛けてきた。
《 それにしても随分と邪魔な場所に止めてあるわね、非常識だと思わない。馬と御者の人は何処へ行ったのよ。これは一つ注意した方がいいわよ。入り口前で馬車を止めないで下さいって。 》
「ええ・・・わ、私が言うんですかぁ・・・?」
気の弱い私がそんな事言えるはずないのに・・・。すると今は里香さんと通信?が出来る状態になっているから私の考えが伝わってしまったらしい。
《 何言ってるの?だったら私と変わりなさい、私が言うから。 》
そして、あっという間に私はロザリアと身体をチェンジした。
「ロザリア、貴女はもういいわ。引っ込んでいて頂戴。」
《 はーい、里香さん。 》
何やら嬉しそうな声でロザリアの気配が消え去った。
さて・・・。ここから先は私の時間だ。
御者の人と馬は・・何処だろう・・・。キョロキョロと周囲を見渡し・・あ、いた。
何やら疲れ切った様子で塀から少し距離のある林の巨木に寄り掛かるように座っているみすぼらしい身なりの男性を発見した。その証拠に私が近づいていることに気づいてもいない。そのすぐそばには手綱を枝に引っ掛けられている白馬迄いる。
「ふう~ん・・・御者にはみすぼらし身なりで・・・馬は白馬なんて、本当はお金がないのに随分見栄っ張りな欲望の塊のような人物があの馬車のオーナーなのかもね・・。」
ぶつぶつ言いながら、私は御者の前に立ち止まると声を掛けた。
「あの~・・・ちょといいですか?」
「え?あ!」
御者の男性は擦切れたベレー帽を取ると立ち上がった。
「あ、あの、な・何か?」
「私はこの屋敷に住む者ですけど、すみませんが馬車を門扉の前から移動していただけませんか?あれでは通りの邪魔になって、この屋敷に来る他の人たちにも迷惑ですから。」
すると御者の中年男性はおろおろしながら言う。
「で、ですが・・・旦那様に言われているんです。絶対にこの場所から馬車を移動してはならぬと・・もし約束を破れば減給だと言われたんです・・・。」
そして項垂れる。
「はぁ・・・そうですか。」
やはりこの男性もあんな場所に馬車を止めたくは無かったのだ。つまり、この御者の主は我が家に嫌がらせをする為にわざと一番邪魔になりそうな場所に馬車を止めさせた。そしてそれに対して意見しようとした立場の弱い御者の男性を減給などという言葉で脅している・・・これは立派なパワハラだ。だから彼はいたたまれなくて馬を連れてこんな場所にいるというわけか・・・。
「ねえ、貴方の主人は誰ですか?」
「は、はい・・・ジョバンニ様です。お父様もご一緒されています。」
御者はおどおどしながら言う。
「ほほう・・・成程ね。やはり・・・この馬車はジョバンニのものでしたか・・。」
私は腕組みしながら言った。
このような子供じみた嫌がらせまでするとは・・恐らく父親に泣きついて文句を言いに来たのかもしれない。よし、なら受けて立とうじゃないの!
「いいですか?とにかくすぐに馬車を移動させて下さい。そうしなければ強制撤去させますからね?」
すると御者は、そ、それだけは勘弁して下さいと言って、慌てて枝に引っ掛けてある馬の手綱を外し始めた。よしよし。
「それじゃ頼みますよ。」
それだけ言うと、私はその場を立ち去った。邪魔な馬車の脇を通り抜けて、私は門扉を開けると屋敷へ続くアプローチを歩き出した。
さて・・・愚かな親子の顔を拝みに行くとするか―。
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