第1章 3 共有する体
「セレナ、君は本当にロザリアの事を、パストリスなんて呼んだのかい?」
ジョバンニは優しい声でセレナに尋ねている。
「え、ええ・・。ほ、ほんの愛称のつもりで呼んだだけですので・・ふ、深い意味はありませんのよ・・・。」
このセレナ・・・明らかに狼狽えているな?
「そうなのかい?だけど・・ロザリアは色んな女子学生達からそうやって呼ばれて、嫌がってよく泣いている姿を俺は何度も目にしているんだよ?一応ロザリアは・・俺の婚約者でもあるからね。」
何?今目の前にいる美少年がこの世界の私の婚約者?しかし話の流れによると、どうもこのパストリスという名前は良くない意味合いが込められているように感じる。だってその名前で呼ばれてここの世界の私は泣いていたんだよね?なのにジョバンニは婚約者であるにもかかわらず、それを何度も目にしていただけって事だよね?止める事もしなかったことでしょう?
「ええ・・。確かにロザリア様は今のところ、ジョバンニ様の婚約者ではありますが・・。でも・・本当に私は悪気は無かったんですの。つい、他の皆様の真似をしてしまっただけですの。」
見え見えの演技力でしんみりした様子を装うセレナ。おそらく彼女の立ち位置を考えればセレナはヒロイン。そして私はいわゆるヒロインをひきたてる為に存在するだけの脇役と呼ばれる立ち位置におかれているのかもしれない。
セレナは私の前に進み出て来ると、頭を下げてきた。
「申し訳ございませんでした。ロザリア様。先程一時的な記憶喪失になったと仰っておりましたよね?私たちは同じクラスメイトですから、ご一緒に教室まで行きましょう。」
そしてセレナはニッコリと天使のような微笑みを見せる。
「・・・。」
私は黙ってセレナを見つめた。このセレナ・・・絶対にジョバンニの前でだけ淑女を演じているに決まっている。なのに、目の前の私?の婚約者であるジョバンニは言う。
「おい、ロザリア。せっかくセレナがお前を教室へ連れて行くと言っているのに何故黙っている?お前の口は飾りなのか?感謝の言葉も言えないのか?やはり愚かな人間は一般常識も身についていないのだな?」
そして極めつけにフンと鼻で笑ってくれた。
おのれ・・・いくらなんでも弟と同世代の年下男子にここまで言われてはもう黙っていられない。一言文句を言ってやらなければ・・・!
私は口を開いてこの生意気な年下男子にガツンと一言強烈な文句を言ってやろうとした矢先・・。
《 だめえっ!! 》
頭の中で先程の声が響き渡る。え?何で今頃・・・?そう思った次の瞬間―。
「ありがとうございますっ!」
私の口は勝手に動き、身体は90度曲がっていた。え?え?一体何これ・・・?
何で・・・何でお礼を言って頭を下げちゃってるのよ!この身体はっ!
すると私の頭の中で謎の声が響き渡る。
《 ごめんなさい・・・でも・・・でもジョバンニには歯向かわないで! 》
はあ~っ?!ここまでコケにされて・・この声の主は言ったい何言っちゃってるの?だけど・・・私の身体は今この声の主に主導権を握られてしまっているらしい。だって自分の意志で言葉も話せないし、身体も動かせないんだからっ!
「すみません。ジョバンニ様。私・・もっと賢い人間になれるように頑張ります。」
あ、ありえないっ!あんな生意気な少年に向って、この私にこんなセリフを言わせるなんて・・・!しかし声の主は言う。
《 お願い・・・ジョバンニに嫌われたくは無いの。だから・・今はこのままで・・。 》
「ふ・・ふん。急に素直になったな。まあ、いい。」
ジョバンニはそのあとすぐにセレナを振り向くと言った。
「セレナ、それじゃ授業が始まるからそろそろ教室へ戻ろう。」
「ええ、そうですね。ジョバンニ様。」
そして2人は仲良く手を繋ぎ・・・って・・え?ちょっと待って。何で私があの2人を見て切ない気持ちになっているわけ?ひょっとして・・・私はこの声の主と・・・体だけでなく。感情も共有しちゃったのーっ?!
これが私が恐ろしい事実に気付いた決定的瞬間であった―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます