9 草原はつづくよどこまでも
最初は
うん。だいたい1時間以上の行進の後かな……もっと早く気付かなきゃいけなかった。
椅子に座ると、視点が低くなる。
つまり、唯一私がアドバンテージを取っているはずの索敵能力が下がってしまう!
視力で言ったら私よりもいい子はいるかもしれない。でもやはり身長110センチと160センチでは、見える視界の広さが違うのだ。
――そして、私は「私がへばったら」というのを休憩の基準にすることにした。
基本的には、モンスターを倒してドロップ品のお弁当やおやつを食べているのが休憩タイムにもなる。
お昼ご飯の後はお昼寝タイムも作った。昨日までとは運動量が確実に変わっているから、気を付けないといけない。と言っても、爆睡したのはどうも私くらいだったみたいなんだけど!
見渡す限りの草原をほぼ一日近く私たちは歩いた。
その間にモンスターはオークやコボルトを中心にやはり10回くらい襲いかかってきて、敵の数や大きさを基準に私は「鶴翼の陣」か「横陣」かを選んで指示を出した。
一度だけ、オーガも出てきたけど、一度見た相手である上にレベルが上がった子供たちは今度は冷静に撃退することが出来て、私はほっと胸を撫で下ろしていた。
川沿いに下流に向かって歩いているのだけど、結局1日目は景色が変わらなかった。
うーん、不思議だなあ……。これだけ土地が余っていれば、そこを開拓して村があったりしてもいいと思うのに。
それとも、モンスターというのはこの世界の人間にとっては思った以上に脅威なのかな。そうすると城塞都市でないと人間を守れないから、集落が点在していないという可能性もある。
……いや、本当に人間いなかったらどうしよう。
移動した距離は、多分40キロくらいだと思う。子供たちの移動の速さは大人の私を上回るものだったから、時速6キロくらいは出てたんじゃないかな。
それで戦闘の度に立ち止まることと、その後のおやつや食事の休憩を差し引いたら、多分そのくらい移動しているんじゃないかと私は推測したのだ。
日が傾いてきたので、私は「ここをキャンプ地とする!」と宣言して子供たちに指示を出し、寝る準備を始めた。
モンスターと戦って、その合間に食事をして、時々遊んで――今日は危なげない一日だった。変化があったと言えば、椅子トイレの発案者でもある
空は澄み渡っていて、日が沈み始めると空の上の方は藍色で、太陽に近いところは黄色とオレンジのグラデーション。綺麗な夕陽を見ながら私はお風呂の外で一息ついていた。
「あー、凄い空だぁ……」
呟いてみて、今まで空を見上げる余裕もなかったんだなと改めて思う。
空の高い場所では既に星が瞬いていて、元の世界では見ることができなかったような、一面の星空が広がっている。
降るような星空、というのはまさにこのことだろうなあ。
空気、本当に綺麗なんだな……。ここまでたくさんの星が見えると、星座が見覚えないとかそういうレベルじゃない。
「ねえ、みんな、見てごらん! 星が凄いよ!」
お風呂から出てきた子たちに声を掛けると、子供たちは次々に「うわぁ……」と呟いた。
「凄いね、元の世界だとこんなに星は見えないよね」
「僕、見たことある。去年お父さんに北岳に連れて行かれたから」
「つ、連れて行かれたんだ……」
「でも、ここの方がもっと凄い」
ため息をついて敦くんは空を見上げた。完全に星空に魅入られたような、うっとりとした顔で。
「私ねー、去年ママと一緒にふたご座流星群見たのー。寒かったから、ママがフリースで包んでくれて。流れ星、ひとつだけ見えたよ」
「そうなんだぁ、運が良かったね。先生は流れ星見たことないんだ」
そう、私は流れ星を見たことがなかった。私の親は山に連れて行くタイプでもなかったし、私自身もそれほど星に興味を持ったことがなかったから。だけど――。
「あっ!?」
「流れ星!」
「見た! 俺も見た!」
人生で初めて見た流れ星は、異世界の満天の星空を流れていったものだった。
元の世界に帰れますようにってお祈りしたかったなあ。
なんて思っていたら、またひとつ流れ星。子供たちと私は一緒になって歓声を上げて、首が痛くなるまで夢中になって空を見上げた。
その後、空気を読まないオークが突入してくるまで、子供たちと私との星空鑑賞タイムは続いたのだった。
翌日の移動の間に、ようやく目に見える変化が現れた。
今までは灌木程度で、大きな木は滅多になかったんだけど、それがちらほらと増え始めたのだ。
更に、私の視界のギリギリ限界くらいに、濃い色が広がっている。もしかしたら、森かもしれない。
進むにつれてそれが徐々に大きくなったので、この世界も丸いな! と私は妙な感動をしてしまった。地平線の彼方から何かが姿を表すとき、天辺の方から見えてくると言うのをまさに体験してしまったのだ。
それは別に子供たちには言わなかったけども、子供たちも変化を感じ取っていた。
「生えてる草が変わってきた」
「うん、猫じゃらし生えてる」
「やたらコボルト増えたー」
環境の変化は出てくるモンスターにも影響を与えていた。森が遠くに見え始めた辺りから、比率がちょっと偏り始めたのだ。
コボルトの群れの襲撃が3連続であって、お弁当と牛乳とペットボトルのお茶を落としていった。
移動してるときに飲めるものはありがたいんだよねー。
……なんて思っていたら。
「きゃあああ――!!」
「どうしたの、聖那ちゃん!」
「先生、あれ!」
聖那ちゃんが指さした先には、豆粒ほどの何かバタバタした感じの物が見える。
何だろうな、と私がそれを凝視していると、近づいてきたそれは黄色ベースに黒い目玉模様と赤いラインの入った巨大蛾――ジャイアントモスらしいことがわかった。
「うっ……」
き、キモい!! リアルモスラだ! きっとあれ鱗粉付いたりしたらやばい奴なんじゃないかな!?
「ちょうちょ?」
「ガじゃね?」
子供たちもちょっと騒然とする。
しかしばっさばっさと飛ぶジャイアントモスは移動速度があまり速くなくて、私はちょっと判断が遅れた。
その瞬間。
「いやあー!! 来ないでー!! 椅子、召喚!!」
今まで戦えなかった聖那ちゃんが力一杯振りかぶって投げた椅子が、とんでもない距離を飛んで蛾に正面からぶつかっていった。
凄い物を見たな!? あれ200メートルくらい飛んだよ!? しかも一撃で仕留めた!
友仁くんのオーガ戦の巨大化椅子とある意味同じくらいの凄さだった。
……なるほど、嫌いすぎて思わず椅子をぶん投げてしまうパターン。
ひとりでジャイアントモスを撃退した聖那ちゃんは、見たことない凄い形相で肩を揺らして息をしていた。
そして、ジャイアントモスがいたところに落ちていたのは、黄色と黒と赤の三層になったゼリーだった。まあ、午後のおやつってところかな……。でも、これはちょっと……いや、だいぶ嫌。
「絶対いらない! 誰か食べて!」
案の定、見たくないという態度全開で聖那ちゃんは目を逸らしている。
「これ、黒いところがコーヒーゼリーで、黄色いところがカスタードで、一番上の赤いところが苺ゼリーだよ?」
うん、私も聖那ちゃんの言い分の方がわかるなあ。
同じことを思う子が特に女の子に多かったせいか、ゼリーは半分くらい残った。
気にしない一部の子たちが喜んで残ったゼリーを平らげる。
それはバタバタした日常の中のちょっとだけ平和な光景で。
この後にくる嵐なんて、私は予測もできなかった。
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