7 桂太郎くんの椅子

 そういえば、お風呂に入っている間にカゴに脱いだ服を入れておいたら、上がったときにはきちんと畳まれた状態になっていた。どうも洗濯サービスまで付いているらしい。本当に至れり尽くせりで涙が出る。

 それと、新白梅幼稚園の子は「椅子は投げる物」と思ってるせいかどうかはわからないけど、椅子テント・椅子風呂・椅子トイレの発案者はみんなそれ以外の出身だ。

 ちょっと法則性があって面白いな。



 朝ご飯の肉うどんは美味しかった。コシのあるうどんにたっぷりお肉。野菜も欲しいなあと思ったけど、多分そう思っておけば昼ご飯には野菜が出るんじゃないかと思ってる。


 朝ご飯を食べ終わったところで、ステータスをチェックしてみることにした。昨日のオーガ戦と今朝のコボルト戦とで、結構な経験値を稼いだのでは? と思ったのだ。


「ステータスオープン」


 そう唱えれば、目の前に乳白色の板が現れる。その板も、刻まれた文字も、私にしか見えない。


 

  茂木もてぎ美佳子みかこ

 LV 20

 HP 72

 STR 21 

 VIT 21

 AGI 21

 DEX 21

 スキル:指揮 LV2、指導 LV1



 おおお。LV12から20に上がっている! 指揮もLVが上がってる! 嬉しいー!

 比較したら、HP以外の各項目は1ずつ上がっていた。

 芽依めいちゃんに聞いてみたら、HPは146、VITは59だった。

 ははははは。

 HP3桁か……。先生泣いちゃう。

 でもこれで計算ができた。



 HPは最低3、最大だと7あがる。初期値は15。

 それ以外のステータスは、最低1、最大3上がる。初期値は2。



 前回チェックしたときにHP以外の各項目が最大値だった6人の子はやはり3ずつ成長した59の数値を持っていた。

 こういう子は、強い。特性が強く出ていると、それを活かした戦い方ができる。

 まして、こちらは集団だ。友仁ともひとくんが高いSTRを持ち、その代わりにAGIとDEXが低かったとしても、それを補える子がいる。STRがそのまま攻撃力に繋がるなら、友仁くんは一撃必殺タイプ。オーガ戦なんかまさにそれだった。

 かえでちゃんは手数で勝負タイプになる。AGIを活かしたヒットアンドアウェイなんかもできる。――まあ、今のところは必要ないけども。

 

 でもヒットアンドアウェイは教えておかないといけないなあ。もし何かの理由でひとりでいるときに襲われたら、一発当てて煙幕を出し、距離を取ってから攻撃を繰り返すという戦術が必要になってくる。


 そんなとき私はどうしたらいいのかな。

 ………………逃げ回って誰かの側に行くしかないな!

 情けない……。



「先生……」


 ステータスを見ていたら、しょんぼりと肩を落として私の元に桂太郎くんがやってきた。表情も落ち込んでいて、なにやら放っておいてはいけないように見える。


「どうしたの、桂太郎くん。お話聞くよ?」


 しゃがんで目線を合わせると、桂太郎くんは美少女と見紛うほどの可愛らしい顔を歪めて、大きな目に涙を溜めた。


「大丈夫、なんでも聞くよ。どうしたのか話してくれるかな」

「……僕、どうしてもモンスターさんに椅子を投げられません……」


 真珠のような涙がぽろりとこぼれて、ふっくらとした頬を流れていく。

 桂太郎くんは優しい子だ。今までもずっと戦えなくて、椅子を投げる子たちの後ろで手を握りしめていた。モンスターさん、と言っているところをみると、桂太郎くんの優しさはモンスターにも向けられているんだろう。彼らが椅子で退治されることに、この子は同情しているんだ。

 

「桂太郎くんはそれでもいいと思うよ」

「いい……ですか?」


 私の答えが意外だったのか、桂太郎くんは不安そうな様子を隠さないままで問い返した。

 100人の子がいたら100の個性がある。それは絶対の真実。だから、戦える子と戦えない子がいるのは個性の違いで、そこに本来優劣はあってはいけないんだと私は思ってる。

 

「桂太郎くんが椅子を無理に投げたら、桂太郎くんの心が傷つくでしょう? それに、モンスターに椅子を投げることだけが全部じゃないよ。夏乃羽なのはちゃんも戦えないけど、椅子テントを出したよね。桂太郎くんだけができるって事があるかもしれない。

 先生はね、椅子はみんなの心をわかってると思うんだ。戦う気持ちがある子には戦う力を。そうでない子には、そうでない力を。――だから、焦ることはないよ。桂太郎くんが本当に何かをしたいと思ったとき、多分椅子が応えてくれるから」


 我ながら椅子に期待しすぎかなとは思うけど、実際椅子は子供たちに応えてくれている。そこだけは信じてもいい。


「焦らなくて、いい。……僕、何ができるのかな」


 まだ不安げな桂太郎くんのさらさらの髪を私はゆっくり撫でた。


「考えることも大事かもしれないけど、案外こういう事は考えなくても平気なことが多いんだよ。みんな『思いついた』って言ってたしね」

「……はい」


 深いため息をつくと、桂太郎くんは男の子達の集団に戻っていった。


 何ができるのかな、かぁ……。

 それは私が一番誰かに聞きたいよ……。



 お昼までの間に、私と一翔くんとで陣形の説明をみんなにした。

 その間にも3回ほどモンスターの襲撃があって、本当にこんな草原のまっただ中によく突っ込んでくるよな! と内心罵倒しつつ私は教えたばかりの鶴翼の陣でそれを迎え撃った。


 そしておやつにはカボチャクッキーと覚しきクッキーがドロップしたし、お昼ご飯は野菜多めのお弁当だった。ニンジンとこんにゃくとゴボウの煮物が入っていて、希望のぞみちゃんがこんにゃく落として泣いてた……。この子本当にこんにゃくの煮物が大好きなんだよね! 遠足のお弁当も煮物が入ってたくらいだもん。

 私はふたつお弁当を食べてるので、希望ちゃんにこんにゃくを分けてあげて、食後にお茶を飲んでお昼ご飯は終了。


 その後にまったりと遊んでいるときに事件は起きた。



「水たまりだー」


 六三四むさしくんがそんな声を上げたら、何人かの男子がわらわらとそちらに駆け寄っていった。

 小学生って水たまり大好きだよなあ……。


「わー、ほんとだ、キラキラしてる!」


 早速太一くんが足を突っ込もうとするので、「靴を濡らさないようにねー」とおざなりな注意をして私はぼんやりとそれを見ていた。

 

 ――そして、気付いてしまった。

 昨日はこの辺りに水たまりなんてなかった。もちろん夜の間に雨も降ってない。

 

 あれは、水たまりじゃない!

 


「太一くん、ストップ! それモンスターだ!」


 私が叫んだのと、それがぐにゃんと変形して太一くんに向かって伸び上がったのは同時だった。


「ぎゃー!?」

「椅子召喚!」


 太一くんの膝の辺りまでが、それ――スライムに飲み込まれる。そして即座に雄汰ゆうたくんが椅子を出してスライムに投げつけた。もうもうと煙が上がって、すぐに晴れていく。

 スライムは消えていたけども、太一くんは悲鳴を上げながら脚を押さえて地面を転がっていた。


 慌てて駆け寄ると、剥き出しになっていた脚の部分が真っ赤になり、皮が剥けるほどの怪我を負っている。

 スライムは飲み込んだ獲物を強酸で溶かして取り込む恐ろしいモンスターだ。TRPGをやっていた私の認識はそう。頭が尖った、一番弱いモンスターじゃない。

 あれに何度装備を駄目にされたか! 憎い! 


 それはともかく、強酸による怪我……どうしたらいいんだろう。流水で洗浄くらいしか私には思いつかない。しかも、本当に綺麗な水でなければ感染症を起こす可能性がある。川はちょっと怖い。


「昨日の、オーガが落としたお水は……」


 私が慌てながら辺りを見回していると、桂太郎くんが必死の形相で駆け寄ってきた。


「椅子召喚! えいっ!」


 桂太郎くんは、掲げた椅子を太一くんに向かって投げつける。何してくれるの、この子!? と思ったのは一瞬だけで、桂太郎くんが椅子を投げた意味はすぐにわかった。


 椅子を食らった太一くんは、衝撃を受けた様子もなく、きょとんとしていた。

 ――そして、彼の脚に痛々しく広がっていた傷は、綺麗に消えていたのだ。

 

「よかったぁ……」


 桂太郎くんがへなへなとその場に座り込む。そして、安堵のあまりか泣き出した。


「桂太郎、スゲェ!」


 転がり回るほどの痛みから解放された太一くんが、脚の様子を確かめるようにその場で跳びはねる。怪我は本当に何事もなかったように治っていた。



 これが、桂太郎くんの椅子の力。

 倒す力じゃなくて、癒やす力!


 

「桂太郎くん、凄い、凄いよ! これが桂太郎くんの力なんだね!」


 私が駆けよって彼の肩を叩くと、脱力している桂太郎くんはぐらんぐらんと揺れた。


「僕の、力……僕、太一くんが怪我したのを見て、夢中で……」

「うんうん、桂太郎くん、保健係で怪我の手当とか上手だもんね。頑張ったね、太一くんの怪我、桂太郎くんのおかげで消えたんだよ!」

「桂太郎、ありがとな! すっげー痛かったんだけど、今は全然平気!」

「太一くんは、いきなり見覚えない物に突っ込まないようにね!? 昨日水たまりなんかなかったでしょう? あれはスライムって言う怖ーいモンスターだったんだよ」

「えー、スライムって雑魚モンスターじゃないの?」

「本当は違うの! 可愛くなったのはドラクエからなの!」


 ぎゃんぎゃんと太一くんと言い合いをしていると、後ろで雄汰くんがぽつりと「スライムこえー」と言った。


「うん、怖いね、スライム……他のモンスターと違って近づいてくるのが全然わからなかった」


 一翔くんが雄汰くんの言葉に頷く。この子は視点が若干他の子と違うな、戦略眼があるって言うのか。

 そうだよ! と私は声を大にして言った。

 

「これからは、黄色いコンテナ以外は見慣れない物があったら近づかないで下さい! モンスターかもしれないからね!」


 太一くんが襲われたのを見ていた子供たちが真顔でぶんぶんと首を振って頷く。


 はー、スライム怖い。ほんと嫌い!

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