第28話 紡VSニコ

 息を切らしながら俺は湖畔広場に到着した。


 広場の中央には空を見上げながら立ち尽くすニコを見つける事ができた。


「——やっぱり君は来てくれるんだね」


 ニコはすぐに俺に気付いたようで視線をこちらへ向ける。


 その視線には期待と悲哀が混じっているようだった。


 そんなニコの表情から予想の範疇を出なかった考えが確信へと変わっていく。


 何故、ニコは俺達を生かしたのか。


 その理由は、多分殺すまでもないと判断したからじゃない。


「ニコ……お前がここにいるとは思わなかったよ。お前のお気に入りはあの公園だろ?」

「そうだね。一度来てみるのも良いかなって思って、ここは紡が好きな場所なんでしょ? 自分の好きな場所で死ねるなら本望だろう」

「……悪いが、俺はニコに殺されてやるつもりもないし、お前に世界を壊させなんてしない。町に大量に現れた魔獣シャドウはお前の仕業か?」

「そうだよ。彼等には目一杯暴れてもらうつもりだったんだけど、どうやら邪魔されたみたいでね。誰の力かは知らないけど、ここは元いた場所とは別の空間なんだろう? 全く……魔法ってのは本当に厄介だよ」


 ニコはそう言いながらゆっくりと近づいてくる。


 先の経験から距離を詰められるのは危険だ。ニコがどの範囲で能力ちからを行使できるかまだ分からない。


 そう思った俺は後ずさる。


「なんだよ紡。ビビってるのかい?」

「ビビっちゃいねーよ。警戒してるだけだ」

「そうかい。君がどこまで僕の能力ちからを把握しているかは知らないけれど、無意味だよ。今回は装備も整えているようだけど君は僕に勝てない。折角、生かしておいてあげたのに……紡が取るべき最良の行動は〝逃げる〟事だったんだよ」


 ニコの周りには盾状の結晶が幾つか作られていく。それと同時に、禍々しいオーラがニコを包んでいく。


 良く観察しろ。そして考えろ。


 あの能力ちからにだって、隙はあるはずだ。


 現在、俺とニコには五メートルほど距離がある。


 今、ニコが結晶を使って俺を拘束しないのは、少なくともここまでは能力ちからの範囲外だからだろう。


「今度こそ、さよならだね、紡」

「——違うだろ」

「違う? 君が僕に勝てない事は——」

「ニコ、お前本当はんだろ?」

「……何の話かな」


 俺はニコに問いただす。


「ニコが俺を気絶させる前にした顔、ありゃ世界を壊そうとしてる奴の顔じゃねーよ」


 ニコは少し驚くような顔を見せた後、腹を抱えて笑い出した。


「アハハ! それだけの理由で!?」

「ああ。何か問題あるか?」

「君って奴は本当に……まあいいや、それは自分の身を持って確かめるといいよ」


 そう言ってニコは歪な大剣を作り出し、両手で構える。


 ニコの作った結晶は身体の周りに浮かしている盾と手に持った大剣。


 全身を結晶で覆わないのは舐めているからか? いや、作り出せる結晶には上限がある可能性もある。


 とにかく、無闇に突っ込むのはやめた方がいい。


 でも、俺にはヒマリのように遠距離から攻撃する手段がない。


 逃げ続けるだけでは勝てない。


 俺は手に持った刀に目をやる。


「……だったら無理矢理にでも手段を作るしかないな」

「ん? 何を言って——」

「ごめん、師匠!」


 俺は刀を槍投げの要領で持ち、大きく振りかぶる。


 そして、良く狙いを定めニコに向かって力一杯


「ッッッ!?」


 風を切りながら一直線に刀は飛んでいく。


 少し雑な使い方をしてしまったが、今はこれしかない。


 後で紗希に土下座して謝ろう。


「ッガァ!!」


 不意を突いた一撃はニコの顔面に直撃する。


 その衝撃で仰反った隙を見逃さず、俺は一気に距離を詰めた。


「『麒麟』!!」


 そして、渾身の一撃を繰り出した。


「ッラァァ!!」


 正確にニコを捉えた俺の拳に確かな感触が伝わってくる。


 そのまま、後方へニコは転がりながら吹っ飛んでいく。


 俺は空中から落ちてきた刀をキャッチし構える。


 手応えは十分あった。できれば、これで終わって欲しい。


 しかし、そんな淡い期待はすぐに潰えた。


 ニコを殴りつけた俺の手の甲からは血が噴き出す。


 起き上がるニコを見れば、拳が当たった場所には剣山のような結晶を纏っていた。


「この程度じゃ僕は負けない。次は僕の番だ」


 ニコは姿勢を低くし力を溜める仕草を見せると、それを解き放つように飛び出した。


「っまずい!」


 俺はニコとは反対の方へ飛び、距離を保つ事を試みる。


「さっきのお返しだよ!」


 放り投げられた大剣が俺の目の前まで迫ってくる。


 防ぐ事を余儀なくされた俺は、刀を鞘に収めたまま薙ぎ払い、大剣を弾いた。


 その影から再び大剣を生成し携えたニコが襲い掛かってきた。


「しまっ——」


 すぐさまにその場からの脱出を試みるが、足は既に結晶で固められてしまっていた。


 頭上から大剣が振り下ろされる。


「——出し惜しみしてる場合じゃないな」


 俺は刀を鞘から引き抜く。


 それと同時に体中に力が漲ってくる。


 体の隅々まで、別の物に置き換わったような感じだ。心なしか、いつもより景色は鮮明に見える。


 頭上の大剣に合わして刀を交える。


 火花が散るほどの衝撃が伝わり、鍔迫り合いの形になった。


「ッッ!?」


 ニコは何か危険を察知したのか、すぐに後ろへ退いた。


 すると、足に纏わりついた結晶はいとも簡単に砕け散っていく。


 予想通り、ニコの能力ちからは無敵じゃない。


「妙な雰囲気だね……その刀」


 ニコは俺の刀を警戒しているようだ。


 今アイツの能力ちからで判明している事は、結晶の生成自体は可能な範囲は限られている事、そして範囲外の結晶は強度が下がる事。


 結晶の操作をできる範囲はまだ分からないが、遠距離からの攻撃をしてこないあたり、強度が下がるの嫌っているのだろうか。


 相手に飛び道具が無いのは大きな利点だ。


 段々と勝機が見えてくる。


「なあニコ、お前はこの世界をどうして壊したいんだ?」

「……」

「多分さ、俺はニコの十分の一も――いや、百分の一だって知らないかもしれない。何にも知らないんだ、お前の事。でも、それでも〝友達〟だ。戦いこれが終わったらちゃんと話そう。全部、受け止めてやるから。だから、お前も受け止めろよ、俺の全力を」


 俺は刀を両手で握るために、鞘を投げ捨て、いつもの構えを取る。


 剣先は地面に、肩幅ほどに開く足、力みすぎず緩みすぎない体幹。


 一度、深呼吸をして気持ちを整える。


「夜式一刀流奥義『花々舞々かかまいまい』」


 俺は一気に自身の出せる最高速に達し、ニコへ突っ込んでいく。


「ッッ!?」


 そして、すれ違い様に一太刀。しかし、最初の一撃は反応され、大剣で防がれてしまった。


 俺は一旦ニコの能力ちからの範囲外へ出ると直ぐさま方向転換し、再びニコへと斬りかかる。


 今度はニコを守る盾に斬撃を加え、再び範囲外へ離脱する。


 この技は『麒麟』と『大蛇』の歩法術の特徴を組み合わせた技だ。


 スピードの乗った直線的な動きにうねりを加えて、それを斬撃に乗せることで威力を上げ、また脱力をコントロールする事で、多少無理のある方向転換を可能にし、連続で相手に斬りかかる事ができる。


 超高速のヒットアンドアウェイで相手を切り刻む。


 それが夜式一刀流奥義『花々舞々』。


「ッックソ! 捉えられない!?」


 俺はニコに息もつかせぬ連続攻撃を仕掛ける。


 ニコは動きを止めようと俺の足下に結晶を作り出すが、至近距離でなければ強度の弱い結晶は簡単に脱出できた。


(このまま、一気に押し切る!!)


 徐々に攻撃のテンポを上げていく。


 一撃、また一撃と鋭さを増していく。


「うぉぉらぁぁぁぁ!!」


 結晶を全て切り刻み、刀を反対へ持ち替え最後の一撃をニコへ繰り出していく。


「――まだだよ」

「っな!?」


 しかし、その一撃はニコに届かなかった。


「紡、君は本当に優しいね。刀を峰打ちに持ち替えなければ、僕の結晶は間に合わなかったよ」


 ニコに刀が触れる直前、俺の体中に無数の結晶が突き刺さる。


 体験した事のない痛みが全身を襲い、体の自由が効かなくなる。


「ガハァッ!!」


 傷口からドクドクと溢れ出す血が地面に血溜まりを作っていく。


 微睡む意識の中、脳内では走馬燈のように記憶が蘇ってくる。


――なあ、紡。戦いにおいて勝敗を分ける一番重要な事ってなんだと思う?


 紗希が問いかけてくる。

 

 そういえばこんな話した事あったっけ。


――まあ私の持論なんだけどさ、強さも技術も、勿論重要なんだが、最後の最後まで振り絞ったとき、残るもんは一つだと思うんだ。それはさ――


「〝根性〟だ!!」

「ッッ!!?」


 どんな痛みも関係ない。


 まだ動かせる部分は残ってる。


「オラァァァァァァァァァ!!」


 振り絞った一撃。


 それは正真正銘、全力を込めただった。


 頭突きを脳天に喰らったニコはその場に倒れ込む。


「ハァ……ハァ……終わった……のか……」


 俺は倒れたニコの傍でへたり込み、息を整える。


「ニコ……」


 どうやらニコは気絶しているようで、無防備な寝顔をさらしている。


 俺はそっとニコの額に手をやった。


 すると、突然ニコの体が青白い光に包まれる。


「な、なんだよ……これ」


 よく見れば、俺の体も同じ様に光を纏っている。


 光が強くなるにつれ、何故か段々と意識は遠のいていき――そうして、俺はの世界へと落ちていった。

 



 


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