第11話 ヒーロー

 魔獣シャドウ討伐後、気を失っている夕をつれて俺は病院を訪れていた。


 夕はどうやら睡眠薬で眠らされていたようで、命に別状は無く時間が経てば目を覚ますとのことだった。


 夕の両親と警察には〝町を探しまわり見つけた〟とだけしか伝えていない。犯人のことを話すと色々ややこしくなりそうだからな。


 この件に関しては誘拐事件として扱われるそうだが、犯人は既に化け物となりヒマリが倒してしまったため、気の毒だけど真相は闇の中ってことになるだろう。


 ヒマリが廃墟で大暴れしたことについては、幸い人の少ない場所だったこともあり大騒ぎにはならなかったが念のため紗希がに報告するそうだ。


 紗希の実家のことはよく知らないけれど魔獣シャドウ関連の事情を知っているらしく色々と根回ししてくれるらしい。どんな一族だよ。こえーよ。


 そんなこんなで一段落ついた俺はベッドですやすやと眠る夕の寝顔を見ながら、ベッドサイドのイスに腰掛けている。


 日はあと三十分もすれば沈むだろう。窓からは心地の良い風と共に眩しいくらいに夕日が差し込んでくる。


「夕……本当に無事で良かった……」


 そっと夕の頬を撫でながらそんなことを呟いてみる。


 もし彼女が無事でなかったら俺はどうなっていただろうか。正直、上手く想像できないし考えたくもないけれど。


 でも、そうなる可能性だって充分にあった。


 誰もが幸せになる権利があるように、誰だって不幸のカードは持っている。


 今まで魔獣シャドウの餌食になった人達を少なからず知っている。


 何の関係もない。ただ無差別に降り注いだ事故みたいなもの。


 そんな不幸が自分の親友や大事な人達を襲ったとき、俺は守り切れるだろうか。幸せな未来へ導くことができるだろうか。


 全て守りたい。失いたくない。そんなわがままを、これからもずっと抱き続けるんだろう。


 きっとそういったわがままを切り捨てていくのが、〝大人になる〟ってことの一つなのかもしれない。


「ツー君……ここは……」

「――夕! 目覚めたか!」


 夕はゆっくりと目を開きこちらへ視線を向ける。その瞳は少し虚ろで、まだ意識ははっきりとしていないようだった。


「……あれ? あたし……友達のノート借りにいこうとして……それで、どうしたんだっけ?」

「もう大丈夫だから。夕は何も心配しなくていいぜ」


 掛け布団からはみ出た夕の左手を優しく握る。


 その手は小さくて暖かった。


「そっか……。ツー君が助けてくれたの?」

「うんまぁ、そんな所かな」


 本当はヒマリにかなり助けられたんだけど夕に話すわけにはいかない。


 今度機会があればちゃんと紹介しようかな。


「あのね。ずっと夢を見てたの」

「夢?」

「うん。すごく怖い夢……。でもね、ツー君が助けてくれるって信じてたら本当に助けにきてくれた……」

「うん……」

「――やっぱりツー君は〝ヒーロー〟だったね。ありがとう、ツー君」


 そういって笑う夕の顔は夕日よりも眩しくて、直視できなかった俺は視線を横に外す。きっと顔はこれ以上無いくらいにやけているだろう。


 カーテンが緩やかに風に揺らされている。

 暫くの間、俺は夕の小さな手を握ったまま取り戻した平穏を噛みしめていた――。

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