第12話 実は甘い物とか好きだったりする
〝パシン〟と乾いた音が連続して道場に響き渡る。
夏休みもいよいよ終わりに近づき、季節は九月を迎えようとしていた。
八月も後数日で終わるというのに、厳しい残暑を予感させる猛暑が連日続いている。
ヒマリがうちに来てから三週間。
夕の事件以降、
ヒマリは
どうせ居座るならウサギの方が良かった。
ヒマリは人間界の暮らしにもある程度慣れたみたいで、うちの料理当番はヒマリの役目になっていた。
そんな彼女は最近マンガにハマっているようで、俺の部屋に入り浸っては毎日読み漁っている。
なんでも新しい技のイメージが湧くとかなんとか。
今日は久々に紗希が稽古をつけてくれることになり、朝方から二時間はかれこれ竹刀をぶつけ合っている。
「脇が甘ぇぞ! 踏み込みはもっと強く! そんな教え方してねぇだろーが!」
「ぐぅっ!」
二時間の中で俺は紗希から一本も取ることは出来ていなかった。
「対応がおせぇぞ! だから童貞なんだよ〜」
「それは関係ねぇだろ!!」
上、右、左と次々と重い一撃が飛んでくる。一発一発の対応だけで体力が削られていく。
その威力は紗希のすらっとした体型からは想像のできない力だ。
「くっそ! 『麒麟天昇撃』!!」
『麒麟』から繋げる『天昇撃』はスピードを殺さず剣戟へと乗せることで威力を倍増させる技だ。
一旦距離を取ったあと、一気に詰め寄り竹刀を左上へと振り上げる。
「甘いねぇ」
紗希の右手首を目掛けて振り抜こうとした竹刀は空を切り、気づけば俺の手首に紗希の竹刀が振り下ろされていた。
「っっんぐぅ!」
竹刀は地面に叩き落とされ、武器を失った俺の首すじに紗希は竹刀をちょんと当てる。
「はい私の勝ちー!! 紡よっわ〜。」
「っくそ……。相変わらず強すぎんだろ……」
「これで私の三百勝目かな? 早く師匠を越えられるといいな」
稽古が始まって十年くらいか。未だに紗希に勝ったことはない。
紗希はにやにやしながら、座り込む俺を見下ろしている。
「はあ……。もう少し相手してもらっていいか?」
「いいぜ〜。いくらでも付き合ってやるよ」
再び竹刀を交える。
ちくしょう。もう長い時間動きっぱなしなのに全然動きが鈍くならないな。どんなスタミナしてやがるんだよ。
「ほれほれ〜。太刀筋がぶれてきたぞ〜。腰入れろ腰!!」
一方俺の方はどんどん体が重くなっていき、竹刀を握る手のひらにはマメができている。
「ところで紡。最近はヒマリとどうなんだ」
「ヒマリ? 別になんもねーよ。俺のマンガを読み漁ってるだけだ」
「そうか。ならいいけど。うちは不純異性交友は禁止だぜ?」
「はぁ!?」
「隙あり!」
紗希の言葉に動揺した俺は一瞬動きが鈍ってしまった。その隙に紗希は俺の竹刀を弾き飛ばす。
「はいまた私の勝ち〜! 三百一勝目だな」
「ずりーだろ! てかなんだ今の質問は!」
「え〜。だって年頃の男女がひとつ屋根の下って不健全だろ? お前スケベだし」
「なんもあるわけねーだろ! スケベでもねーし!」
「まあそっか。お前は夕にぞっこんだもんな」
「夕にもそんな感情を抱いたことねーよ!」
思春期の男子になんてこと聞きやがるんだこいつは。何か身内にそういう話されるのは妙に小っ恥ずかしい。
これは人類の七不思議の一つだと思うな。うん。もう少しデリカシーを持って欲しい。
「いやお前もデリカシーないだろ」
「心読まれてる!?」
「顔に全部出るからな、紡」
そ、そうだったのか……。案外、俺もヒマリのことは馬鹿に出来ないかもしれない。今度から気をつけよう。
「まあとにかくよ~」
「うん?」
紗希はくるっと後ろを向くと俺と反対の方向へ歩き出す。
そして、壁際まで辿り着くと壁についたある傷跡を感慨深そうに眺める。
(あの傷……。もう三週間も前か)
その傷は初めてヒマリと出会った時、あいつが俺のことを化け物と勘違いしてつけた傷跡だった
最初は魔女だの魔法だの、何が何だか分からなかったけれど今ではすっかりヒマリはうちに馴染んでいる。
受け入れられなかった状況も慣れてしまえば何てことはない。
「ヒマリのことは大事にしろよ?」
「大事にしろって……。別に仲悪くはないと思うんだけど」
「そうじゃなくてさ」
紗希は俺の前に立つと頭をわしわしと撫でる。
「あの子との出会いはきっとお前の世界を変えてくれる。そういうこと」
「はあ……。良く分かんねーな」
「まっ。紡は馬鹿だからな。頭で考えても分からねーよ。だからよ、頭じゃ無くてここで考えろ」
そう言って紗希は自分の心臓のあたりを親指でとんとんと小突いている。
「うわ~。今時そんなハートフルなこという奴いねぇよ。さっむ」
「うるせぇぼけ!! さっさと買い出し行ってこい! 今日はお前が当番だろ」
「へいへい」
俺は竹刀を壁に立てかけ道場を後にする。
リビングへと戻るとヒマリがソファーでくつろぎながらニュース番組を見ていた。
その無防備さといったら「家族に裸見られても全然恥ずかしくないし!」ぐらいのレベルまで達していると思う。
思春期の男子が一緒に住んでるよってことをもう少し自覚してほしい。
「あっ。お疲れ紡~。どうだった~」
「ぼこぼこにされた。完膚なきまでにたたきのめされた」
「ふ~ん。そうなんだ~」
ふ~んって……。興味ないなら聞くんじゃねーよ全く……。
ヒマリはテレビに視線を向けたまま手に持ったプリンを――プリン? まさかこいつ!!
「おい! そのプリンって――」
「ああこれ? 冷蔵庫にあったから食べちゃった」
「馬鹿! それは紗希のプリンだ! まじかよ……」
俺は頭を抱えながらしゃがみ込む。
「え? 何? そんなにやばいことしちゃった?」
「数年前、俺が勝手に食べたときは家が半壊した……」
「ええぇ!? プリン一つでそんなことに」
「何でかは知らんが、プリンは一週間に一個までって決まりがあるらしくてな。すげー楽しみにしてんだよ。まあ、丁度買い物に行くとこだったし。バレる前に元に戻せば大丈夫だろ」
「う、うん。私も行くよ」
そういってヒマリは出かける準備を始めた。
最近は日中に出かけることも多くなったので、ヒマリには昔俺が使っていたキャップを被らせることにしている。
晴風町はどちらかと言えば。いや、どちらと言わなくても田舎なのでヒマリの容姿は悪目立ちするからだ。
「よ~し。準備おっけ~。いざ買い物へ出発~!」
そんなに気合い入れなくてもいいだろ……。
俺とヒマリは意気揚々と買い物へとでかけることにした。
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