第7話 紡と夕

 かんかん照りの日差しの中、俺は近所のコンビニに向かって歩いていた。


 全く……。昨日から急展開過ぎて、頭が全然追いついて来ない。


 魔法を使う少女が現れたと思えば、次の日にはうさ耳の女の子が登場と来た。


 一体神様は俺に何を求めているのだろうか。


 昔、クラスの誰かが教室で「ハーレム作りてー!」と叫んでいたのを思い出す。


 今の俺だったら自信満々にそいつに言ってやれるだろう。そんなに良いもんじゃないよって。別に周りに女の子が(正確には紗希は御歳二十九歳なので女の子って年齢じゃない)沢山いても、そこは天国じゃないよって。まあ、恐らく原因は紗希なんだけど。


 そんなイライラを募らせながら、コンビニへと入る。


 中は冷房が効いていて、外との気温差で軽く身震いしてしまう。


 一通り見て回ろうと店内を歩き回っていると、アイスコーナーで見知った顔に出くわした。


「おっ。夕じゃん。買い物か?」


 真面目な雰囲気でアイスを吟味する幼馴染みに声を掛ける。


 少々驚かせてしまったようで、夕はビクっと飛び跳ねながら、


「ツー君!? え、えっと、ひ、久しぶりだね!」


 と、しどろもどろに応答した。


「久しぶりって……。昨日うちに来たじゃねーか」

「あっ! そういえば昨日——っっは!」


 何かよからぬことを思い出した様子で、夕は焦り出す。こいつ、まだ勘違いしてるのか。


「そ、その、昨日は驚いちゃって。現実を受け入れられなかったっていうか……。わ、私は! 何があってもツー君と友達だからね!」

「お前の中でどーゆー展開になってんだよ……。多分、すげー勘違いしてるぞ?」

「え!? 勘違い?」

「弁解してやるから、アイスでも買って行こうぜ。最近行ってなかっただろ?」

「そ、そうだね。行こっか!」


 コンビニから出て五分程歩くと、湖のほとりに辿り着く。


 晴風町は一周約二十キロメートルの湖に面しており、そのほとりにある湖畔広場は俺と夕のお気に入りスポットだ。


 紗希のスパルタ稽古に耐えきれなくなった時は夕を連れて、広場に行きよく慰めてもらっていた。


 広場につくと、いくつかあるベンチの一つに俺たちは腰掛ける。


「夕は何のアイス買ったんだ?」

「えっとね、ジョリジョリ君の新作、おでん味だよ!」

「中々エキセントリックだな……」


 珍妙なアイスに夕は嬉しそうにかぶりつく。一口あげるって言われても絶対断ろう……。


「そ、それで昨日見たあの人は……」

「あー。あいつはな。紗希のなんだ。夏休みだから遊びに来てるんだよ」


 馬鹿正直に、「あいつは魔界から来た魔女なんだぜ!」なんてことは言えないので、当たり障りのない嘘をつく。


「へ、へぇ~……。随分と派手な髪色してたけど……高校生の子?」

「そ、それはだな。あいつバンドとかやってるみたいで、あーゆー髪色にしてるっていうか。校則とか知ったこっちゃねーって感じで」

「す、すごいね。アーティストだね……」


 すまん、ヒマリ。お前の知らない所でめっちゃパンクな奴になってるわ。


「だから、夕が勘違いするようなことは一つもねーよ」

「そっか……。私はてっきり、ツー君に彼女でもできたのかと」

「んなわけねーだろ」


 誤解が解けた夕は安心したようで、ホッと胸をなで下ろした。


「そういえば、ツー君とゆっくり喋るのも久々だね」

「そうだな~。二年生になってクラスも別になったし。ここにくる機会もあんまりなかったもんな」

「昔はツー君、すぐ私に泣きついてたもんね」


 夕はイタズラな笑顔をこちらへ向ける。うん。夕は今日も可愛いな。


「う、うるせーな。あいつの稽古が厳しすぎるんだよ。教育委員会に言えば一発アウトだな」

「アハハ……。最近は紗希さん厳しくないの?」

「そうだな。高校に入ってからは、稽古の数も減ったしな。今は自主トレがメインだ」

「そっかそっか。ヒーローは大変だね」

「ヒーロー? 何だそれ」

「だって、ツー君。部活にも入ってないし、特にスポーツもやってるわけでもないのに体鍛えてるから。町を守るヒーローでも目指してるのかと思って」

「そ、そんなんじゃないし!」


 そういえば、紗希が稽古を嫌がる俺によく言っていた言葉がある。


(お前はみんなを守るヒーローなんだぞ!)


 まだ幼かった俺はそんな単純な言葉に釣られて、稽古を続けてたっけ。


「でもたまにね。なんとなく、ツー君は本当にヒーローなんじゃないかなって思う時があるよ」

「え?」

「本当になんとなくね。だってツー君は優しいでしょ? いつだって夕のことを大事にしてくれるもん。口で言うほど簡単じゃないと思うな。誰かを大事にするってのは。だから、そう思わされちゃうのかなー。なんてね」

「……そっか」


 女の勘は鋭いって言うけれど、本当にそうなのかもしれないな。


 もちろん、夕に化け物――魔獣シャドウのことは一度も話したことはない。


 恐らく、夕は話せば簡単に信じてくれるだろう。そう言い切れるのは、俺が彼女のことを心の底から信頼しているから。


 それでも話さないのは、危険なことには巻き込みたくないし、魔獣シャドウに怯えながら暮らして欲しくはないからだった。


「さ! そろそろ帰ろっか。夏休みの宿題やらないとね」


 夕はベンチから立ち上がり、背伸びをする。


「宿題かー…。やりたくねーなー」

「ちゃんとやらなきゃ駄目だよ? そうだ! 明日図書館で一緒にやろーよ! しょうがないから教えてあげよう」

「マジで! さすが仏の夕様。いつもありがとうございます」

「その内、ツー君は私のヒモになりそうだね……それじゃまた明日! 十時くらいに迎え行くから!」

「りょーかい。また明日な」

 

 夕は軽く手を振ると、小さな背中をこちらへ向けて歩き出した。


 鼻歌が聞こえてきそうな、そんな後ろ姿にどうしようもなく愛おしさを感じた。

 

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