【第一部】ディストピアをディストピアと呼ぶこの世界は、ディストピアではないのかな。

コンノ・ユカル

第一部

 こんな風に昔話をするならば、まずは僕が「どこで生まれた」とか「親の仕事の都合で海外に2〜3年住んでた」とか、そんなくだらないことをいうべきなんだろうけど、とてもそんな気にはなれないな。

 

どうも先週から調子が悪くってね。


僕がどんな人生を生きてきたかを、君は少しくらい気になるかもしれないけど、僕は全部すっかり話してしまう気にはなれないんだ。


今僕が話そうと思うのは、僕が17歳だった秋のくだらないドタバタのことだよ。


_____


 君にはおかしなことに聞こえるかもしれないけど(君がまともな人間だという前提で話している。)当時は、外出するときには誰もマスクなんてしてなかったんだ。


マスクをしてたのは、風邪をひいているのに仕事に行かなくてはならない哀れなやつらと、醜い唇の形を隠したい高校生だけだった。


当時僕は、TOKYOというハナクソみたいなところに住んでて、主な移動手段は電車だった。


電車に乗っていても、マスクをしてる奴なんていやしなかった。


君は電車が好きかもしれないけど、君が電車が好きか嫌いかは、いったん置いといてさ、TOKYOの電車なんざ真っ当な人間の乗り物じゃあなかったんだよ、特に朝のラッシュ時は。


おしくらまんじゅうで日本一を狙ってるか、サンドイッチの具になりたい奇妙な人たちくらいしか、乗りたいなんて思っていないんじゃないかな。


「よーし、山手線でトレーニングだ、今日こそ3周するぞ!」


とか


「アタシ、トマトちゃんよ、お汁たっぷり!つ・ぶ・し・て」


みたいな奴らさ。


それ以外で電車に乗ってるのは、女子高生か、女子高生に痴漢しようとしているクズか、痴漢ではありませんアピールをするために両手でつり革につかまっている人々、この3種類しかいないんだ。


ほんと参っちゃうよね。

_____

それでさ、誰もマスクをしていないんだよ。


信じられるかい?


定員の倍近くの女子高生とか痴漢とか痴漢じゃないイノセントピープルが詰め込まれているのに、マスクをしているのは風邪をひいたやつか変な口をしたやつだけなんだよ。


でも当時は誰もそんなこと気にしていなかった。

_____

僕は、TOKYOの西寄りにある私立高校に通っていたんだ。


そう、電車でね。


そこそこ有名な学校だったよ。


なんて名前だったかな、WAとかSEとかDAみたいな、そんな名前だった気がするよ。


君はそんな学校名きいたことないよというかもしれないけど、当時はそこそこ有名な学校だったんだ。


入試の倍率もそこそこ高かったけど、小学生の頃から受験戦争の最前線に立たされていた僕は、入試は得意なんだ、そこそこ。


まぁ、とにかく、僕は電車で両手をつり革にひっかけながら、そのWAなんとかっていう高校に通ってたんだ。

_____

このWAは、クソみたいなインチキ野郎の巣窟なんだ、ほんとに。


やつらと同じ教室にいるとどうしようもなく気持ち悪くなって、誰だって剣道場裏の誰も来ないトイレに行ってタバコの一本でも吸いたくなる。


え、タバコを知らないって?


タバコっていうのは骨董品の一つでさ、ヤニとも言うんだ。


燃やして使うから消耗品でもあるんだけど。最近は見ないなぁ、この前質屋で一箱3万円で飾られてたような気がする、


それくらい珍しいよね。


タバコの説明はこれくらいでいいかい?


とにかく僕はこの学校が大嫌いだった。

_____

 なんでかって、例えば期末テスト当日に「やべーよ、全然勉強してねーよ」って言うやつ、君の学校にもいたと思うんだけど、この学校は違うんだ。


もちろん「全然やべーよ」君だらけなんだけど、この学校の奴らときたら、テストが配られる前の休み時間に固形のブドウ糖を舐めるんだ。


なんでか、わかるかい?


脳みそに最短でエネルギーをぶちこむためには、ぶどう糖がもっとも効果があるんだってさ。だからそいつをテスト直前に舐める。


ぺろぺろと。


でも、そんなの目立つだろ?「なぁ、お前テスト前に何舐めてんだ」ってね。


そしたら「ぶどう糖だよ。脳に最短でなんやらかんやら(ドヤ顔)」とか説明しちゃうわけ。


そしたら当然さ、「え、そんなのあんのかよ!おい、一粒くれよ!」ってなるじゃん?


そしたら「え、何何?いいなー俺にもくれよ!」ってフォロワーが現れるじゃん?


ゾロゾロと、50人くらいさそりゃバズるよね、そんなツイート。


そしたらどうよ、そいつの1袋18粒入りのぶどう糖はあっという間にどんどん減って


「おい、次の古文用がなくなるじゃねーか、もうやめろ、自分で買え!」


「お願いだー、頼むよ〜、俺物理は全然勉強してなくてやべーんだって!」


みたいな寸劇が繰り広げられるわけだ。


そんなクソみたいなやりとりを目の前でされたら、君だって嫌になっちゃうんじゃないかな、実際のところ。

_____

このWAでは毎年秋に文化祭が行われているんだ。


10月の最初の土日だったかな。


とにかく秋だ。


秋は最高だ、僕は秋が好きなんだ。


夏ほど疲れないし、冬ほど落ち込まない。


学ランにマフラー巻いて、両手をポケットに突っ込んで歩くのに丁度いい。

もうこれ以上何もいらないんじゃない?とさえ思ってしまう最高の季節だよ。

_____

学ランを知らない、とは言わないでおくれよ?


日本男子の華麗なる正装なんだから、ブレザーではなくてね。僕が中学生だった時も、制服は学ランだった。


卒業式の日には、学ランのボタンを後輩にあげるんだ。


もちろん、ねだられた場合のみだよ。


僕はそこそこポピュラーな卒業生だったから、ボタンは全てなくなってしまった。ベルトまで欲しい奴がいたからあげてやった。なんだかカモられているように聞こえるけどね。

_____

でも、中学2年生には底抜けの欲があるから、仕方がないよね。


僕だって中学2年生の時、卒業する先輩のところにいって「なにかください」の一言よろしく、その人の卒業アルバム用に取られた写真を一枚もらった。


すごくかわいい先輩で、頭はすごく悪かったんだけど、憧れだったんだ。


ボーイッシュなショートヘアで、笑うと八重歯がちょっと見えて、とにかく歩き方がキュート。


まるでフェレットと幼稚園児を足して2で割ったような歩き方をするんだ。


誰が見ても「うん、歩き方がとびっきりキュートだね」って言う。

君もきっとそう思うんじゃないかな。


その先輩の歩き方が大好きで、1年の時はまともに目を合わせられなかった。


廊下ですれ違った時に「きみ、背がたかいねー!いくつあんの?」なんて言われた日には、自分の高い身長を神棚に飾りたくなったよ、マジでさ。


僕は身長が180センチくらいあるんだ。

_____

その先輩が卒業するときには、僕は180センチの中学2年生だったから「なにかください」とか普通に言えちゃうんだよね、まったく。


「先輩、卒業おめでとうございます。」


「あ、うん!ありがと。」

 先輩は、カバンを椅子にして、校庭の中央あたりに座っていた。


「先輩、なにかください。」


「え。えっと、うーん、そうだね、なにかあるかな・・・。男の子はボタンをあげるけど、女の子は何あげたらいいのかな・・・」

 先輩は、卒業おめでとうと書かれた紅白のバッジが着いたカバンの中を漁りながら、少し困った顔をしていた。


「なんでもいいんです。」


「う、うん、、、(ゴソゴソ)なにもないと思うんだけどな、、、シャーペンとか、、、?横でノックできるやつだし、、、うわ、汚ったない、、、あ!これでいいかな、卒アルの写真なんだけど!」


「はい!(うおっ、かっわいい!!)ありがとうございます!」


「こちらこそだよ!」


「はい!ありがとうございます!高校でも頑張ってください!」


「うん!」


「では!」


その先輩は、妙子(タエコ)さんという名前だったんだけど、「おばあちゃんみたいな名前でやだ」ったみたい。でも僕はとってもかわいい名前だと思っていたよ、本当にね。

_____

 高校に進級した僕は、ボタンも新調された学ランをきて、両手をポケットに突っ込みながら、朝の通学路を歩いていたんだ。


とてもいい気分だったよ。


なんていったって秋だからね。


側溝に詰まった落ち葉だって、晩年の住処を獲得したような落ち着きがあった。


それに僕は、ほんの1時間だけだけど、遅刻していたんだ。


これはどうしようもないことだから君にもあんまり幻滅して欲しくないんだけど、僕は冷えてくると決まって朝にお腹を痛めてしまうんだ。


だからトイレに寄っている間に電車に乗り遅れるってことがザラにある。


電車がホームにくる3分前くらいからお腹が痛み出すんだ、いつだってね。


そもそもいつも乗ろうとしている電車は、授業に間に合う最後の電車だったから、こいつを逃すともうアウトってわけ。


僕のご機嫌なお腹は、寒い朝に、雨なんて降っていると確実に、ちょうど電車に乗らなくてはいけないタイミングで、どうしようもなく痛くなったりする。


電車は、僕のことを1秒たりとも待ってはくれない。


やれやれ。朝から終電なんて逃したくないよね。

_____

でも、そのおかげで・・・・・

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