丘の上

くれさきクン

第1話

    丘の上



 丘の上、私は宇宙船が来るのを待っていた。

 ごちゃごちゃとした街を見下ろす。それに比べてこの丘の、なんと静かな事だろう。……

 ………………


『丘から見える、夜の街の光の中、ミユちゃんの家を見つけた。ミユちゃんはお金持ちで、家も大きい。わたしの家より、ずっと大きい。けれども、人間の価値は、そんなところで測れるものではない。ミユちゃんは、よく人の悪口を言っている。そのくせ、いつでもニコニコ、いい子みたいな顔をしている、わたしは、嫌いだ。

 ヒロキくんのマンションもあった。ヒロキくんはサッカーが得意で、いつも面白いことを言うから、みんなに好かれている。ヒロキくんの妹は、去年の秋に死んでしまった。みんなで千羽鶴を折った。つらかったのだと思うけど、ヒロキくんはそういうところを、あまり人に見せたがらない。わたしなんてまったく頭が下がってしまう。せめてわたしにも、何か悪いことが起きればいいと思う。

 わたしの家の光もあった。今ごろ、わたしを捜しているだろう。お姉ちゃんは、真っ赤な自転車にまたがって、町中を走っているだろう。そのキレイな自転車は、お姉ちゃんが誕生日に買ってもらったもので、一度乗せてもらおうとしたら、わたしにはちょっと大きすぎて、危うく転びかけたところを、お姉ちゃんは慌てて抱きとめて、――わたしたちはカラカラ笑ったのだった。……』

  

 ……宇宙船がやって来た。頭の上でくるくる回る。……

 ………………


『寝転がると、真っ青な空が、一面に広がっていた。


 まったく陳腐な表現だとは思うけれど、じっさいに、真っ青な空が、ただ一面に広がっていたのだ。とにかく、それだけでじゅうぶんだ。私がこう言うことによって、同じ空を見たことのある人の目には、キレイな空が見えるのだ。

 私の遥か上には、あなたもきっと見たことがあるような、すばらしい青空が広がっていたのです。そう、いくつかは、薄い雲も浮かんでいるね……

 雲は、ゆっくりと、ここからは分からない強い風にあおられて、視界の右から左へ移動してゆく。……

 まるで馬鹿のように、丘の上に転がって、まったく、恥も外聞もあったものではない。こんなところ、同級生にでも見つかろうものなら、はっきり言って、切腹ものである。もちろん切腹なんてしない。それどころか、私は昔の農民たちが一揆の時にみんなで押したという、血判というものが押す気になれない。これから戦おうというときに、わざわざ指先を傷つけなくとも、他にいい考えはいくらでもあったはずだ。指をケガしたことのある人なら、たぶん分かると思うけれど、指先の傷口は、なかなかふさがらない。ふさがらない上に、開きやすい。だから、当時の農民たちが、クワを持って戦ったのか、スキを持って戦ったのかは知らないが、そんなものを力いっぱい握りしめただけでも、指の傷口はぱっくり開いて、とてもじゃないけど、戦争どころじゃなくなるだろう。不退転の決意はいいがそれじゃあ本末転倒である。もちろん私には、そんなことはどうでもいいのだけれど……

 空を呑気に眺めるうちに、考えはどんどん、変な方向へ行ってしまった。いまこの丘の上で、農民たちの指の話なんて、それがいったい何になる。まったく、バカバカシイたらありゃしない、私が考え事をしようとすると、いつもこうだ。たまには真面目に、生きていかれんものか。……』

 ………………


 ……鹿の頭をした人が、宇宙船から降りてきた。ひと時も目を離さず見つめていたら、向こうもこちらに気が付いた。

「ひょっとして、宇宙船に乗りたいのですか?」

 私がこくりと頷くと、鹿のような人は、少し困ったように、宇宙船を振り仰いだ。

「そうですねぇ、……でも、宇宙船の中はいっぱいなんですよ。ここには、ただ燃料の補給に立ち寄っただけで。お気の毒だとは思いますけど、他の宇宙船を待っていただけますか」

 そう言って、鹿人間は頭を下げて、スラックスのポケットからビニル袋を取り出し、その中にいっぱいの空気を詰め込むと、私に背を向け、そそくさと宇宙船に引き揚げていった。


 まもなく、宇宙船は去った。

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丘の上 くれさきクン @kuremoka

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