第20話 禿げとロマンス

 数時間前のことである。

 僕はセシリアさんと一緒に食料倉庫に隠れた。

 料理長から毛布を渡されたが寒い。


「セシリアさんどうぞ使ってください。暖炉が無いのでとにかく被ってください」

 と毛布を渡し少しでも暖かそうな所を探してみる。ここにもいつ兵士達が探しに来るか判らない。隠れ場所を確保しなければ。


 一応小さな作業台があった。


「ここに布をかけて下に隠れるのはどうでしょうか?」

 と提案したらセシリアさんは首を振る。


「いい案だと思いますがあからさま過ぎて怪しいですわ。あの箱はどうでしょう?」

 と少し大きめの箱を指さした。

 中には林檎が入っていた。セシリアさんは空箱をいくつか発見して林檎の中身をすり替えた。

 僕も手伝い、何とか隠れられるようになる。


 箱の中に二人して入る。一応蓋の上に軽い箱を置いて置く。箱の中は狭いので自然と密着するが仕方ない。


「ローレンス様…寒くありませんの?」


「だ、大丈夫です!!」

 本当は少し寒いけど我慢我慢。

 しかしセシリアさんは結局毛布を半分分けて一緒にくるまり更に距離も近づいてドキドキしてきた。


 その時…足音がいくつかして料理長達の声が聞こえた。


「この中は?」


「食料倉庫だよ。見りゃわかんだろ?」

 その時セシリアさんが僕の服を掴む。怖がっているのだろう。捕まれば王宮に連れさらわれて無理矢理離縁させられ王子との結婚が待っているのだ。


 くっ!そんなこと…絶対嫌だよ!

 僕はセシリアさんを胸に引き寄せ


「ジッとしているように」

 と小声で言う。

 ガチャガチャと鍵を開ける音がした。

 兵士達が入ってくる音。

 うう…。いざとなったら兵士に体当たりしてセシリアさんを逃そう!!


「普通の食料倉庫だな」


「そうですよ。普通です」

 と料理長の声。


「一応机の下も見て置くか。全く寒くて早く帰りたいよ。王子様に付き合うのも疲れるよ」

 と兵士はぼやき机の下を確認して

 僕たちのいる箱の上に座った!!

 ひいいいいい!!


「いないいない。はいもういいや」

 と言い、転がっていたリンゴをシャリっと齧る男がした。

 ひいいいい!!


 料理長は

「リンゴでもお土産にどうです?」

 とこちらにきて袋みたいなものにガサガサ詰めているようだ。


「悪いねぇ。助かるよ!」


「ああ、寒かったでしょう?暖かいミルクくらいならこちらで少しだけ飲んでいかれませんか?厨房の方がまだ暖かいですよ」

 と料理長が言い、兵士も


「助かる!」

 と言い、箱から退いて…また鍵の閉まる音と外で料理長達の声がして二人とも遠ざかった。


 ホッとして


「もう大丈夫みたいですよ…」

 と声をかけるとガバリと抱き付かれた!


「ああ!私…凄く怖くて!見つかってしまうのかと!」


「ふえっ!?…だ、大丈夫です…。いざとなったら僕が兵士に纏わりついてセシリアさんに逃げろと言うつつつもりでした…」


「まぁ、ローレンス様を置いて逃げるなどできませんわ!」


「いや…にに逃げてもらわないと…ここ困りますっ」

 セシリアさんは未だに抱きついたままでどうしようかと僕も困る。まだ兵士が近くにいるかも知れないし。


 するとセシリアさんが僕の後頭部の禿げを優しく撫でて目を見つめながら


「夫婦ですから共にいますよ」

 と赤い顔をする。ドキンと心臓が高鳴る。

 もうセシリアさんは目と鼻の先だし僕は恐る恐る彼女の柔らかい頰を撫でてみる。


「ローレンス様…」


「セシリアさん…」

 ど、どうしようドキドキして死んでしまう。

 するとセシリアさんがソッと目を閉じて僕は、ひいいいい!!と内心ドキドキして心音が相手に聞こえるのではと思う。


 こっこんな禿げで良いんですか?セシリアさんっ!?

 ど、どうしよう!だが目を閉じて待っているセシリアさんにな、何もしないのは失礼ではないか?いや…僕はそんな…。


 緊張しつつ艶々の唇に近付く。

 そして初めて触れるだけの短いキスを交わすと直ぐ少し離れる。狭い箱の中で何をしているのだろうと思いつつ見るとセシリアさんも真っ赤になり、また禿げを撫で微笑む。

 うわぁ!!

 め、女神か!?

 彼女の吐息は直ぐ側にあり


「ローレンス様…私キスをしたのは初めてですよ」


「あああ…すみませんすみません。僕などで!しかもこんな所で!」

 何か変なリンゴ箱の中でロマンも何も無かった!よく考えたら本の中のロマンス小説のようにもっと良い所が良かったのかもしれない!!

 リンゴ箱の中でなんて恥ずかしいっ!!


 と赤くなっていると鍵の回る音がして

 アグネスさんの声がして


「旦那様…奥様もう平気でございますよ!」

 と声が聞こえて僕達は箱から出てくると


「まぁ!そんな小さな箱に隠れていらしたのですね!うふふ!…王子達は旦那様達が温泉地にいると勘違いして行ってしまったようですよ!」


「そ、そう…でも嘘だと気付いたらまた戻って来るわ…どうしましょう?」

 再び唸る。また戻って来られたら今度は邸内を隈なく捜索されてしまうかも。


「これからリネットさんの家にお隠れになられたらどうでしょう?」

 とアグネスさんが提案した。


「リネットの家に?」


「確かに…王子達もそこなら場所も知らないしいちいち侍女の顔も覚えていないかも!!」

 と言うとどっから聞いていたのかニールがニョキっと出てきて


「護衛を引き受けましょう!とにかくお早く防寒具を身に付けてください!!急いでください!」

 と言われ僕達は直ぐに身支度をしてくる。


 *

「セシリアさん、馬には乗れますか?」

 と聞くと首を振る。


「小さい頃お父様と乗ったことはありますけど操作はしておりません」


「では僕と一緒に乗りましょう、ごめんなさい」

 と言いアグネスさんが補助してセシリアさんは馬に跨り僕はその後ろに乗り更に寒いので防寒コートをもう一枚彼女にかけて出発した!!


「セシリアさん!少し寒いでしょうが我慢を!」


「はいっ!」

 そしてリネットさんの家に向けて馬は雪道を走る。アグネスさんは見送り


「お気を付けてー!」

 と小さく声が届いた。

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