第二十四話 山へGO!
わざわざ廊下にいる由美子へ声を掛けたのだから、何かあったのだろう。
「ど、どうかしたの…?」
「いえ、何も」
「ないのっ!?」
心配して損した。
「じゃーなんで、いきなり声を掛けたのよっ!」
困惑し怒る担任教師に、少年はむしろナゼ困惑し怒っているのか。とでも言わんばかりの平常フェイス。
「由美子先生の姿が見えましたので」
「…は?」
「由美子先生の姿を見た僕が、声を掛けない理由など、どこに存在しているでしょう」
大真面目に言っている。
「わ、わかったわょ…それで、特に用事は無いのよね。あ、って言うか、もう消灯したんだから、部屋で寝なさい」
教師として当たり前の注意をすると、少年からはやり、ある意味で当たり前の返答がなされた。
「もとろん就寝しますが、その前に、用を足したくなりまして」
それで廊下に出てきたら由美子を見つけた。という事だったらしい。
「だからって、わざわざ声を掛けるために…トイレ、こっちじゃないでしょ?」
学生たちの寝室から見て、トイレと由美子のいる場所は、正反対の方向である。
三四郎が通路に出たら向かって右側に由美子の姿が見えたので、左側にあるトイレに行くよりも右側に歩き、声をかけて来たようだ。
「仰る通りですが…実は声を掛けた理由は、他にもありまして」
「…なぁに?」
妙にシンミリしている三四郎が、静かに落ち着いて話す。
「たとえばですが…僕がトイレに言っている間に、由美子先生が僕に会いたくなって寝室を覗いたときに、僕がいなかったら由美子先生がそれはそれは落ち込んでしまわれるのではないか…そう心配になり、声を掛けた次第です」
と、大真面目な顔で言っている。
「いらない気遣いありがとう」
過剰な敬語だから、真面目な顔でからかっているのだと、由美子にはわかったり。
「とにかく、明日は山歩きなんだから、早く休みなさい」
「はい。由美子先生、おやすみなさい」
綺麗な礼をくれて、三四郎はトイレの方向へと歩いて行った。
「まったく…誰が寂しいなんて…」
会いたくなって、とは言わないけれど、寂しくなって、なんて言われていない事は、由美子の頭には浮かばない様子。
「でも…」
(私を見かけたから声を掛けたっていうの…本当なんだろうな…)
と、由美子は思った。
翌朝。
空にはほとんど雲のない、まさしく山歩きに相応しい晴天。
六時に起床させられた学生たちは、大食堂で朝食を済ませると、昨日の駐車場へと集合。
『えーそれでは、今から昼食と飲料水を配りますから、ザックにしまって下さい』
施設で作られたオニギリのパックと、市販のスポーツドリンクを受け取った学生たちは、A組から順に、山へと出発。
これから半日ほどを掛けて山道を歩き、夕方前には、昨夜と違う宿泊施設へと辿り着くのだ。
『はい、それじゃあ出発~!』
加持先生の合図で、メインイベントたる山歩きがスタートされた。
山の麓は、まだ道も整備されていて歩きやすく、学生たちも余裕がある。
「うわー、林が深くなってきてるぜー」
「あー見てー 小川~♪」
都会とは違う、公園などの植林とも違う、自然の森。
麓の近くは植物が少ないけれど、少し奥へと目を凝らすと、もう木が多くて暗くて、あまりよく見えない。
「何か鳥、鳴いてね?」
「ってか、空気 美味い感じがするよなー」
山頭先生を先頭に、加持先生を最後尾に、担任教師たちが受け持ちの生徒たちへと適度に付き添い、ゾロゾロと連なって山道を歩く。
B組を受け持つ由美子は、女子たちが遅れはじめた事を、気にしていた。
「やっぱり、女子たちの方が体力的に、遅れがちになるわよね…」
山に入ると道は殆ど整備されておらず、歩き固められた地面が固くなって草が生えない、いわゆる獣道状態。
急な段差や落ち込んだ場所、更に太い木の根が地表に露出していたりと、かなり歩きづらい山道である。
「オレ一~っ!」
「あ、待てよっ!」
男子の中でも元気な生徒は、スイスイと苦も無く走破している。
目標は山の中腹より少し高い地点で、開けた場所に休憩地としてキャンプ場が造成されていて、そこが昼食の地であった。
「男子…元気ね…」
かくいう由美子も、女子たちと同じく、少し遅れがちだ。
「由美子先生…山道…結構 キツいですね…はぁ」
二時間ほど歩くと、女子たちの中に、弱音が漏れる生徒が出始めた。
「そうね、結構厳しいわね…。でも、歩けない距離では 決してないから、ガンバリましょう!」
女子たちを元気づける由美子を、男子たちの中では後方をキープしている三四郎も、気にかけていた。
「到着~!」
お昼の十分前には、生徒全員が休憩地点へと到着。
組に関係なく数名の女子たちが遅れてしまい、由美子や加持先生たちにサポートされながら、追い付いた。
「さ、ここで休憩よ」
「はい…」
先に到着していた生徒たちは、それぞれ好き勝手に走り回っていたり。
開けた山の、晴れた日の中腹付近は、見晴らしが素晴らしい。
周囲は遠くに山並みが囲み、晴れた空は青々と眩しい。
窪地な地形である麓の街並みが、遠く小さく見下ろせて、随分と山の中に入ったと実感できる。
空模様は、天上ほど青色が深く、周囲の山並みに近いほど雲で薄く白んでいた。
涼しい風に乗って、青々しい草原の香りも爽やかだ。
「よ~しみんな~、席に着け~」
キャンプ場には大きなテーブルと長い丸太の椅子が設置されていて、生徒たちは並んで着席。
お弁当を開いて、昼食タイムだ。
「ここで四十分の休憩をして、下山するぞ~。それじゃあ、戴きます」
「「「「「戴きま~す」」」」」
銀紙を開くと、お手製のオニギリが二つと沢庵が二切れ。
オニギリの具は、定番とも言える梅干しとオカカだった。
「ん~、うめ~!」
「私、梅干し美味しい~!」
普段は梅干しが苦手な生徒も、疲れた身体には美味しく感じられるようだ。
三四郎もオニギリを食べながら、テープルの端でオニギリを食べる担任教師を観察。
由美子は自分の食事よりも、食欲の出ない女生徒を気遣っていた。
少しふくよかな女子生徒は、体力的にも山歩きが辛い様子だ。
「大丈夫? ムリして食べなくてもいけど…少し横になる?」
「い、いえ…大丈夫です」
体育の山頭先生も女生徒の様子を見て、もし定時に出発できなければ、遅れてスタートさせてくださいと、担任教師へ指示をしていた。
お昼休みが終わって、麓へ向けて下山を開始。
「よ~し、出発~!」
やはり男子たちは元気な生徒が多く、いきなりベースアップする体力自慢が多い。
由美子は、さっきの女子に付き添っていた。
「もう少し休んでから出る?」
「いいえ…行けます」
ふくよか女子は、先生たちに迷惑をかけたくないらしい。
下山の山道は、上りよりも道は楽だけど、そもそも下りの方が体力は必要だ。
一時間ほど歩くと、ふくよか女子はフラついて、つま先を木の根に引っかけて転倒してしまった。
「きゃ…っ!」
「福岡さん!」
転倒したふくよかな福岡さんは、大けがこそしなかったものの、躓いた足首を捻挫してしまったらしい。
「いたた…」
「だ、大丈夫? どこを痛めたの?」
「へ、平気です…いたた…」
捻挫は、ちゃんと治療しないと怪我が常態化してしまい、筋肉を傷め続けてしまう。
「ムリしないで。最後尾の加持先生に、相談しましょう」
由美子は、ザックから湿布薬を取り出すと、捻挫の足首に貼った。
道端に腰かける女子と担任に、C組の女子たちがチラと見ながら通り過ぎる。
「あれー、福やん」
「あかねっち、怪我したの?」
別クラスの女子たちが、心配げに近寄ってきた。
同じ中学出身で、クラス分けで離れてしまった幼馴染みらしい。
「う、うん…でも大丈夫」
ヒンヤリする湿布薬に、少し痛みが和らいだらしい。
「痛い?」
「いえ、随分と楽です…」
心配する担任教師に、少女は頑張って笑顔だ。
「もうすぐ 加持先生がいらっしゃるから–」
「加持先生は生徒全体をサポートされてますから、僕がお手伝いいたします」
背後からそうハッキリと言い切っているのは、さっきまで前を歩いていた三四郎だった。
~第二十四話 終わり~
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