好きじゃなくって愛してる! セカンド!

八乃前 陣

プロローグ 校門をくぐったら


 新学期が始まる、始業式の朝。

 新任女性教師「松坂由美子(まつざか ゆみこ)」は、県立一本松高校の正門前で、緊張しながら、背筋も伸ばして直立していた。

 長く艶々な黒髪をサラりと流し、大きな瞳に長い睫毛。

 身長は平均的だけど、スリーサイズは美しい起伏に恵まれていた。

 同年代の女性としては魅惑的なスタイルを、紺色のシックな女性用スーツで、極力地味に纏めている。

 いわゆる、教育者として性を想起させない服装。

 とはいえ、柔らかい曲線を魅せるプロポーションを隠すにはピッタリすぎて、年頃な少年だけでなく男性教師たちにも、眼の毒になりそうではあった。

 そんな魅力にやや無自覚なまま、由美子は豊かな胸の前でグっと、両の拳を強く握る。

「き、今日から私も…高校教師…っ!」

 女子大で教職を学んで卒業をして、 これから高校に赴任していよいよ教師人生を歩み出す、記念すべき出立の日だ。

 空もよく晴れ桜が舞い散り、まさしく、教師としての輝く未来が約束されたよう。

 雲一つないそんな晴天に比して、由美子の心は気絶寸前の緊張状態でもあった。

 その理由は。

「わ、私が…担任…?」

 今日これからスタートの教師一年生だし、最初は受け持ちのクラスとか持たず、数学教師として一年生たちを教える。

 とか想像していたら、いきなりの一年B組の担任へ抜擢。

 なんでも、B組を受け持つはずだった女性教師が年度末から産休に入り、代わりの担任を探していたけれど見つからず、今日から赴任する由美子に白羽の矢が立った。

 という事らしい。

「私に担任とか、務まるのかしら…?」

 スポーツが得意なわけでもなく、得意の数学だって高校三年生レベルも自信なし。

 しかも高校大学と女子校だったし、勉強一筋だったから、男子と遊んだ経験も無し。

(だ、男子高校生って…性欲に猛る獣みたいだって、聞くけど…)

 共学の高校だから、肉食動物の檻に放り込まれるような事はないだろう。

 と、震えながら自分を安心させる由美子だ。

「と、とにかく…頑張るっ!」

 私もお祖母ちゃんみたいな、立派な教師になる。

 それが、中学時代からの、由美子の夢と強い決意。

 あらためて自分に言い聞かせ、校門を潜る第一歩、高校の敷地内へと踏み込んだ。

 と同時に、視界の端に、人の影が。

 何気なく見ると、その陰の顔も、由美子へと向いていた。

 背の高い男子が、何だか驚いたような表情で、由美子を見ている。

 男子。

 そんな認識をしたと同時に、数瞬とも数時間とも感じられる、心ここにあらずな時間があった。

 由美子よりも頭一つ分くらい高身長な男子は、爽やかで清潔感のある黒いショートヘアが、風に靡いている。

 凛々しい眉に、上下の薄い眼鏡に、知的で鋭い視線。

 肩幅の広い身体は制服で包まれていて、少し硬い学ランは、今年入学をした一年生だろう。

「「………」」

 二人の視線が離れず、数時間のように感じた僅か一瞬が過ぎて、由美子は我に返った。

 緊張しながら、しかしどこか地に足が付いていない浮遊感の中で、なんとか挨拶を繰り出す。

「あ、あの…私、今日からこの学校の教師–」

 緊張の挨拶をしながら、少年が近づいてくるのが認識できて、綺麗な目をしているわと感じたら目の前が暗くなって。

 いつの間にか、抱き締められて顎を取られ、キスをされていた。

「–んんんっ!?」

 就任初日の第一歩で、肉食動物に襲われたような由美子だった。


                      ~プロローグ 終わり~

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