第三夜 悪魔は天使に懇願する
私に惜しみなく魔力を使ってくれたソフィア様はケロッとした顔をしているが、表情を取り繕うのが上手なだけかもしれないとも思う。
あの量の癒しはフェーゲ王国の魔族で行使できるものはいない。側近の中で唯一癒しの魔道を使うエウロラでもできない。私が死にかけていても復活すると思うほどの癒しだった。
「苦しくはありませんか?」
「え?」
「いえ、ソフィア様なら問題ないのでしょうね」
「あぁ、私は他の天使と違って魔力が多いんだ、1人や2人の治療で力を使い切ったりしないよ」
「それで、私に話したいこととは?」
呼び止めた後に、ソフィア様が私に話をしなければと言っていた。私個人に関心があるのかと錯覚したが、私はフェーゲ王国ペトロネア殿下の側近で最も位が高い。外交関連で用事があるのかもしれない。
「そちらこそ、天使の腕を掴んでまで止めたんだ。余程の用事でしょう?」
「そうですね。癒しをいただき、ありがとうございました」
「どういたしまして。庇ってもらったお礼だよ」
ソフィア様の言葉に思わず反応が遅れる。天使が魔族に守ってもらったお礼をするとは聞いたことがない。
天使は種族特性として、常時魅了を振りまいて他の種族を自らの眷属にする。そうして生き残る種族だからわざわざ助けて貰ってお礼を言うことはない。人から施されて守られる。それが天使として当然のことだからだ。
「天使からお礼を貰うなんて、中々ない経験ですね」
「みんな与えられて当然と思ってるからね。それで、どうして庇ったりしたのさ。そんな怪我してまで」
見てもいない怪我の程度がわかっているようでソフィア様は少し眉をよせる。その仕草だけで苦しいという感情がこちらに伝わってくるようだ。
「あなたがいたからでは、理由として認められませんか?」
「ダメだね。私は君を魅了した覚えはないよ」
「それも気になっていました。私では力不足とでも?」
ソフィア様が魅了を発動させた相手はペトロネア殿下だけ。そう意識すると、どろりとした粘着質な感情が心の底を流れる。「どうして私の息子なのに姉様に似なかったのかしら」と母に言われた幼い日のことを思い出す。
「そんなわけないでしょう?あなたより強いひとなんて、ペトロネア殿下ぐらいしかいないじゃない。天使たちにあなたたちは人気でしょう?」
「そうですね。私たちに魅了を向けてくる天使は多いです。ですが、あなたはあの仕草を使ったのに一切魅了して来なかった。その後も、一回もです」
「当たり前でしょ。私は自由が好きなんだ」
想定外の言葉に思わずソフィア様の言葉を復唱してしまう。ソフィア様は感情がない天使のはずなのにくるくると表情が変わる。意志の強さを感じさせる瞳に目を奪われる。
これまでのソフィア様が引き起こして各所を震撼させていた事件は自由のために起こされていたらしい。
「それで、どうして自由が、魅了しないことに繋がるのですか?強いものを魅了した方ができることは増えますよね?」
「私のワガママのために他人の自由を犠牲にするのは私の信念に反する。私は魅了で、ひとを従えたりはしない」
「それで、名前を剥奪されてもですか?」
「なんだ、知ってたの。いい名前でしょう?わかっててその反応なら良いや。もし、間違えて魅了してしまっていたなら解かないと不味いと思ってたから。安心したよ」
「あぁ、天使たちは気がついていたのですね」
やるべきことはわかっていると言いたげな真っ直ぐな目を見て、腑に落ちた。
あぁ、これは……。私はソフィア様を天使と誤認していた。確かに天使としては異端で、神の使える天使の名を剥奪されるだろう。ソフィア様は天使ではない。彼女は
「みんな敏感だからね。ホント、繊細。私は魅了使わないし、庇護の必要もないから。もう庇って怪我なんてしないでね、後味が悪すぎる」
「いいえ、私は私の都合で行動しています。ご安心ください」
間違いなく私の都合だ。自分より強い者の傍に侍りたい、膝をつきたい、必要とされたい。強力な欲求は喉の渇きを訴えるが、それは全て私の都合でしかない。
「そう、さすが」
「それでは、これも私の都合です。
土の女神ネルトゥシエルよ、豊穣の恵をわたくしへいただけないでしょうか?」
私のことを道具と見なしている母が優しく囁いた言葉を思い出す。「あなたにも宝物があらわれるはずだから作っておきなさい」と告げられ、作った私を示す装飾品をソフィア様へ捧げる。
蓋を広げた箱の中にある髪飾りは青いサファイアを中心に金で縁取られている。飾りはベリアルを示すイバラ、そして金は錆びない。なにより私の一番を告げるのに優秀な金属だ。
でも
「ソフィア様は賢いから困惑していらっしゃいますね。言い方を変えましょう、私はあなたに魅了されていることにしたい」
「へぇ、それで利益あるの?」
「もちろん」
「これから私、狂った研究者を目指そうとしているんだ。それでも?」
「エデターエルの王女に魅了されるなんて、魔族として強者の証です。素敵でしょう?」
感情を持たないとされる天使がするには似つかわしくない露悪的な笑みを浮かべたソフィア様はくるりと私に背を向けた。
「風の神シナッツェルからの贈り物はわたくしに似合うでしょうか」
どうやら私の贈り物は受け取って貰えるらしい。ソフィア様に私の緊張に気が付かれなければ良いのに。髪飾りをつけるために触れた髪は指通りが良く、どこか爽やかな柑橘の香りがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます