第24話 2日目 ラリーにリタイヤはつきもの?

 


 林間学校の二日目は、ほぼ日中まるまるを使うウォークラリーだ。


 去年の例だと──

 生徒は各自リュックに必要な物を詰めて背負い、チェックポイントを巡りながら山の中を歩く。

 もちろん移動は班単位だ。

 去年は先輩方がコース図を読み間違えて遭難しそうになったが、なんとか規定時間内にゴール出来た。


 今年は……どうなるだろう。

 昼食の弁当と同時に配布されたコース図を見る。

 確認したところ、コース図を読めるのは俺と大門だいもん先輩のみ。

 岩谷いわや羽生はにゅうは「落書き」とコース図を一蹴した。

 場所は、このキャンプ場の奥に広がる山。

 そこで四ヶ所のチェックポイントを巡り、規定時間内にゴールする。


 この規定時間というのが中々の曲者で。


「えー、早過ぎてもダメなんですかぁ?」


 そうなのだ。

 夕刻四時から五時。

 この間にスタート地点まで戻って、ゴールしなければならない。

 とはいえざっと見たところでは、所要時間は長くて五時間。

 朝九時に出発したので、午後三時くらいには戻ってゴールの準備が出来ると踏んでいる。


 まあ、予定通りにはいかないだろう。この班には、大きな不確定要素がある。


 羽生はにゅうエマの存在だ。

 食材を受け取りに行く時から違和感はあったが、羽生はにゅうは俺たちの足を引っ張ろうとしていると考えられる。

 何の為なのかは分からない。けれど、そう見られて当然の言動が多かった。


 そして、極め付け。

 昨夜、雪峰ゆきみねが呼び出されて、告白された。

 その場所まで案内したのが、羽生はにゅうだという。

 つまり羽生はにゅうは、雪峰ゆきみねに告白したサッカー部の三年生と繋がっている。

 そう考えざるを得ない。


 しかし、謎は残る。


 俺たちの班の邪魔をしたところで、羽生はにゅうにはメリットが無い。

 逆にこの班が内部分裂でもすれば、自身の内申点にも影響するのだ。

 これはあくまで学校行事なのだから。


 班のメンバーよりも少し大きなザックを背負って最後尾を歩きながら、俺は思考の海に沈んでいた。

 先導役は、大門だいもん先輩に任せてある。

 補佐に岩谷いわやが付いているから安心だ。

 というか、さすがは大門だいもん先輩。

 一時間足らずで、一つ目のチェックポイントを通過出来た。

 第二のチェックポイントは、今歩いている渓流の上流、大きな岩がある場所だ。

 そこを通過したら、昼食にする予定だ。


 小休止を挟みつつ二時間ほど山の中を歩き続けて、班のメンバーのペースに乱れが生じてきた。

 一年生の二人の足が、遅くなっている。

 山歩きは、平地を歩くよりも遥かに体力を消耗する。

 前方を見て、座って休めそうな開けた場所を見つけられた。


「ちょっと休むか」


 スマートフォンに入れたトランシーバーのアプリを開いて、最前列を歩く岩谷いわやに声を飛ばす。


『おー、わかったー』


 スマートフォンと同時に、前方からも岩谷いわやの声が聴こえた。

 あいつの声量、すげえな。


 開けた地面に百円ショップのシートを敷いて、一番疲労度が高いと思われる一年生の二人を、靴を脱いだ状態で休ませる。

 大門だいもん先輩と雪峰ゆきみねには手頃な石に腰掛けてもらい、俺と岩谷いわやは地面にしゃがむ形で休憩する。

 俺は皆にスポーツドリンクのペットボトルを配りながら、大門だいもん先輩とコース図を見て話し合う。


「出発は三〇分後、で良いですかね。大門だいもん先輩?」

「ん。それくらいなら予定は大きく変わらない」


 さすが大門だいもん先輩、分かってらっしゃる。

 山の中を歩く速度は、平地の半分以下の速度に落ちる。もちろんこれは、傾斜や地面の状態に大きく左右される数値だ。

 その状況で、疲労を抱えたまま歩き続ければその速度はさらに落ちて、ついには歩けなくなる。


 このあたりで大きく休憩をとるのは、この先の行程を考えると良策のはずだ。


「せんぱーい、もう歩けませーん」


 先ほど渡したスポーツドリンクのペットボトルを一気に飲み干した羽生はにゅうが文句を言い始めた。


「わかった。リタイヤの連絡を先生に──」

「そういうことじゃないんですって〜」


 羽生はにゅうは、疲れているはずの足をバタバタさせて不満を口にする。


「おんぶして、ほしいなぁって」


 は?

 え?

 いやいや、無茶を言うな。

 反論しようとした時、俺より先に口を開いたのは岩谷いわやだった。


「テメーはアホか」

「アホってなんですか筋肉先輩」

「今テメーが飲んでるスポドリ、誰がここまで持ってきたんだよ」

「そんなの、せんぱいに決まってるじゃないですかー。筋肉先輩こそ、脳が肉離れしてるんじゃないですかぁ?」


 岩谷いわやは頭を抱えて、深く溜息を吐いた。


「そのペットボトルは約五〇〇グラム。それをガクは全員に配った」

「そんなの見てましたから知ってますよー」

「まだ分からねェか。ガクの荷物はな、オメーより最低でも三キロは重い──」

岩谷いわや、そのくらいでいい。ありがとう」


 代わりに説明してくれた岩谷いわやに礼を言う。

 岩谷いわやの方が、俺よりも二キロ以上も多くの荷物を背負って来たというのに。

 口は悪いが、本当に良い奴だ。

 あらためて俺は、羽生はにゅうを見遣る。


羽生はにゅう、今日のウォークラリーのルールは聞いているな?」

「そんなの知りませんよー」

「出発前に注意事項を説明されただろ」

「えー、そうでしたぁ?」


 出発前の注意は、こうだ。

 一、無理はしない。

 二、コースを外れない。

 三、無理、またはコースを外れたと思った時は、速やかに教師に連絡し、助けが来るのを待つ。


「だからぁ、そういうのじゃないんですぅ。せんぱいこそ何も分かってませんねぇ」

「なら、お前は何が言いたい」

「せんぱいがあたしをおんぶすれば、Win-Winなんですよー」


 ……どういう理論なのだろう。

 人ひとり背負って山を歩く負荷と同等のもの?

 逆に興味が湧いてきた。

 では、説明を、どうぞ。


「あたしは楽をできてー、せんぱいはとびきりの美少女に堂々と触れるじゃないですかぁ?」


 その場の班のメンバーは凍りつき、俺は無言で先生に「一人リタイヤ」の報告を入れた。

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