第19話 1日目 夕食

 


 夕方六時半。

 カレーが出来上がった。


 火の管理は岩谷いわや

 メインの調理担当は大門だいもん先輩と羽生の腐女子コンビと、新井長巻ながまき

 特に男の娘もとい新井くんの料理スキルが高く、ありあわせの材料でサラダまで用意してくれた。

 本人いわく、


「今日のうちに使った方がいいお野菜があったので」


 との事だが、このスキルは素晴らしい。特に野菜に「お」をつけるなんて、奥ゆかしさすら感じてしまう。

 はにかむ新井くんは、最初は自信なさげだったけれど、班に貢献できたという自負で、少しずつ自然な笑顔が増えてきた。

 つか、やっぱり美少女だ。


 メインは、夏野菜カレー。

 これは大門だいもん先輩が大活躍だった。

 カレーに入れる野菜を直接焚き火に乗せて焼き、それを豪快にカレーにぶち込む。

 一見粗野とも思える調理法だが、これが大好評だった。

 新井くんや羽生はにゅうなんて「野菜ってこんなに甘いんですね」と感動していた。

 途中で見回りに来た先生の味見の結果、A判定の太鼓判を押されるくらいの出来上がりだった。


 さて、これで試練の判定は終わった。

 あとは、お楽しみの時間だ。

 雪峰ゆきみねに視線を向けると、栗色の髪を揺らして自信なさげに小さく頷く。


「せーんぱい、なに二人でコソコソ目と目で通じ合ってるんですかぁ?」


 雪峰ゆきみねが担当していた鋳物のフライパン、スキレットの様子を覗き見ていると、背後から声がした。


 羽生はにゅう、エマ。


 なぜか縁もゆかりもないうちの班に自ら入ってきた、わがまま系のあざとい一年生女子。


 こいつには、疑問に思う点が多過ぎる。ゆえに、どうしても警戒してしまうのだ。


「いや、ちょっと雪峰ゆきみねがデザートをな」

「デザートですかぁ!?」


 テンションを上げて羽生はにゅうは喜ぶが、それすらわざとらしく見えてしまう。


「きっときっと、雪峰ゆきみね先輩のことだからぁ、すっごくオシャレで甘ぁいスィーツなんですよねー」


 黙々と作業をする雪峰ゆきみねの背中に、煽り文句とも取れる羽生の言葉が刺さる。


「みんなにも知らせてきますねー、雪峰ゆきみね先輩がスペシャルなデザートを用意してるって」

「待て、そんなにハードルを上げるてやるな。これでも雪峰ゆきみねは初心者だ」


 なるべく角が立たないようにたしなめたつもりだった。が、羽生はにゅうは一瞬眉間みけんにシワを寄せて、すぐに笑顔を貼り付けた。


「だってぇ、かの有名なビッチ先輩が作るデザートなんて、どんな味なのか興味あるじゃないですかぁ〜」


 雪峰ゆきみねの肩が、ぴくんと跳ねる。

 そんな雪峰ゆきみねの背中を笑いながら、羽生はにゅうは皆のところへ戻って行った。

 雪峰ゆきみねは再び作業を始めるが、その背中はどこか寂しそうで。


 俺は、何も言ってやれなかった。




 雪峰ゆきみねが作ったのは、焼きリンゴのタルト・タタン。


「美味っ、やるな嬢ちゃん」


 最初に感想を叫んだのは、意外にも岩谷いわやだった。

 いちばんスイーツと縁遠そうな奴なのに、きっと元気が無い雪峰ゆきみねを気遣っているのだろう。


「うん、すごく美味しい」

雪峰ゆきみね先輩、すごいです」


 大門だいもん先輩と新井くんも雪峰ゆきみねに賛辞を贈る。


 実際、材料が乏しい中で良く作ったと思う。

 味の方も、キャンプのデザートとしては文句がない美味さだ。


 が、しかし。


 羽生はにゅうエマだけは、何も感想を言わずに黙々と食べ続けている。

 その様子を見ては、雪峰ゆきみねはまた俯いてしまう。


 その夜、雪峰ゆきみねの笑顔を見ることは無かった。




 コテージの男子部屋。

 岩谷いわやが怒り狂っていた。


「なんだあの羽生はにゅうってヤツはよぉ」


 岩谷いわやが怒るのも無理はない。

 食材配布の時も、勝手に着いてきてペースを乱す羽生に苛立っていた。


 出来ることをやり、出来ないことは出来る人に任せる。


 これはキャンプだけでなく、日常の集団生活でも大事なことだ。

 逆を言えば、それが出来なかったから俺はソロキャンプをしているのだが、それは今はいい。


「新井くん、羽生はにゅうについて知っていることがあれば、教えてくれ」


 不安げに大きな瞳を揺らす新井くんに水を向けてみる。


「ボクもあんまり友達多くないので、噂くらいですけど……」


 新井くんは、薄氷を踏むように慎重に語り始める。


 羽生はにゅうエマは、いわゆる「ゆるふわ系女子」を自認しているが、その実はかなりあざといらしい。

 常に数人の男子にお姫様扱いされていて、ご褒美をチラつかせてその男子たちをパシリにしている、と。


 そうなると、当初の疑問が強くなる。


「そんな奴が、なんで知り合いのいないオレらの班に入ったんだよ」


 そう、それだ。

 自分をお姫様扱いしてくれる男子たちがいるのなら、そいつらがいる班に入るのが妥当だろう。


「アイツ、なんか嬢ちゃんに恨みでもあるんじゃねェか?」


 吐き捨てるように言う岩谷いわやに、俺は目を向ける。


「そういえば、羽生を班に入れて欲しいと言ったのは、雪峰ゆきみねだったな」


 鍵は、雪峰ゆきみねが握っているのかも知れない。

 俺はスマートフォンを取り出して、メッセージ画面を開いた。


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