第15話 林間学校、開始



 林間学校、当日。

 あいにくの晴天に恵まれた朝、重い足を引きずって俺は登校する。


 荷物も重いが、気も重い。

 それもこれも岩谷いわやの余計なひと言のせいだ。


 ──雪峰ゆきみね明里あかりは、学校一の美少女だぞ──


 まあ、考えてみれば道理だ。

 可愛い雪峰ゆきみねと仲良くしたいと狙う男子たちは、チャンスとばかりにこの機を狙ってくるだろう。

 となると、雪峰ゆきみね岩谷いわや大門だいもん先輩らと共に野外活動を無難に乗り切る作戦は、水泡に帰す。


 俺と雪峰ゆきみねの繋がりは、キャンプのみ。

 それでなくても俺よりかっこ良い男子なんぞゴマンといる。

 これは、早めに手を打っておかなければ。

 幸いにも出発前の集合はクラス単位だ。

 そこに勝負を、かける。


 登校して早々に、集団から離れて立つ雪峰ゆきみねに耳打ちをする。


「なあ、雪峰ゆきみね

「おはようございます。どうしました?」

「出来るだけ、俺のそばにいてくれ」

「……えっ」


 その瞬間、雪峰ゆきみねの動きが止まった。

 そこから、ギギ、ギギギと聞こえそうなくらいギクシャクした動きで首が動き出す。

 やがて俺に向き直り、潤んだ目で俺を見つめたと思ったら、いきなり深々と頭を下げた。


「ふ、ふつつか者ですが……」


 なぜか耳まで真っ赤にして頭を下げる雪峰ゆきみねの行動は理解出来ないが、これは了承を得た、ということで良いのだろうか。

 出欠確認の点呼中も真っ赤な顔で俯いたまま何かを呟き続けているが、これである程度の確実性は担保できた。

 あとは岩谷いわやたちだ。

 そろそろ他のクラスの点呼も終わる頃だ。

 岩谷いわや大門だいもん先輩の二人は、たぶん既に合流しているかも知れない。

 本人たちは否定するが、公認カップル扱いされている二人は、周りがくっつけるだろう。


 集合場所である中庭を見回すと、人混みの中に頭ひとつ分のでっぱりを見つけた。あれが岩谷いわやだろう。

 班を作る時になったら、あの巨人を目指せばいい。


「はい、三〇分以内に班を作って、前にいる先生に報告してください」


 よし、素早く雪峰ゆきみねを連れて岩谷いわやのところへ……あれ?


「あ、待っ──」


 雪峰ゆきみねの声が聞こえた方へ振り向く。


「ゆ、雪峰ゆきみねさん、ぜひ僕と班を組んでください!」

「いやいやおれと!」

「やあ、ボクはワンダーフォーゲル部の部長──」

「わたしめの顔面を踏んでください!」

「あかりぢゃあああん!」


 くっ、ちょっと目を離した隙に、雪峰ゆきみねの周りには男子が集まっていた。


 はあ、とりあえずLINEで連絡入れとくか。


『先に岩谷いわやたちと合流してるぞ』


 LINEを送り終えると、男子の声が上がる。


雪峰ゆきみねさんLINEやってるの?」

「ID交換してー」

「やあ、ボクはワンダーフォーゲル──」

「ふりふりしよ、ふりふり!」

「あがりぢゃああああん!」


 ……すげえな。

 周囲の男たちの反応が凄まじい。

 特にあいつ。

 やけに大きな登山用のパックパックを背負った長身の男子。

 つかそのはみ出したピッケルを使う場面は、林間学校では来ないと思うぞ。

 ふと、人混みの中の雪峰ゆきみねと目が合う。

 周囲の男子に戸惑っていた雪峰ゆきみねは、俺に向けて柔らかく微笑んだ。

 その次の瞬間である。


「ごめんなさい、私、心に決めた相手がいるんです」


 雪峰ゆきみねに群がっていた男子全員の頭の上に、「ガビーン」という文字が見えそうだ。

 ただ一人、ピッケルがはみ出した奴だけは未だに食い下がっているけれど。


「──おう、すずねぇ連れて来たぞ……って、何してんだ?」


 雪峰ゆきみねを囲う人垣をぼんやり眺めていると、岩谷いわやが声をかけてきた。傍らにはしっかり初渕はつふち先輩もいる。


「いや、あれな」

「はあ……言わんこっちゃない」


 無骨な手でこめかみを押さえる巨神兵もとい岩谷いわやは、ちょっと待ってろと言い残して人垣に突っ込んで行く。

 残された俺と大門だいもん先輩は、その岩谷いわやの背中を見送った。


「ちゃんと嫁を摑まえておかないと」

「……嫁ってなんですか。ただの不肖の弟子ですよ」


 大門だいもん先輩の見当外れな呟きに、こちらも呟きで返す。


「おいテメー横入りすんじゃ……ゲッ、岩谷いわや!」


 人垣が割れて、その中心から岩谷いわやに守られるように雪峰ゆきみねが歩いてくる。


「ほれよ、愛弟子を連れてきたぜ」

「悪いな」

「ホントだぜ」


 すまん。マジで不甲斐ない師匠で申し訳ない。

 俯いて反省する俺の横に、雪峰ゆきみねはぴったりと寄り添ってくる。


「ごめんなさい、師匠」

「いや、お前のモテ度を見くびってた俺のミスだ」

「だな。ったく……しっかりしろよ、男なんだから」


 溜息を吐く岩谷いわやに、大門だいもん先輩はさらに深い溜息をかぶせてきた。


「……おまいう」

「あ?」

「何でもない。きっとリョウジには一生かけても分からない」


 何故か岩谷いわや大門だいもん先輩が一触即発の空気を醸し出しているが、とりあえず四人で集まれた。


「あと一人、一年生か」

「それはさっき目星をつけてある。あっち」

「何処ですか」

「……むう。リョウジ」

「あいよ」


 目配せされた岩谷いわやは、大門だいもん先輩の両脇に自身の両手を突っ込んで……え?


 高々と掲げた。


「おお、たかいたかいだ……」

「いた。北北西ほくほくせい約四〇メートル、学校指定ジャージの女子」


 初渕はつふち先輩が指差す方は、中庭の花壇だ。

 その脇に、学校指定ジャージを着て体育座りで丸くなっている生徒がいる。


「あれ、たぶん一年の女子」

「どうして分かったんです?」


「真面目に学校指定のジャージで来るのは、一年生くらい」


 そう言われたら、そうだ。

 基本、野外活動は「動きやすい服装で」という規則しかない。

 現に、俺たち四人の服装もバラバラだ。


「よぉし、オレが引っ張ってく「リョウジはだめ」なんでだよ!」


 大門だいもん先輩に速攻で否定された岩谷いわやが、不満そうな顔を向けた。


「この班のリーダーは、鹿角かづのくん」

「ん、ああ、そういうことか」


 よく分からんが、岩谷いわやは納得したようだが、俺はスルーできないワードがあった。


「ちょっと待って。俺がリーダー?」

「当然」

「いやいや、リーダーは年長者の大門だいもん先輩がなるべきでしょうに」

「この中でキャンプスキルが一番高いのは、鹿角かづのくん」

「だな。あの肉祭りの時の手際は、ちょっとマネできねぇ」

「リョウジはもとからポンコツ」

「んだとぉ?」


 岩谷いわやの手からひらりと舞い降りた大門だいもん先輩は、仁王立ちで岩谷いわやを睨む。


「文句、ある?」

「……いや、無い」

「よし」


 今日の大門だいもん先輩は、すこぶる機嫌が悪そうだ。

 こういう時は、当たらず障らず逆らわずに限る。


「という事で、リーダーの鹿角かづのくん、よろしく」


 はあ、めんどい。


 対人交渉は苦手だ。

 が、機嫌の悪い大門だいもん先輩には逆らえない。

 仕方なく花壇へと足を向けると、横に気配を感じる。

 視界の隅っこで、明るい栗色の髪が揺れていた。


「もう、離れませんから」

「ああ、そう」


 隣を歩く雪峰ゆきみねと共に、座り込んでいる学校ジャージの前に立つ。

 つか、この子かなりの美少女だぞ。

 なんでこんな可愛い女の子が、何処の班にも誘われないのか。


「な、なあ。お前、一年生か?」

「師匠、スマイルだよ」


 顔を上げたその女子・・は、涙目になりながら弱く頷く。

 俺は、引きつりながらも笑顔を作って、ニカっと笑う。


「ひっ」

「あー、組む奴がいないなら、ウチの班に入るか?」

「ごめんなさいごめんなさい」


 ……驚いた。

 この子、俺よりコミュ障かもしれん。

 困って雪峰ゆきみねを見ると、グッとパーカーの胸の前で拳を握って見せてくる。


「師匠、私に任せて」


 雪峰ゆきみねは、学校ジャージの女子の隣にしゃがんで話しかける。


「私たちね、困ってる。仲間を探しているの。あなたさえ良かったら、私たちの班に入って助けてくれないかなぁ」

「ボ、ボクで……いいんですか?」


 おお、ボクっだ。

 初めてリアルでボクっを見たぞ。

 この感動、共有できる友人がいないのが悔やまれる。


「もちろん。じゃなきゃ声なんて掛けないよ」


 ボクっは、雪峰ゆきみねと俺の顔を交互に見る。

 俺が軽く頷くと、ボクっ娘の表情が少しだけ明るくなった。


「私は、雪峰ゆきみね明里あかり。で、こっちは鹿角かづのがくくん。私の自慢の師匠よ」

「師匠……」

「そ、素敵な素敵な、私のキャンプの師匠!」

「すごい、なぁ」


 雪峰ゆきみねの詐欺的な紹介にすっかり騙されたボクっ娘は、俺にキラキラした視線を送ってくる。


「あなた、お名前は?」

「あ、新井……です」

「新井、なにちゃん?」


 笑顔でボクっ娘に話しかける雪峰ゆきみねは、まさに母性のかたまりに見える。

 つか俺よりコイツの方が、師匠向きな性格なんだよなぁ。


「ちゃん、じゃないです」

「え」

「ボクは新井、長巻ながまきですっ!」


「え?」

「は?」


 俺と雪峰ゆきみね、二人してきょとんとしていると、ボクっ娘はほっぺたを膨らませて衝撃的な一言を放った。


「ボク、男の子……です」


 マジですか。

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