コミュ障ソロキャンパーの俺の弟子っ娘は、ビッチと噂のギャルでした
若葉エコ(エコー)
第1話 出会いは山の中
稜線に日が沈み始めると、この川沿いのキャンプは一気に冷たい風が吹き始める。
俺──
パチパチと火の中で爆ぜる薪を眺めながら、キャンプ場の夜に想いを馳せる。
ソロキャンプ。
俺は、一人でするキャンプが好きだ。
高校生になり、親に祖父が所有するこのキャンプ場に限ってソロキャンプを許可されてから、俺はここに足繁く通っている。
一人は良い。
人の顔色を気にすることなく、責任さえ負えれば、自由に過ごせる。
テント設営に手こずっても、晩ごはん作りに失敗しても、そのせいでカップ麺を食べることになっても、そんな失敗すらも、独り占めして楽しめる。
やはりキャンプは一人に限る。
このキャンプ場は祖父の家から比較的近い上に、さほど人気はない。
寒い時期となれば、なおさらだ。
今日も俺の他には、目深にニット帽をかぶったソロキャンパーらしき人が一人のみ、離れた場所にテントを構えていた。
何度か叫び声が聞こえたり、だいぶテントの設営に時間がかかっていたから、きっとまだソロデビューしたばかりなのだろう。
声の感じからして女性のようだが、うかつに手を貸したりはしない。
そういう苦労もまた、ソロキャンパーの経験となる。
経験は、すなわち財産。
何より、苦労して覚えたことは簡単には忘れない。
日が暮れて、寒さが増してきた。
その脇で沸かしたお湯で、熱いコーヒーを淹れる。
ん。美味い。
喉を通るコーヒーの熱が、体を温めてくれる。
腹が鳴った。
どうやら俺の胃は、コーヒーでは満足できない程に減っているらしい。
焚き火の勢いが増したところで、小さなクッカー、野外用の片手鍋を火にかけ、フタをして大きめの石を乗せる。
中身は、あらかじめ水に浸した米。
そのクッカーの隙間からふつふつと泡がこぼれたタイミングで、小さな鋳物のフライパンに油を引いて、火にかける。
今夜のメニューは、焼きウインナーと焼き野菜。
味付けは、塩胡椒のみ。
簡単かつ、野趣溢れるメニューである。
じゅわりと焼けたウインナーを何本か齧っているうちに、クッカーからチリチリと音が聞こえ始めた。
炊き上がりだ。
クッカーを火から下ろして、タオルに包んで逆さまに置いて炊き上がったご飯を蒸らす。
フライパンにブロッコリーやら玉ねぎ、じゃがいもを適当に並べて焚き火に置いて、しばし待つ。
焚き火に当たりながら星空を見上げると、今夜もオリオンがサソリに追いかけられている。
この追いかけっこ、神話の時代から続いてるんだよな。
まったく、飽きもせずによくやるものだ。
背中越し、離れたサイトから女性の声が聞こえた。
また何か失敗したのだろうか。
ふと見遣ると、ほのかにランタンらしき灯りのみが見えた。
焚き火はせずに、ガスストーブで調理するのかな。
まあそれも楽しみ方のひとつだ。
キャンプに決まりなど無い。法律や条例、公序良俗に反しなければ自由なのだから。
極端な話、素っ裸で寝袋に入ったっていい。
寒いからしないけど。
さて、そろそろご飯の蒸らしが終わる。食べ頃だ。
「おお……!」
タオルを剥いだクッカーのフタを取ると、白く上がった湯気の向こうに、キラキラと白いご飯が光っている。
現金なもので、飯が目の前にあると急激に腹が減る。
箸を差し込み、かき混ぜる。
うん、ちょっと焦げたけど、美味しそうだ。
フライパンの野菜も……あ、玉ねぎが焦げてる。
それもまた、ご愛嬌。
いただきます。
ひと口目の炊きたてご飯を箸で持ち上げ、口へ──
「あ、あの!」
運ぼうとした瞬間、背後から女性の声がした。
ようやくありつける飯をお預け食らった気分になって、ぞんざいに声の方へ振り向く。
「あの、すみません」
と、そこには美少女がいた。
歳は、俺と同じくらい。
さっきまで目深に被っていたニット帽を胸の前で両手で握る、晩冬の寒風に明るい栗色の髪を舞わせた、ちょっと派手目な美少女。
そのあまりに現実離れした美貌に、固まってしまった。
「えっと……どちら様?」
「あ、私、
あかメイリ?
戦隊モノのリーダーかな?
ふと女の子、メイリさんの持つランタンに目を遣る。
おお、それはハリケーンランタン……に似せたLEDランタンか。
嵐でも消えないという触れ込みの、ハリケーンランタン。
本物はオイルやホワイトガソリンを使うのだが……まあ電池で点灯するLEDなら、電池残量がある限り点灯するから嘘ではない、な。
「で、そのメイリさんが、何の用です?」
多少つっけんどんになってしまうのはご容赦願いたい。
こっちはキャンプもソロなら高校でもソロなのだ。
ぼっち?
違う違う、あくまでソロだ。
「火が、火がつかないんです」
女の子の嗚咽混じりの声で、現実に引き戻された。
なるほど。
焚き火をしないのではなく、火がつかなかったのか。
俺は上着のポケットからターボライターと着火剤を取り出して、少女に差し出す。
「これ使えば、一発でつくから」
「それじゃだめなの。これで、つけないと」
質の良さそうなピンクのダウンジャケット。そのポケットからメイリさんが取り出して見せたのは、黒く細い、十センチほどの棒。
ファイアースターター。
別名メタルマッチという、火をつける道具だ。
「お願い、やり方教えて」
なんだ。なんなんだ。
人の食事に水をさしておいて、ターボライターを借りもせずに、ファイアースターターの使用法を教えろ、だと?
俺は、苛立ち混じりの目を少女に向ける。
「それは別の機会に自分で勝手に練習して使いこなせばいい。今はこれで我慢してくれ」
「でも、どうしてもこれでつけたいの」
わかる。
気持ちはわかる。
キャンプなんてものは、そういうこだわりの集大成みたいなものだ。が。
他人である俺を巻き込んでいる以上、今この場において、それは単なるわがままでしかない。
故に、俺の答えは決まっている。
「だが、断る」
「そこをなんとか!」
──はぁ、ラチが開かないな。
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