第5話

「じ?」


「文字」


「もじ」


「ノートブック。借りてもいいか?」


「いいよ。できたら、ありえない意味も教えてほしいな」


「ありがとう」


「これ。何に見える?」


「すうじ。ぜろ」


 数字は読める。


「じゃあ、これは?」


「わからない」


 英語は読めない。


「これは?」


「やじるしっ」


 平仮名も読めない。


「ありえないと言ったのは、おまえの身体と頭だ。でも、もう解決した」


「解決したの?」


 識字に不具合があって、そのせいで空間認識能力と物体把握能力が尖鋭化したのか。

 ただ。気になることがひとつ。


「自分の知能指数って、測ったことあるか?」


「あるっ。もじが読めなくてもなんとかなるっ」


「いくつだった?」


「650」


「すごいな」


「すごいの?」


 少しだけ。いたいたしかった。きっと彼女は、高い知能指数と空間認識把握能力を得ることで、それでなんとか、生きていられる。


「異性とは」


 質問しようとして、やめた。これ以上の詮索は、彼女を傷つけてしまうかもしれない。


「いせい」


 彼女。ノートブックを、こちらからやさしく取って。

 描いていく。

 彼女の顔ではなく、自分の顔だった。


「あなた。いせい」


 頬を朱らめながら、描いている。

 少しだけ、安心した。彼女は、異性を知らない。


「俺は行く」


「行くの?」


「仕事中なんだ。まず仕事をこなさなきゃならん」


「しごと。そういえば、あの、ぱかぱかっていう、あの音は何?」


「拳銃」


「けんじゅう」


「気にすんな。じゃあな」


「待って」


 掴まれる。インクで、ぬるっと彼女の手がすべる。


「うわぬるぬる」


「なんだ」


「また、きて?」


 服を脱ぎはじめた。彼女なりの、アピールなのか。


「あ?」


 違った。脱いだ服で手を拭きはじめている。


「えへへ」


「わかった。また来る。暇だったらな」


 もう来ない。彼女を危険な目に遭わせたくなかった。わずかな間だが、人間の持つピュアな何かにふれられたような、そんな気がした。

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