第5話2-1:下校


 竹取物語や羽衣物語を彷彿とさせながら、僕は折り鶴女子と一緒に下校していました。僕が理解していることには、彼女はあの場を収めるためにわざと嘘をついたのです。おちょくられているときは困りながら否定するよりも、堂々とおちょくりにのったほうが相手はつまらなくなって去って行くのです。

 緑の泥落としを踏み越えて鉄筋の校舎を出た僕も今冷静になって頭ではわかっていたのですが、いざそのときその現場になると冷静さに欠き実行に移せないのです。そんな本番に弱い受験生みたいな僕は、涼しい風を学ランの上からも感じて頭を冷やしながらも頬に熱みを感じていました。折り鶴女子は本気でないことはわかっているけど、うそでも女子と一緒に下校することに恥ずかしさの熱をだし汁のように芯から出しています。

 よく考えたら、女子と一緒に登下校するなんて小学校に入ってすぐくらいにあったかもしれないくらいで全く記憶にないのです。そもそも、誰かと一緒に帰ったこと自体が集団下校の練習くらいで、男子とも記憶にありません。僕は思わぬところでトラウマを掘り起こしてしまい、体が寒さとは違う理由で小刻みに震えていました。

 そして、再びの問題として、話題をどうしたらいいのだろうか? 実はあの会話の後、全ての休み時間、放課後のここまでの同行中に一度も話をしませんでした。下校するときに何となく目が合ったことと周りの反応から、一緒に帰ったほうがよさそうな雰囲気だったから僕が勝手に横についていっただけです。

 折り鶴女子は僕のことをどう思っているのかは分からず、本当は目が合っていないのかもしれないし、もし合っていたとしても一緒に帰る合図ではない可能性があります。勘違いの可能性が高いので恥ずかしくて折り鶴女子の方に目を向けることが校舎を出てからできません。それでも確認のために折り鶴女子に話しかけようとすると、雪が溶けたように姿がありませんでした。


「やっぱりか」


 僕と一緒に帰るつもりなんかサラサラなかったということだろう。僕は今までの境遇から女子と一緒に登下校するという青春の1ページが自分には訪れないと気づいていました。それでも柄にもなく淡い期待を胸に膨らませていた自分に冷笑し、桜吹雪のように散っていく僕の心が冷風とともに曇っている空に飛び散っていきました。


「何しているの?」


 それを見上げている僕の横に自転車を押す折り鶴女子が歩いてきました。そのおしゃれとは程遠い黒いママチャリが微動だにしない中、紺のブレダーとスカートを長い髪とともになびかせている姿に、アンバランスさと生き物らしさを感じました。空から注ぐ日光がマッチ売りの少女のマッチのごとく暖かく感じ、僕は期待しないように淡い期待に胸を支配されていました。


「何って、一応今日は一緒に帰ったほうがいいのかなぁって」

「そんなことはわかっているわよ。どうしてぼーっと上を眺めていたのかを聞いたのよ」

「それは、その、特に理由はないです」

「あっそ。てっきり曇と気温の関係を体感しているかと思ったわ」

「えーっと、どういうことですか?」

「あなたに話したじゃない。曇だと気温が高くなることもあるって話」

「あー、そういえばそうですね。忘れていました」

「あっそ。別にいいけど」


 あれ、もしかして怒らせてしまった? 折り鶴少女は自転車のタイヤを水車のようにカラカラと回しながら校門に向かいました。僕はその様子を背後から追いかけるだけでしたが、彼女の足が止まり僕も足を止めました。


「そういえば、あなた、自転車は?」

「僕は電車なんです」

「ふーん。私、こっちの方向だけどどうする?」


 折り鶴女子は校門の左側を指さしました。まっすぐ正面に向かった方向に最寄りの駅があるので、回り道になってしまうようです。折り鶴女子は気を使ってくれたのか、僕を厄介払いしたいのか、どちらでしょうか。


「今日はついていきます」

「ふーん。まぁ、こっちにも駅あるしね」


 その左側のルートは以前に通ったことがあるのですが、すぐに線路の鉄橋にぶち当たり、そのまま線路越しに北上するしかない道でした。途中で鉄橋の下をくぐることができるのですが、そこから最寄りの駅までの行くくらいなら1つ北にある駅の方が近いのです。したがってこの時点で、今日は最寄りの駅を使わないことが確定しました。


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