バッタ

すけだい

第1話1-1:バッタ


「おい、ジュース買って来い」

「俺のんも」

「俺も」


 僕は黙ってコンビニに自転車で走りました。小学校に入ってから半年、クラスのやんちゃグループにこうして顎で使われることが多くなりました。僕はそこから抜け出すことができずに、鬱々としていました。

 僕は自腹で買った大量のジュースをビニール袋2つで持ちながら、肩パンで鬱血している両腕から痛みを感じていました。コンビニを出て自転車の前かごにビニール袋をドサッと入れると、その白いビニールが黒い影に覆われました。僕は空を見上げると、大量の黒い粒が飛んでいくのが見えました。

 僕は目を点にさせながら見つめていましたが、そのうちに瞳が黒く大きく肥大化していくことを感じました。それは世にも奇妙な光景であり、暗雲のほうがよほどマシだと血流が釘のように打ち付けてきました。それらは少しずつ大きく僕の目に写り、僕の表情に大きな影を残していきました。

 大量のバッタが空を飛んでいました。

 その黒い渦を見ながら僕が思い出すのは、大量のバッタが作物を荒らすというニュースでした。僕が思うに、それはニュースの上の出来事であり、ネット上で呟くだけのものであり、身の回りのことではありませんでした。それがいきなり目の前で起きているのですから、体が浮き上がる感覚でした。


「ツッ!」


 僕の頭に何かが当たり後ろに落ちました。僕は頭の上を手で払うと、手のひらに血がついていました。後ろを見下ろすとカラスが目や骨や臓器をむき出しにしていました。

 僕は怖くなり自転車を飛ばしました。走馬灯のように現れては消えを繰り返す風景の中を逆行するように進みました。僕は太ももに力を込めながら、ふくらはぎに力を伝染させながら、土踏まずに力を解放しながらサドルを踏みました。

 僕がさっきまでいた友達の家が無残にも崩れ落ちていました。近所の建物も崩れていましたので、正確な位置はわかりませんでした。自転車を降りた僕が何となくの位置に足を進めて、友達の場所を探しました。


「これは誰だろう」


 瓦礫の中からは血が流れ出て、その近くに散らばっている肉片にはバッタが群がっていました。それは焼肉を美味しそうに貪る自分に照らし合わせるものでした。僕は吐き気を催しまし、血が騒ぐのを感じました。

 建物が崩れる音。隣の民家にバッタの大群が突っ込んで行きました。僕は自分の体調の異変に意識が行かなくなりました。

 野次馬が群がってきました。そこにバタの大群が突っ込んで行きました。悲鳴が直ぐに収まり、そこには骨や肉が散らばっていました。

 バッタの大群が僕に向かってきました。僕は逃げようとしましたが、下半身が動かず上半身だけが逃げた影響でその場にこけました。足にスリキズができて、ヒリヒリしました。

 バッタたちは僕の上を通り過ぎました。それは壮観なものでして、水彩画のような美しささえも感じました。僕は幼い時に野原で虫と戯れた光景を思い出しました。

 また近くで悲鳴が聞こえましたが、その声の方角には骨と肉片しかありませんでした。僕は神隠しという言葉を思い出しましたが、彼らは神様のところに行けたのでしょうか?僕はまだ神様のところに行きたくありません。

 僕は逃げようと思い自転車を掴みましたが、何かを握り潰す感触でした。僕は手の下を恐る恐る覗き込みました。それは落ちるとわかった落とし穴に向かう気持ちです。

 自転車にはバッタが群がっていました。手の下を覗かなくても分かることに気付いていませんでした。いや、無意識に見ていなかったのでしょう。

 僕は手にしがみつこうとするバッタを振り払い、かけていきました。二本の足で地面を蹴りました。地面のバッタを踏み潰しながら。

 自転車ははるか後方に残しました。逃げ遅れた仲間を置いてきぼりにするように、罪悪感を覚えながらも全力で走りました。僕が思うに、自分が助かるならそれでもいいと悪魔みたいな思考が自分でも恐ろしいです。

 周りには悲鳴が聞こえては消えが繰り返し起きていました。今度は周りを見る余裕がありませんでした。僕は闇夜の中を光に向かう虫のように家に向かいました。

僕は自分の家に着きましたが、崩壊していました。僕は絶望の底に叩き落とされたように頭が痛くなりました。そんな底から見上げて見える太陽のような光が見えました。

 自分の母が家の前で立ち尽くしていました。母が生きていることは不幸中の幸いでした。僕はその太陽のような光に近づきました。

話しかけると、母の顔からバッタたちが皮膚を突き破って出てきました。僕は太陽に近づきすぎてロウソクの羽が溶けて落ちていった古代人の気持ちになりました。僕は尻餅をつき、背中にロウソクがないのを確認して我に返りました。

 その空洞の顔を見送りながら、僕は走りました。僕の背中にはバッタの大群が大きな羽のように近づいてきました。それはロウソクとは違い羽とは違いバッタでした。

 僕は急にあらぬ方向に引き込まれる力を受けました。僕を掴む手が黒い車に引きずりました。僕は腕がガラスのように割れそうな衝撃でした。

 ヒゲを生やしたハゲのダンディなおじさんがいました。返り血を浴びたような赤いタンクトップでした。タバコを灰皿に押し付けながら低い声が聞こえてきました。


「坊主、大丈夫か?」

「僕は大丈夫だけど、母さんが」

「それは残念だ。しかし、自分の命があるだけでもよかっただろ」


 正面のガラスには大量の血とバッタが渦巻いています。おじさんはものともせずに車を発射させました。ボコボコと車を叩く音がなるのを聞きながらシートベルトを締めました。


「ちっ、よく見えねぇな」


 ウインカーが血を払いのける。おじさんはイライラしたように独り言をぼやいでいました。荒くれ者なのでしょうか?


「ここ、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。よく見てみろ」

「何をですか?」

「壊れている建物をだ。全てが壊れているわけではないだろ?木造や簡易的なガラスは食べられたり壊れたりしている。しかし、鉄筋コンクリートや車、または車の壊れにくいガラスはきちんと残っている。この車の中にいる限りは大丈夫だ」

「それは良かった」


 僕は助かると思い安堵しました。バッタはすごい怖いものであり、人間が皆殺しにされていく様子ばかり見ていました。僕が思うに、人がいるだけですごく安心です。


「ただし……」

「ただし?」

「それはバッタからであって、同乗者からではないがな」


 おじさんはナイフを持って目が血走っていました。僕はバッタとは違う恐怖を感じました。車が急に止まり、シートベルトから離れた胸部の奥が痛かったです。


「何をするんですか?」

「何って、運賃だよ。せっかくバッタから救ってやったんだから、何をされても文句はないだろ? どうせ死んでた命なんだから」

「おじさん、やめて」

「やめてもいいが、この車から追い出すぞ。外でバッタに殺されるか、中でおじさんに殺されるか、好きな方を選びな」

「どうしてそんなことを?」

「何って、人の不幸は蜜の味だよ。人が不幸にも死んで行くところを見るのがすごく好きなんだ。それが理由だ」

「そんな、めちゃくちゃな」

「さぁ、どっちだ?」


 僕たちの目の前に小さなものが飛んでいました。それに僕たちは目が行き、冷静になりました。僕たちは引き潮のように血が引きました。


「これは?」

「まさか」

「「バッタだーー!!」」


 冷房の出入り口からバッタが暴風雨のように出てきました。その圧はすごいもので、触れることなくドアに追いやられました。僕はその大きなものに見下ろされました。

 僕は外に出る準備をしていましたので、シートベルトを外してドアに手をかけていましたので、直ぐに出ることができました。僕は首から落ちたので呼吸が一瞬できませんでした。それでも僕は生きています。

 車の中では、断末魔とともに血色が内側からガラスに飛び散りました。すごく血の匂いがして鼻をつまんでしましました。おそらく、血という液体が車という密封空間のなかで逃げ道を失ったことにより充満していたのでしょう。

 僕は飛び出したはいいが、どうしたらいいのかわかりませんでした。でも、匂いから離れるように逃げました。血がない方向を探すには嗅覚が鈍っていました。

 走っていると、躓いて河川敷に転がり込んでしましました。僕は今度は首を守ることができました。しかし、手足は擦り傷だらけでした。


「そこの人、何やってんだ」


 体中をビショビショに濡らした子供がいました。幼稚園に入ったか入っていないかでしょうか?あどけない顔を覆う髪の毛は肩まで伸びていました。


「何って、バッタに追われている」

「だったら、私の真似しな」


 その子は竹筒を口にくわえて川の中に潜りました。そして、竹筒の先だけを水面に出して、そこから換気口のような空気の出入りの音がしました。水遁の術のように川に潜って竹筒を通して呼吸しているのでしょう。


「忍者みたいだな」


 女の子は川から顔を出しました。笑顔で自慢げに自分の技を見せた高揚感から頬が赤く見えました。川に映る夕日の湯でした。


「水の中にはバッタは入ってこない。こうすればいいんだよ」

「そうか」


 僕は真似をするように川に沈みました。勢いよく入りすぎて、竹筒に水が入って呼吸ができずに焦った一瞬がありました。噴水のように竹筒から水吹き出して難を逃れました。

 僕は助かると思い安堵しました。母に抱かれているように川の中に身をゆだねていました。僕が思うに、子宮にいるときはこういう浮遊感だったのでしょう。

目を痛めながら開けると、女の子がこちらにほほ笑みかけました。僕も目の痛みを堪えながら微笑み返しました。目が痛いくて涙が流れても川と融合しました。

と、その子の顔面からバッタが飛び出てきました。とても痛そうに女の子は血を流していましたが、川と融合して血は見えなくなりました。僕は目を凝らしました。


「ぶふぁ」


 僕は驚きのあまり竹筒から口を離してしましました。その竹筒はそのままてからも離れていきました。そのまま下流に流れていきます。

 その筒からはバッタが大量に出てきました。バッタたちはそのまま筒と一緒に下流に流れて行きました。水が苦手なのか、身動き一つできていませんでした。

 どうやら、筒を通して女の子の口の中にバッタが入ったらしいです。筒の中も口の中も苦手な水はないのです。アリが巣に入るのと似たようなものでしょう。

 僕も危うく死ぬところでした。間違えて筒を離さなかったらやられていたのでしょう。瀬戸際に知らない間に立っていたようです。

 陸に上がったら、水を吸った衣服や靴が重くて体が進みませんでした。自分の体とは思えないくらい重く感じました。僕はバッタの恐怖を感じる余裕もなくなっていました。

 僕は倒れて、祈りました。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


 そのまま意識を失いました。

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